第7話 最弱は「6」だけ違う

 嫌な予感がした。

 まるで沼に足を突っ込んだようなぬめり感と冷たさ。それでいて、足元でもがくようにバタつく確かな生命体……。

 これは、もしかしなくても――……。



 恐る恐る下を見る。そして、そこで見てしまったモノに思わず息を呑んだ。



「のわぁぁ⁉︎」



 ワンテンポ遅れてその場を退しりぞく。

 だが、一部始終見ていたノアはとても冷静で、「お〜」と呑気な様子で眺めていた。



「ちょうどいい。雑魚敵スライムだ」

「すらいむ?」



 聞いたことがある名前が出たので、改めて踏みつけたモノを見る。



 スライムとは言っていたが、俺が知っているのとは少し形が違っていた。パッチリとした両目はついているものの饅頭のような楕円形で、緑色の体をしている。余程体に水分を含んでいるのか、動かなくても体がタプタプと波打っていた。



「ピギー! ピギー!」



 スライムは俺に踏みつけられたことを怒っているのか鳴き声をあげて何度もジャンプしていた。しかし、体長は二十センチくらいしかないものだから、いくらジャンプしても威厳は一切感じない。

 こう言ってはなんだが、とても弱く見える。



 そんな余裕ぶっこきながらスライムを見ていると、やがてスライムは眉間にしわを寄せ、俺に向かって勢いよく体当たりしてきた。



 スライムの体が俺の腹部に当たる。その衝撃はあばらがミシッと音をたてるほど強く、俺はその場に吹っ飛ばされた。



「いってぇ……」



 あまりの痛さに立っていられず、腹を抑えながらうずくまる。

 雑魚敵だと思っていたがとんでもない。完全に油断していた。



「おいおい、こんなところで死なれたらこっちが困るぜ」



 ノアが口角を上げながら俺の周りをうろちょろしている。そんなところで動きまわるくらいなら、少しは手伝ってくれてもいいではないか。



 そう思っているのが顔に出ていたのか、ノアは呆れたようにため息をついた。



「言っておくが、俺は戦えないぞ」

「なんでだよ。お前、神の使いなんだろ。こんなスライムくらい蹴散らせよ」

「神の使いだからこの世界に干渉できねえんだよ。今だってこうして仮の姿じぇねえと実体化すらできない。この声だって契約しているお前にしか聞こえねえんだ」

「なんだって?」



 ということは、こいつには俺のステータスを管理するメニュー画面と同じ機能しかないということか。確かにどうして猫の姿に戻っているのかとは思っていたけれど、そういうことならもっと早く言ってほしかった。



「おら、さっさと起きろ。まだ説明は終わってないんだ」



 ノアは俺に気合を入れるように前足で俺の肩を叩く。

 ふと前を見ると、まだスライムが怒っていた。ピョンピョンとその場で飛び上がっており、またいつ飛びかかってくるかはわからない。



「スライムに殺されるとか……笑えないよな」



 そう言い聞かせて肋を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

 よろめきながらも臨戦態勢を取る俺を見てノアは「よし」と頷くと、そのまま飛び上がって俺の肩に乗った。



「まずは武器の確認だ。お前の腰元に差してあるだろ?」



 ノアに言われた通りに腰を見るといつの間にか銀色の細い柄がついたステッキのようなモノが差さっている。十センチくらいの革のケースに入るくらい小振りだったので今の今まで気づかなかった。



「それがお前の武器だ」



 ニヤリとノアが不敵な笑みを浮かべる。

 俺の武器……心の中で反芻すると、自然と胸が高鳴った。

 緊張しながら銀色の柄を握る。丸腰では勝てないだろうから、迷っている時間はない。



 ――でも、この武器いったいなんだ?

 疑問を持ちながらも、俺は意を決して銀色の柄を革のケースから引き抜いた。



 そこから出てきたのは――……なんの変哲もない、よく食事で使うただのフォークだった。



「おぃぃぃ! これが俺の武器だっていうのかよ!」



 再びノアに捲したてるが、相変わらず彼はあっけらかんとしていた。



「だって、まだ赤子だろ? 赤子が物騒な武器を持てるかよ」

「そうだけどよ! 確かに俺の知ってる赤子の悪魔ベビー・サタンもこんなの持っていたけどよ! いいよここまで忠実に再現しなくても! もっとまともな武器よこせよ!」



 凄い剣幕でノアを睨めつけていると、ノアは「うるせえなあ」と言いながら前足で自分の耳を掻いた。

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