知らないと言ふ不実

松平 眞之

第1話 知らないと言ふ不実

 そのとき私はマウンテンバイクに跨って、この島の中を駆け巡っ

ていた。

 勿論私だけでなく同期のマイマイも、一期上の先輩サトハルさん

も、あのミュージッククリップに出演したメンバーが全員で。

 皆セーラーの衣裳を身に纏って、笑顔で風を切って走っていた。

 百数年前ここが日本の統治下にあり、この島を大宮島と呼んでい

たことや、チャモロ語でハガニアと呼ばれる主都のことを明石市と

呼んでいたことなどの、その何もかもを知らずに。

 その頃の私に取って、百三年前の一九四十四年七月から八月に掛

けて、ここで一万八千を越える日本の将兵と、二千を越える米兵が

戦死したことなど、全く知る必要のない情報だった。

 私がマウンテンバイクに跨って疾走していた海岸線で、日米両軍

が激しい戦闘を繰り広げたことなども、つい先日の「無知罪」の刑

の執行中に知ったばかりだ。

 当時の私はミュージッククリップ撮影の際に、監督からそうしろ

と言われてそうしたのだし、それを今更無知罪に問うと言われても

寝耳に水の話だった。

 とは言え昔世話になったサトハルさんこと佐藤遥に請われたのだ

から、仕方がない。

 それも夢を叶える絶好のチャンスだと迄言われれば・・・・・。


 今私の隣で、つば広のストローハットを日傘代わりに顔の上に被

せて寝そべっているマイマイこと村山舞も、私同様サトハルさんに

請われて無知罪を認めたうちの一人だ。

 実年齢五十六歳のおばさんのくせに、肌を露にさせるビキニの水

着を身に纏っているのも伊達では無い、その黒い髪の艶、肌の張り、

何れを取っても三十六年前のあの頃のマイマイと何ら変わらない。

 ここに来る前一緒に水着を買いに行った際も、五十六歳にして二

十歳の見た目を手に入れたのだから、と、マイマイはビキニの水着

を選んだのだった。

 私はと言えば幾ら外見が二十歳になったとは言え、さすがにビキ

ニは、と、オールインワンのワンピースの水着を選んでしまった。

 着ている水着は全然違うけれど、甘んじて無知罪を受け入れるこ

とがきっかけで、二十歳の外見を手に入れたところは二人共同じだ。

 サトハルさんに同じクリニックで、同じ日に、三人でアンチエイ

ジング手術を受けようと持ちかけられ、私もマイマイもその日のう

             ‐1‐





ちにその話に乗った。

 最先端のバイオテクノロジーと、遺伝子工学を駆使したアンチエ

イジング手術を受ければ二十代の自分を取り戻せる、と、口説かれ。

 しかし世間ではそんな神の摂理に逆らうような手術に対し、賛否

両論が渦巻く。

 例えば娘や息子と同じ外見になる訳だし、会社では部下と同じ外

見になってしまうと言う矛盾が生じる。

 その上アンチエイジング手術には、莫大な費用が掛かるのである。

 益してや数々の諸条件をクリアして手術を受けても、三年毎に手

術を繰り返さなければ、元のおじさんか或いはおばさんの外見に戻

ってしまうと言う難点も抱えている。

 それに何より、内臓器官迄二十歳の頃に戻る訳ではない。

 そんな訳で私は手術後の今も、生理用品が全く必要の無い、閉経

したままの五十六歳のおばさんなのである。

 悲しいかな外見だけ若返った私を旦那が求めてきたところで、新

たに生命を授かることなどない、と、言う訳だ。

 兎にも角にもそうしてアンチエイジング手術とは、永遠の若さを

手に入れたい人間と言う生き物に取って、夢の様な、否、夢そのも

のを形にした手術だと言える。

 殊に女に取っては・・・・・。

 だからこそ手術を受けられるチャンスが巡って来れば、女なら誰

だって夢を叶えようとする。


 そう言う意味で三十六年前私達の所属していたアイドルグループ、

「カチューシャガールズ」のヒット曲、「毎日がホリデイ」のミュ

ージッククリップに対して無知罪が勧告されたことは、私達に取っ

て或る意味天啓とでも言うべき出来事になった。

 特にサトハルさんは、この機会にアンチエイジング手術を受けな

ければ、永遠にその機会を逸してしまうかも知れないのだ。

 何故なら引退して直ぐに衆議院議員の夫を得、子供が手の掛から

なくなった時期に参議院議員に立候補するや、トップ当選を果たし

たサトハルさんは、今や佐藤遥先生となった身の上だからだ。

 現職の参議院議員が理由もなくアンチエイジング手術を受けたり

すれば、一大スキャンダルにもなる可能性がある。

 しかしこの機会を利用すれば、それに併せてアンチエイジング手

術を受けることは必然、と、言うことになり、支持者の賛同も得ら

れる絶好の機会となるのだ。

 

 果たしてサトハルさんから電話があった。

 あれやこれやと一頻り無知罪について説明した後、アンチエイジ

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ング手術を受けるのは今しか無い、と、私を口説き落とすべく最後

