第6話 覚悟
僕は、もう奴隷になった、いや、なりそうになっている。
このまま何もしなければ、きっと辛い思いをしながら、奴隷として一生を生きていくことになるのだろう。
そんなの、認めらない。だって僕は、家族に腹いっぱいの美味い食べ物を食わせてやるために異世界に出稼ぎにきたのだ。
奴隷になって人権まで失って。そんなの、認められる訳がなかった。
「僕は、どうしたらいいんだよ……」
僕が奴隷として商品になるのは、早くて明日、遅くても三日後だと聞いた。手足を拘束具で縛られて牢獄に入れられた今の状況ではさして変わらない日数だ。
どうやっても、外すことはできない。
食事を運んで姫がやって来た。美しい姫が直接食事を運んでくるのは、奴隷になる前の最後の慈悲、ということだろうか。
僕はこの姫によって異世界に連れ去られ、そして奴隷にされた。彼女のキスによって、奴隷にされたのだ。
きっと睨みつけると、怯んだように肩をびくりと震わせ、視線を逸らした。
許せない。許さない。二度と会いたくないし、顔も見たくない。こんな感情が人に対して湧いたのは、人生で初めてのことだった。
「……何でエリシアさんが来るんですか。帰ってくださ——」
「——すみませんでしたッ‼」
僕の声を遮って、エリシアさんは大声を出した。
驚く僕を他所に、彼女は懺悔を連ねてゆく。
「伊吹さんをわざわざ異世界から連れてきて自由を奪って奴隷にして」
一語一語を発するたびに大粒の涙が溢れ出して。
それでも一国の姫として気品を失うまいとするかのように何とか言葉を紡いで。
まるで子供のように泣いて、そして罪悪感という名の苦しみに喘ぐ。そんなになるくらいなら、最初からあんなことしなければいいのに。
「何でそんなに人の心があるのに、あんなことをするんですか」
「……これです」
暫く迷って視線を彷徨わせた後、彼女は襟に覆い隠されていた首を見せた。その瞬間、僕は彼女のドレスになぜ襟が付いているのかを、理解した。
だってそれは、人に見せることなどできないものだったから。
「……何で、首輪をつけてるんですか」
「私は王の奴隷なんですよ。奴隷紋はないですけど、代わりにこの首輪がありますから」
そう言うと、止め処なく涙を溢れさせながら儚く笑った。
そう言えば、と、そこでようやく思い出した。
エリシアさんは僕が奴隷紋の儀式を受けるとき、いいんですか、と訊き、そしてきゃっと悲鳴を上げていた。
「だから、私はさよならです。私が死ぬことでは、罪は拭えないと思いますけど」
「……さよなら? それって、もしかして」
「はい。その通りです」
エリシアさんは奴隷環の秘密を漏らしてしまった。だから彼女は殺されてしまうのだろうか。
やっと僕に味方ができたのに? そんなのは嫌だ、嫌だと脳が叫んでいるような錯覚を覚える。
「あと、何分生きられますか?」
「頑張っても一時間と言ったところでしょうか」
回復魔法で何とか生きつないでも、一時間。何て絶望的な数字だろう。
それに、今僕は手や足を縛られていて、ほとんど身動きが取れない。
でも、それでも。
「僕が……見せます。僕が、助けて見せますッ!」
負けられない戦い。僕のために命まで売って情報を渡してくれたエリシアさんを見捨てることなんて、できない。
男が女を守ってやるんだって、僕とは全然違うお父さんが豪快に笑っていたから。
「え……いいの? 私は君を裏切ったのに」
「そんなの関係ないですよ。僕は僕に一度優しくしてくれた人を見捨てることができないんです」
僕も笑って、彼女も笑って。そして現実を見据えて未来を力強く見据えて。今までにここまで覚悟を決めたことはなかった。
そんな僕の顔を見て。
「ちゃんと男の子の顔になったわね」
そんな何気ない一言が嬉しかった。
その微笑みを見て、なぜか僕は彼女を救える気がした。
いや、違う。
命を懸けてでも彼女を救わねばならないと、覚悟を決めた。
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