1章 異世界《エムメルク》の歩き方
第5話 おはよう、世界
意識が戻って最初に感じたのは、どこか懐かしい草の匂いだった。
徐ろに目を開けると雲ひとつない青空が広がっていた。いつの間にかどこかの草原に飛ばされていたようだ。あの無機質な狭間の世界からは上手いこと抜け出せたらしい。
それにしてもいい天気だ。気温は暖かいし、吹く風も穏やかで気持ちがいい。
こんなだだっ広い草原で寝転がることなんてそうそうないし、いっそのことこのままもう一眠りしてしまおうか。
そう思って再び目を閉じようとした時、猫の姿をしたノアがヌッと顔を覗き込んできた。
「おわっ!」
驚いて飛び上がる俺を見て、ノアは悪戯っぽくニヤリと笑う。
「おいおい。こんなところでまた寝ようなんて随分と余裕だなあ、勇者様よぉ」
その人を小馬鹿にした顔がむかつくが、ぐうの音も出ないのが悔しい。
仕方がなく立ち上がって、うんと背伸びをする。
現実世界では死んだと聞かされていたが、今のところ体に不調は見られない。ひとまずは上手く転生できたということだろう。
そして、今気づいたのだが、服装がリクルートスーツから麻のズボンとシャツに変わっている。これがこの世界での俺の初期装備というところか。
「んで……ここはどこだ?」
辺りを見回してみるが、
きょろきょろと周りを眺めていたが、ノアは俺にのんびり探索する時間すら与えなかった。
「ほら、
そう言ってゆっくりと尻尾を揺らしながら、ノアは俺の前に座った。
「まず、ここはエムメルク。もうすぐ魔王が復活する世界だ」
エムメルク――そういえば、ここに飛ばされる時にノアがそんなことを言っていた気がする。
「さっきから魔王って言ってるけど、この世界の人は魔王のこと信じてるのか?」
なんせこんな穏やかで平和そうなところだ。そんな物騒な感じには見えない。
だが、そう思っていたのは俺だけのようで、ノアは強く首を振った。
「前々からこの世界では魔王について言い伝えがあるんだよ。それに……」
「それに?」
「……まあ、これはあとで嫌というほどわかる」
意味深な言葉を残しながら、ノアは説明を続ける。
「次にお前の転生能力の話だ。ここからお前の世界と勝手が変わるからよく聞けよ」
そう言ってノアはクイッと自分の首を上に振った。
すると、先程も彼が見ていた青いボードが俺の前に現れた。
「これはステータスボード。お前の能力値が見れる『メニュー画面』だと思えばいい」
「お、おぉ……すげぇ……」
出てきたボードについ感動してしまった。なんせ俺の名前で『体力』『身の守り』『魔力』『素早さ』など、RPGで出てきたパラメーターが視覚化しているのだ。これは、本当にゲームの世界にいるみたいだ。
「ちなみに俺が契約している転生人はお前だけだから、お前のステータスしか見れないぞ」
隣でノアが何か説明していたが、もう俺はステータスボードに釘づけになっており、彼の声は耳に入っていなかった。
「……あれ、何これ」
気になった項目に俺は無意識にステータスボードを指差した。そこには『属性:氷』と書かれている。
すると、ノアが「ああ……」とあっけらかんに返す。
「この世界の人間は魔法使いじゃなくても多少は魔法が使えるんだよ。その魔法属性がお前の場合『氷』ってことだ」
「え! てことは俺も魔法が使えるのか!」
これには俺のテンションも爆上げになった。
これが異世界。これが転生。魔法が使えるだなんて夢のようだ。
「んで、俺はどんな魔法が使えるんだ?」
属性が氷ということは氷結系か。いや、この際魔法ならもうなんでもいいや。
そう思いながら胸を躍らせていると、ノアが顔をしかめながらステータスボードの画面を切り替えた。
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