に決め台詞を言い放った。

「自ら無知を認めて刑に服し、その後再撮影に臨む為には当時の外

見でないといけない、と、言う以上の大義名分はないわ。

 この際だから受けるようマイマイにも勧めようと思うの、アンチ

エイジング手術。

 特に国会議員になった私に取って、これが一生に一度のチャンス

かも知れないし。

 それにオカミューやマイマイには、現職の国会議員と一緒にアン

チエイジング手術を受けるって言うもうひとつの大義名分も加わる。

 何より経済的なこと考えると、あなた達二人しか誘えなくて」


 さすがは代議士の佐藤遥先生である。

 本当のところは、無知罪の罪を償う一環としてアンチエイジング

手術を受けるのではなく、アンチエイジング手術を受ける為に無知

罪を受け入れたのだ。

 しかし本音は口が裂けても言うことが出来ない。

 表向きは飽くまでも、無知罪の受刑ありきなのである。


 そこで私は大義名分と言う言葉を省き、サトハルさんの言葉をそ

のまま主人にぶつけてみた。

 人工知能のメンテナンスなどAI関連の企業を経営する主人は、

経済的には申し分のない旦那だが、適当に浮気もしているようだし、

決して物分りの良い方でも無い。

 しかし娘の美奈の希望は、殆ど、否、総てと言っても過言ではな

いほど聞き入れる、所謂親馬鹿である。

 私は事が成就した際に、今一番欲しがっているバッグを買うこと

を条件に、女子大に通う娘の援護射撃の約束を取り付けた。

「ママが無知罪の受刑後に、わざわざ大金を払ってそのときの外見

に戻ってミュージッククリップを再撮影するって言う事実は、私の

就職試験のときに凄く有利に働くし、パパも妻の無知罪受刑に伴う

高額な手術費用を払った善良な夫って称号を得れるから、この際マ

マにアンチエイジング手術を受けさせてあげて欲しいの。

 ね、御願い、パパ」、と、言わせた。

 駄目押しにその夜主人と二人きりになったとき、私からも、「夫

婦なんだから、若返った私を好きにして良いのよ」とも付け加えた。

 結果苦笑混じりに、「分かったよ」と主人は首を縦に振った。


 そうして三十六年前の外見を手に入れる為に、無知罪の刑を受け

る破目になった訳だが、刑の執行内容を考えれば、受刑と言うほど

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御大層なものでもない。

 刑の執行と言うよりはむしろ、旅行をしながら講習を聞く、まあ

謂わば研修旅行のようなものだ。

 と、最初はそんな風に軽く考えていた、グアム戦体験シミュレー

ションの刑を受ける迄は・・・・・。


 思いの外のことであった。

 最新のVR(仮想現実)機器や、AR(拡張現実)機器を使った

グアム戦体験シミュレーションは、暴力的或いは不適切な表現と言

う程度の言葉で表現出来るほど生易しいものではなく、私の自我を

崩壊させ、私と言う人格を根底から覆すほどのものになった。


 私達の刑場は旧日本軍が万歳突撃を敢行した、グアム島のマンガ

ン山の麓と定められた。

 最新機器に依って再現されるホログラム映像と音、そして熱気に

匂い、或いは衝撃など、どれを取ってもグアム戦体験シミュレーシ

ョンは想像を絶するものだった。

 戦場の砲火の激しさや爆音などは言うに及ばず、爆風に四肢を散

り散りにさせながら血飛沫と共に吹き飛ぶ日本兵の姿、また流れる

血の匂いと戦死した兵の屍体の饐えた匂いや、爆ぜる火薬の匂いを

含んだ湿気混じりの熱風迄もが忠実に再現されていた。

 何にも益して衝撃的だったのは、大規模戦闘が終了し辛くも生き

延びたグアム島守備隊第三十一軍敗残兵の、ジャングルでのその生

