第3話 襲撃

 痛くない。痒くもない。衝撃は確かに伝わってくるけれど何の変哲もないはずの身体は鋼のような硬度を誇っている。

 今まではこんな景色が見えたことはなかった。全てのものがスローモーションで動いていて、彼女の必死な表情すらはっきりと見える。


 僕は決して死んでいる訳ではなかった。死にかけている訳でもない。寧ろその逆で、彼女の、姫の繰り出すありとあらゆる攻撃が効かなかった。


「はあっ、はあっ……あなたは一体、何者なのですか⁉」


 何者なのかと訊かれても、ただのしがない一般人ですとしか答えようがない。僕だってこの状況に理解が追い付いていないのだ。

 突然姫が攻めてきて、そして殺すと宣っておきながらその攻撃が全く効かない。


「ほっほっほ。姫様、そうではないですよ。彼を攻略するには————こうですッ」


 刹那、横に控えていた白髪の優しそうな執事が消えた。いや、速さからして目で追えなかったわけではない。

 ただ、視界から外れた。速さではなくしゃがんで視界から外れることで視線から逃れたのだ。


 しかしそのトリックに気づいたときには時すでに遅し。背後から悲鳴が上がり、続けて二つ響いた。

 何があったのかと振り返ると、そこには信じられない光景があった。


「有彩、涼花、お母さんっ!」


 伊達政宗のように指の間から二本のナイフを生やし、もう片手からは一本のナイフ。そしてそのナイフの突きつけられた先は——三人の家族の首。

 きっと睨みつけても執事は全く怯まず、代わりにと言うべきか条件を掲示してきた。


「異世界にこい。さもなくば君の家族を殺す」


 一瞬、こいつらを殺そうかという選択肢が脳裏を過った。

 でも、本当に殺せるのか? 殺せなかったら、どうなる?


「僕の、家族を……殺す?」


 ついて行った方がみんなにとってよほど安全だ。


「僕がついて行ったら家族を殺さないでくれるんですか?」

「当たり前ですよ。殺す必要がなくなりますから」


 その言葉に引っ掛かりを覚えた。

 だって二人の目的は異世界の情報の流出の阻止であって、異世界について知ってしまったみんなが殺されないでいいはずがない。


「あなたが異世界に行けば、あなたを媒介として異世界を知ったあなたの家族は、異世界を忘れますから」


 それならばいいのだが。

 こうして僕は、異世界に行くことを決めた。

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