第9話 殺戮と救済

 手から、何かが出た。そして脳内に響いたのは、黒魔術を習得した旨を伝える機械的な音声だった。

 僕が、黒魔術を習得したのか? さっき手から出たものは黒魔術と関係があるのか? そもそも黒魔術ってなんだ?


 問うても問うても疑問は尽きない。しかしもちろん敵が待ってくれる道理はなく、好機とみて一斉に襲い掛かって来る。

 躱し、躱し、躱し。そして、僕は覚悟をした。覚悟をして、手を前へと出した。


 僕は、人を殺した。状況から推測するに、その黒魔術とやらで。

 それは紛れもない事実であり、否定のしようも、目の逸らしようもないほどに正面から襲い来る事実。

 そう考えるだけで伸ばした手が震え、だらんと重力に引っ張られそうになる。それを何とか堪え、天秤にかける。


 僕がこの力を使えば、近衛騎士たちは死ぬことになるかもしれないが、エリシアさんを救える。使わなければ、エリシアさんは殺され、僕の命も、狙われる。

 その状況で、僕はどちらを選んだらいい? なんて考えるまでもない。エリシアさんは僕にとって救うべき人。

 だから。だからこれは。


「この人殺しィッ!」

「僕は人を殺すんじゃないッ! 僕にとって大切な人を救うんだッ!」


 人を殺すんじゃない。人を救う。目的が逆にならない限り、それがいかに残虐な方歩での殺戮だとしても、救済だ。

 少なくとも僕にとっては、そうだ。


 決意と共に手から黒い瘴気が溢れ出し、部屋を包み込もうとする。その靄をうまく操って、近衛騎士に阻まれた王の方へと誘導する。

 しかし、王の鉄壁というものはそう柔らかくないのが現実で。


強権要塞サヴランティ


 王の静かなる一声によって、状況は一変した。周りに宮廷魔術師たちが呼び寄せられ、絶対防壁を構築する。

 近衛騎士たちは王を守るように隊列を組んで立ち塞がり、じりじりとにじり寄って来る。一ミリもずれぬ一糸乱れぬ動きは、もはや人間には成せぬ業。


 それだけならまだよかった。このくらいの状況は想定していた。王は彼らを操っているのだろうが、そのくらいならば何とかできた。

 しかし、一番の問題は。


「ああ、可愛い可愛い我が娘よ。こんな姿になってしまって」


 よよよ、と泣き崩れる演技をして、こちらを勝ち誇った笑みで見据えた。

 エリシアさんは操られていた。王の手によって傀儡とされ、首輪も外されぬまま、実の父に高級そうなナイフを首に押し当てられている。


 僕にもう、打つ手はないのだろうか。

 諦めかけたその瞬間、脳の片隅に一縷の望みが浮かんだ。

 藁にも縋る思いでその案に頼った。普通の人間ならばそこまでしないだろうと思えるような案。


「もう、どうなったって知らないからな」


 人格の崩壊するようなその案を、僕は実行に移した。

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