々しく、悲惨な、想像を絶する潜伏生活の有り様だった。

 モデルには終戦を知らずに戦後二十八年の後に帰還した、グアム

戦敗残兵の横井昭一氏が起用されていた。

 陽の当たらない洞窟に潜み、生きた鼠を火にくべることもなく生

のまま食す彼の姿など、到底現代では見ることのない光景だった。

 生きるとはかくも過酷で、凄惨なものか、と、凍り付いた。

 その横井氏の唇の鼠の血に光る紅が、今も脳裏にこびりついて一

向に離れる気配がない。

 そのとき見た或いは感じた何もかもが、それまで私の生きてきた

現実の世界とは百八十度異なる、死と直結した世界だった。

 まるで紅蓮の炎に焼かれる餓鬼や、血の池の中に沈められた罪人

を描く地獄絵図宛らに、目の前で何人もの人が死んで逝く。

 生きた時代こそ違うが、私と同じ日本人が次々に命を落としてい

くのである。それも、いとも簡単に。


 やがてシミュレーションが最後の時である、バンザイ突撃の瞬間

を迎えたとき、電気ショックを伴ったホログラムの弾丸が自身の胸

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を貫通した。

 そのとき私は昏倒を禁じ得なかった。

 一瞬本当に死んだのかとも思ったが、その後気が付いて起き上が

ったとき、耳の奥で私が受刑し終えたことを人工知能が告げた。

 次の刹那、私は生きていて本当に良かったと思った。

 そして同時に自らの罪の重さを思い知った。

 その意味で最新機器を駆使して生み出された5D映像は、最早シ

ミュレーションの域を遥かに超えたところで、私の五体に戦争その

ものを刻み込んだと言えよう。

 知らず知らずのうちに犯していた無知の罪。

 戦争と言う日本人に最も必要な知識を持たないまま、私は知らな

いと言う不実を犯していたのだ。

 そうして無知罪の刑を受けた後、初めて私は自身の無知を知った

のである。


 そもそも「無知罪」とは、人工知能活用法施行の翌年にあたる一

昨年の二〇四十五年春、衆参両院で可決された国家認定人工知能が

提案した最も新しい法制度である。

 何でも古代ギリシャの哲学者・ソクラテスの言葉に習い、国家認

定人工知能が提案したことに依るものらしい。


 無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり。

 無知であることを自覚する無知の知こそ、真の知である。


 その紀元前のソクラテスの言葉を実践した最も新しい法律である

ことから、最も新しいと同時に最も古い法制度だとも言われている

無知罪法制。

 そんな無知罪法制の成立は人工知能活用法が施行されて以降の、

最も顕著な新制度の導入であると言えよう。

 そしてその他にも、ありとあらゆる法制度の在り様と裁判の判決

の提案、他にも防衛体系に財政政策の提案、果ては家庭内暴力の解

決方法から離婚問題の解決方法の提案まで、総ての問題解決は国家

認定人工知能の提案に依る処となった。

 今となっては弁護士や医師或いは政治家や官僚も居るには居るが、

人工知能の提案した問題解決方法を追認するだけの存在で、一介の

アルバイトと何等変わらない、低報酬の名誉職へと変貌を遂げた。

 また犯罪を取り締まる警察も同様で、人工知能活用法に基き殆ど

の業務は人工知能と、その命令に従う人型警察官ロボットが行うよ

うになった。

 そうなると三十年前には考えられないことであるが、実行犯罪が

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急減、否、減るのではなく、全く無くなってしまうことになった。

