第4話 死因:急性心不全(他殺)

 出てきたのは俺だった。壁も天井も真っ白な狭い部屋の簡易ベッドで寝かされている。

 ベッドの前には机が置いてあり、その上には線香立てと、りん、そして花瓶に入った花束が置かれている。どこからどう見ても病院の霊安室だ。



 モニターに映る自分を見ていると頭が真っ白になった。

 俺はここにいる。だが、モニターに映る俺は目を閉じたままピクリとも動かない。

 心当たりといえば、突然襲ってきた胸の激痛だ。


 

 もしや、あれが……?

 混乱して頭を抱えていると、ノアが真顔であっけらかんとこう答えた。



「ひとまず急性心不全で死なせておいた」

「サラッと言ってんじゃねえよど畜生!」



 受け入れたくない現実を淡々と告げるノアの胸倉を思わず掴んでしまったが、こいつはどこまでも冷静で「まあ、待て」と俺をなだめてきた。



「確かに人違いでお前をここに連れてきたのは謝る。それに、俺の力ではお前を生き返せないことも申し訳なく思う。ただ――俺にはできなくても、俺の上司ならお前を生き返らせることができるかもしれない」

「ほ、本当か?」



 微かな希望を耳にしたら、胸倉を掴んでいた手は自然とほどけていた。

 確かにノアの言うことにはどこか説得力があった。ノアの上司はつまるところの神だ。神なら人を生き返すことくらい造作のないことだろう。といっても、俺の家は仏教だから想像に過ぎないけれど。



「上司の依頼は魔王の討伐および世界平和だ。お前が魔王を倒してくれた暁には、俺はお前を生き返させることを上司に取り繕ってやる」

「結局魔王を倒さなきゃいけねえのかよ」

「当たり前だろ。そうしないとお前、こっちの世界でも死ぬぜ」



 ノアがニヤリと笑う。他に頼れる相手がいない以上、俺が出せる答えは「はい」か「YES」しかないことをわかっているのだ。どっちが魔王だ畜生。



「まあ、安心しな。こっちの世界で野垂れ死なないようにお前には力が与えられる」

「おお! マジか!」



 これは俗に言う「転生能力」というものではないか。よくスキルとかチート技とか凄い力がもらえる奴だ。

 これまで魔王退治も転生も全然信用していなかったが、ここに来てやっと実感が沸いてきたし、俄然やる気も出てきた。



「どうせならどでかい魔法を撃てるようにしてくれ!」



 欲は言わない。メラゾーマが撃てればいい。

 そんな期待の眼差しを向けていると、ノアはうざったそうに眉をひそめた。



「ったく、能力をやるっつったらこの態度かよ……」



 ぶつぶつと文句を言いながらも、ノアは自分の目の前に手をかざし、ボードを出す。



 作業中なのかノアの顔がいつになく真剣になる。

 まるでスマホのように画面を指でスライドさせているが、おそらく何か読んでいるのだろう。だが、ここからでは画面は見えず、何が書かれているのかはわからなかった。



 やがて、ノアの指が止まり、一瞬驚いたように目を瞠った。そしてちらりと俺の顔を見て、小さく息を吐いた。



「……もしかしたら、お前の望み通りになるかもな」

「え?」



 意味深なことを言うノアに思わず聞き返すが、ノアは何も返さなかった。



「さて、準備はできた。さっさと転生するぞ」

「え! もう⁉︎」



 心の準備ができていない俺を差し置いて、ノアはボードに両手をかざす。



「――ムギト・オオダテ。エムメルク、転生」



 その言葉が合図かのようにボードから突然青い光が放たれた。



 あまりの眩しさに咄嗟に手で顔をガードする。

 青い光はどんどん強くなり、やがて俺を包み込んだ。

 まるで体が光に溶けるようだ。力がどんどん抜けていき、視界が霞んでいく。

 もう、瞼も開けていられない。



 脱力感に耐えられず光に身を委ねていると、どこからかノアの声が聞こえた。



「――さあ、お目覚めの時間だぜ。勇者様」



 姿は見えないはずなのに、薄ら笑うように口角を上げたノアの表情が脳裏に浮かんだ。

 それを最後に、俺の意識はまるでテレビの電源が落ちるようにぷつりと切れた。



 序章 【よくある話とよくある間違い】 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る