第7話 反逆

 やれることはやった。もう時間はない。彼女の首輪が締まり始めるまでにあと十分もかからないとエリシアさんは言っていた。

 まだまだ準備はしたい。でも、準備をしている余裕なんてないのだ。


 床を蹴ってレッドカーペットの敷かれた廊下を全速力で駆け抜ける。

 景色が面白いように移り変わっていき、自分の速さが今までよりも格段に速くなっていると肌で感じた。


「エリシアさんの指導のおかげです」

「いえいえ、その力はあなた自身のものですから」


 ——魔力を込めるイメージで地面を蹴る。

 最初にそう言われたときはそんな無茶なと思ったし、実際イメージなんて雀の涙ほども湧かなかった。

 でも、時間をかけて訓練を重ねるうちに習得できた。


「まあ普通の人は一時間で習得なんて無理ですけどね。だって大気中の魔力を体内に循環させるなんてすんなりと理解できるはずがありません」


 背中に背負ったエリシアさんが溜息を吐きつつそう言った。

 エリシアさんを一人にしてしまうと逆に危ないと判断して僕が連れてきたのだ。

 一国の姫である以上、彼女にもある程度の護身はできるし、元の世界で彼女の披露した格闘術が見事にそれを証明していた。


 それはそうと、僕が一番驚いたのは身体強化は大気中の魔力を体内に循環させて行い、魔術は体内の魔力で行使するということだ。

 イメージ的には魔術の方が体外の魔力を使いそうなイメージだが、そうではないらしい。


 エリシアさんによると、体内の魔力を放出するのが魔術で、身体強化はひどく効率が悪いため体内の魔力じゃ足りないのだとか。

 体外の魔力はどんなに優秀な魔術師でも体内に取り込むことはできないらしい。だから循環によって体内からではなく体外で直接消費するのか。


 まあ、その辺の話はさておいて、ここから先に進むにあたって問題がある。

 今から僕は王を倒しに行くのだが、それまでには当然数えきれないほどの護衛がいる。エリシアはその護衛の間を隠れながら抜け出したというから驚きだ。

 そして、エリシアさんによると僕は体内に魔力が無いらしく、魔術が一切使えないらしい。


 だから、武器もない今、その辺の護衛をいちいち素手で倒していかねばならないのだ。あ、武器は護衛から奪えばいいか。

 そんなことを考えている間に、護衛のいるゾーンについてしまった。


「伊吹さん。あなたには二つの選択肢があります」

「二つ?」

「ええ、このまま速度で突っ切るか、それとも倒すかです」


 なるほど、突っ切るという手があったか。要するに護衛にバレないような、視認できないような速度で……ってそんなことできるか。


「できますよ。私が保証しますから」

「あの。ナチュラルに心を読んでくるのやめてくれません?」

「たまたまです」


 とはいえ、彼女がこの状況で嘘を吐くとは思えないし、確信のないことを言うとも考えにくい。ならば僕には、本当にできるのかもしれない。

 エリシアさんの言葉を信じて、掴まっててください、と言うと、更に全速力で走り始めた。


 数秒して、すぐに疲れがではじめ、息が上がり始めた。あと半分くらいあるだろうか。まだ止まるわけにはいかない。

 走れ。走れ。走れ。脳の容量を全て割き、無心で駆ける。最短ルートを突き進んで、動きを止めそうなほどに苦しい心臓を無視して突き進む。


 そして、ドアを開け放つと、前に見た時と変わらない景色。そりゃあそうか、まだ数時間だもんな。いや、十数時間か。


 王は流石と言うべきか即座に落ち着いて兵士たちに指示を出す。

 一斉に兵士が僕の下に切りかかってくるが、通常の刃じゃ人体実験と身体強化によって普通の人間の数百倍にまで強化された肉体には全く効かない。

 刃が折れ、僕が兵士たちを小柄な体から繰り出す腕のひと凪で弾き飛ばし、壁に叩きつけて気絶させると、僕は宣言した。


「エリシアさんの首輪を外せ!」

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