 国民各々のマイナンバーリストに併記されたDNAの塩基配列、

それに成人までの育成状況、或いは現在の生活環境などを加味し、

それ等データに基き国家認定人工知能が予めその人物が犯しそうな

犯罪を予測、その現場に先回りして犯罪に至る寸前で逮捕する。

 つまり犯罪は総て未遂で終わると言う訳だ。

 殺人未遂に、強盗・強姦・傷害未遂、果ては詐欺から万引きまで、

総ての犯罪が未遂に終わる。

 私も何の犯罪かは知らないが、実際にロボ警官が未遂犯の犯人に

手錠を掛ける光景を何度か見掛けたことがある。

 近頃では自殺も未遂で終わってしまうようになった。

 そんな三十年前ならハリウッド映画のワンシーンでしか見られな

い非現実的な状況が、今の現実なのである。


 そして実行犯罪の無い今の日本で唯一実行犯罪と呼べる犯罪、そ

れが無知罪なのだ。

 尤も犯罪とは言え、軽犯罪の一種にしか過ぎない無知罪を犯罪と

呼ぶべきかどうかは賛否両論の分かれるところで、先日も無知罪を

罪とするのではなく、無知に依る錯誤、或いは無知に依る不条理と

呼称を改め無知罪法制を全面撤廃するよう、野党進歩党の議員が国

会に意見を提出した矢先だ。

 無論その意見も進歩党議員本人のものではなく、進歩党認定人工

知能の提案した意見らしい。

 無知罪の刑を受刑し終えた今の私としては、やはり無知は罪であ

ると痛切に思うのだが・・・・・。


 何れにせよ国家認定人工知能が無知罪に問うた私達の最大の罪は、

三十数年前に出演したミュージッククリップの中で、メンバー同士

が百数年前の激戦地であるグアムに於いて、軍隊式に挙手の敬礼を

したことにあった。

 殊に岸壁に立つメンバーと米国製のヨットの上に立ったメンバー

同士とが、互いに肘を張って米軍式に挙手の敬礼をし合ったシーン

についてはとても鑑賞に堪えるものではない、と、言う指摘だった。

 国家認定人工知能曰く、仮にグアム島に於いて日本人が船上から

挙手の敬礼をするなら、旧日本海軍や海上自衛隊のように、脇を締

めて挙手の敬礼をすべきであった、と。

 旧日本陸軍ならいざ知らず、旧日本海軍や海上自衛隊に船上から

肘を張って挙手の敬礼をする習慣はなく、船上からそう言う肘を張

った挙手の敬礼をするのは米軍式だと言う。

 もっと言えば旧日本軍や自衛隊に於いては、挙手の敬礼は正式な

             ‐6‐





敬礼でなく、着帽時で帽子を取れない際に已むを得ず敬礼をする場

合か、或いは部下や目下の者にする答礼にのみ限られるらしい。

 日米双方の海兵の軍服に大した差異はないことから、セーラーの

衣裳にまでは言及されなかったものの、当時のカチューシャガール

ズのメンバーは日本人であるのにも拘らず、グアム島に於いて米海

兵隊員のように米軍式の敬礼をしたと断定された。

 しかも往時ミッドウェイ海戦で大敗してから後の帝國海軍が、グ

アム戦に一艇の艦船も応援に送れなかった事実を嘲るように、薄っ

すらと笑みを湛えていたのだから、そのような演出はグアム戦その

ものを嘲笑しているようにしか見えなかった、と。


 仮にグアム島に於いて敬礼をする場合、日本人なら脱帽し腰を四

十五度に折り、英霊に対する最敬礼を尽くすべきであり、悪戯に軍

隊式のしかも米軍式の挙手の敬礼をすべきではなかった、とも。

 その上カチューシャの髪飾りをしていたのだから、その行為は支

離滅裂だとの謗りも受けた。

 何でもカチューシャはトルストイの「復活」が大正時代に演劇化

され、エカテリーナと言う登場人物のしていた髪飾りの形から、日

本国内でのみそう呼ばれるようになったらしい。

 そのエカテリーナの愛称がカチューシャであるので、つまりカチ

ューシャのしていた髪飾り、と、言うことらしいのだ。

 何れにしても私達はグアム島に於いて、ロシアの髪飾りを付け米

軍式に挙手の敬礼をした日本のアイドル、と、言う烙印を押された。

 終戦前に日ソ不可侵条約を一方的に反故にし、満州や樺太に攻め

入ってきた往時のロシアであるソビエトの髪飾りを付け、三十一軍

将兵一万八千の血に染まった激戦地で、その英霊と同じ日本人の血

を受け継ぐ日本のアイドルが、嘲笑とも取れる笑みを湛え、軍隊式

にしかも米軍式の敬礼をしたのだから、そのことを不実と言わずし

て何と言うべきか。

 たとえアイドルの出演するミュージッククリップと言えど、戦場

に散った日米双方の英霊に対し不敬は許されない、と。

 戦争放棄を憲法に於いて謳う日本国の、しかもいたいけな少女達

がそうしたのであるから、これは無知罪に問われて当然の行為であ

ると断言出来る。

 他にも作中で外人墓地をアイドルに散策させた行為は、それ等無

知罪の立証を裏付けて尚、グアム戦に散った日米双方の英霊を無視

する行為でもある。

 現地グアム島のジーゴには誰でも入館できる平和慰霊公苑や、米

国が運営する太平洋戦争国立歴史公園もあるのに、そこに足を踏み

入れることもなく、唯見た目が美しいからと言うだけで適当な外人

             ‐7‐





墓地を選び、そこで物思う様子のシーンを挿れたことも、罪状の一

つに加える、とも。

 それ等が国家認定人工知能の下した、私達の出演したミュージッ

ククリップに対する罪状の詳細である。


 先ずはレーベル会社のプリンスミュージックを始め、そのミュー

ジッククリップを作成した製作会社から監督に演出家、ダンスの振

り付け担当者や、果てはカチューシャガールズの総合プロデューサ

ーにまで無知罪の勧告が為された。

 そして何よりも驚いたのは、そのミュージッククリップの販売に

際し販売差し止め或いは再作成を要求しなかったとして、社団法人

日本映像審査協会にも無知罪の勧告が為されたことだ。

 当然プリンスミュージックや映像審査協会の弁護担当人工知能は、

罪状認否の際に異議申し立てを行った。

 その主張は、「本件に於ける無知罪の勧告は、日本国憲法で保証

された表現の自由を侵害するものであり、国家人工知能に依る言論

統制に当る。拠って無知罪勧告の取り消しを主張するものである」、

と、言うものであった。


 とは言え被告側がグアム戦の何もかもを知っていて、わざとそう

言うミュージッククリップを製作したのだと主張すれば、簡単に無

知罪の勧告を免れることは出来る。

 何故なら無知罪とは、被告が無知を認めて初めて成立する罪だか

らである。

 但し今回のケースはそうはいかない・・・・・。

 知っていてそうしたミュージッククリップを作成したとは、口が

裂けても言えないだろう。

 一旦国家認定人工知能により無知罪の勧告が為されたとなると、

有料無料に拘わらず各報道サイトを始め地上波報道番組など、あり

とあらゆる報道媒体によりその事実が露見するからだ。

 つまり世間はプリンスミュージックや映像審査協会、或いはミュ

ージッククリップ製作に携わった総ての関係者を、無知罪から逃げ

た卑怯な連中と蔑むことになる。

 プリンスミュージックにすれば、今後の事業に影響を及ぼしかね

ない重大事である。

 では無知を認めて無知罪の刑の執行を受ければ良いではないか、

と、言われても製作サイドは、はいそうですか、と、そう簡単に当

時の無知を容認する訳にもいかない。

 一旦無知罪を認めれば、ミュージッククリップを新しく適切なも

のに作り替え、以前にそれを買った消費者に無償で配布、また従前

             ‐8‐





のミュージッククリップを閲覧することの出来る総ての動画サイト

に、これは不適切なもので新しく製作したものをご覧下さい。と、

訂正文を入れる必要も生じてくる。

 一個人のように講習を受ければ済むと言う訳ではないのだ。

 畢竟恥をかいた上に、莫大な出費が生じると言うことになる。

 何よりプリンスミュージックは歴史のある会社で、戦時中敵性語

排斥の時期に社名を帝國音盤に変更し、出征して行く兵士達を送り

出すべく軍歌を製作していた経緯からも、何としても今回の無知罪

は認めたくない。

 つまり知らなかったとも、知っていたとも、何とも言えないのだ。

 そんな不安定な立場なのだから、被告側はやはり国家認定人工知

能に無知罪の勧告を取り下げさせるのが、一番の上策となる。 

 そんな中被告側の異議申し立てに対し、国家人工知能も反論を開

始した。

「被告の主張はヘイトスピーチさえ表現の自由の保証するところと

なり、ヘイトスピーチを取り締まるのも言論統制になると言う、危

険な考え方である。

 被告の無知は日本人が日本人を蔑む、今の日本人が過去の日本人

を嗤うものであり、決して表現の自由や言論統制を理由に逃れ得る

ものではない」、と。

 しかし実際のところ監督や演出の担当者は、アイドルが敬礼する

のは「カワユス」、と、言う程度の理由で私達が軍隊式の敬礼をす

ることにしたらしいし、たまたま撮影ロケのスケジュールや予算に

合致するのが近場のグアムだったらしい。

 まさか無知罪を勧告されるなんて、思いもよらなかった、と。

 私はプリンスミュージックの関係者に、そんな風に聞いた。

 そうして製作者側に他意がなかったことを、被告側の弁護担当人

工知能が主張すると、それこそが無知であったと言うことの証明で

あるとする、国家認定人工知能。

 或いは性的に不適切な表現と暴力的な表現以外であれば、どんな

に不条理な映像でも許可していいのか、と、映像審査協会の映像審

査基準にも言及されていった。

 果たしてその後も繰り拡げられる、被告側の弁護担当人工知能と

国家認定人工知能との言葉の応酬。


 しかし事態は意外な形で終焉を迎えた。

 プリンスミュージックの創業者で、故帝國音盤社主の発言である。

 無論それは既にこの世を去っている彼の、DNAの塩基配列を元

にプリンスミュージック財団の人工知能が割り出した、彼ならこう

発言するであろうとした言葉ではあるが、忠実に、そして鮮明に再

             ‐9‐





現された彼のホログラム映像を伴い、総ての報道媒体へと配信され

ていった。

 それは現在のプリンスミュージックの経営陣にも告げられること

もなく、プリンスミュージック財団の人工知能が突然に発したもの

だったらしい。

 冒頭剣道家だった彼らしく先ずは着けていた剣道の面を取り、剣

道着のまま深く四十五度の最敬礼を尽くした。


「悪くありました。

 今回の無知罪の勧告を、自分は潔くお受けすることと致しました。

 ミュージッククリップ再撮影の諸費用など、今回掛かる一切の費

用は自分の財団がお引受け致します。

 但し、今回の不祥事は、映像審査協会やミュージッククリップ製

作関係者、並びにプリンスミュージックの責任には非ず。

 総ては自分と自分達世代の、戦争と言う悪を後進に教えなかった

と言う不実が故に、生まれた不祥事なのです。

向後は自分達日本人の戦争の為に奪われた命の尊さと、自由と、

平等と、そして真の表現の自由とは何か、報道統制が如何に残酷で

不幸なものであったかを、我が財団とプリンスミュージックに於い

て、十分に後進に伝えていきたいと思う所存です。

 それが戦時下でも、日本国民に生きる勇気と希望を持って貰おう

と設立した帝國音盤の、そしてプリンスミュージックの本分である

からです」


 ホログラムではあるが、そうして再び四十五度の最敬礼を尽くす

故帝國音盤社主の言葉に、感銘を受けなかった日本人は居まい。

 その報道の翌日、プリンスミュージックや映像審査協会を始め、

当時のミュージッククリップ製作関係者は、一斉に無知罪を認めた。

 斯く言う私もそのうちの一人であることに違いはない。

 無論アンチエイジング手術を受けたいと言う気持ちは有った。

 有るには有ったが、故帝國音盤社主の言葉がなければ果たして無

知罪を認めていたかどうか・・・・・第一あの言葉が無ければ、サ

トハルさんも無知罪を認めていなかったろう。

 結局元メンバーの中で無知罪を認めたのはサトハルさんと、私と、

今私の横で寝そべっているマイマイの、アンチエイジング手術を受

けた三人きりだった。

それ以外の当時のメンバーは諸事情があるので、ごめんなさい、

と、告げて続々と無知罪を拒否していった。

 そこが申告罪である無知罪の良い点であり、欠点でもある部分だ。

 当時アイドル活動をしていた私達は、一般的な仕事で言うと末端

             ‐10‐





の事務員や作業員と同じ扱いらしく、その責任は軽いと言うことだ。


 私にしても主人に今のような経済力が無く、アンチエイジング手術

を受けられなかったとすれば、敬礼のことは知っていたが当時の立場

では拒否出来なかった、と、自身の罪を認めなかったろう。

 罪を認めなかった、他のメンバー同様。

グアム戦体験シミュレーションを受ける以前の私であれば、深く考

えずにそうした安易な方向に考えていた筈だ、きっと。

しかし、今は・・・・・。


昨日の夜グアム戦体験シミュレーションを受けた後、佐藤遥先生に

戻ったサトハルさんは、わざわざ私とマイマイを旧姓の本名で呼んだ。

「岡美優さん、村山舞さん、ご苦労様だったわね。明日からの撮影

も宜しくお願いします」、と。

 そして手を握ったまま続けたのである。

「靖国へ百回参拝するよりも、一度グアム戦体験シミュレーションの

刑を受ける方が、戦争とは何かがよく分かる気がする」、と。

保守派のサトハルさんは、毎年終戦記念日に靖国神社に参拝してい

るのだから、その言葉は間違いのないところだろう。

 事実私もそう思う。

 

 ふと思い付き、立ち上がった。

 私は海に向かって四十五度の最敬礼を、そして廻れ右をして山に向

かって四十五度の最敬礼をした。

 すると次の刹那、居眠りしていたマイマイが突然起き上がり、私に

向かってこう言い放った。

「その景色、悪くないね」、と。

                            ‐了‐













             ‐11‐



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知らないと言ふ不実 松平 眞之 @matsudaira

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