最終話 決闘
そして僕は、人気のない砂利が引かれた駐車場に、ドン引きする二人を誘った。
「ひ、酷すぎますぞ……豊本氏。あなたという人は、それでも情の通った人間なのですかッ?わ、わたくしは……私はあのノノ殿と豊本氏、三人で遊んだあの時間こそ至福であったとッ、わたくしはッずっとあんな時間が続けばと……。それに、ノノ殿をまるで景品扱いしていることになんの罪悪感もないのですかッ?」
僕は、そんな小野崎の心通った言葉を無視し、もうすぐそこに迫っている闘いに向けて、屈伸をしていた。
「あなたという人は……。あなたという人は、どうしてそんなにまで性格が――」
「おい、うるせぇぞッデブ。さっさと始めようやッ」
「ひどいよ……。酷すぎるよ、こんなのって……」
そうノノちゃんが呟いた時だった。
小雨が、僕らの頭上へと舞い落ち始めた。
「ごめん……ノノちゃん。でも僕はッ君の事が好きだからッ」
そう叫び、僕は小野崎へと拳を振り上げ、駆けた。
「そんな……どうして……どうして私なんかの為に二人が争わなければならないのッ」
時代遅れの安いメロドラマみたいな台詞を叫び出す、慄木乃々華。
「ウォォォォォォッ」
なんて、薄ら寒い熱血ドラマの様な叫び声を上げながら、小野崎へと駆ける、僕。
「あなたがそうまでして拙者と拳を交えたいのなら、掛かってきなさいッ」
そんな、どこまでも中二臭いセリフを叫ぶ、小野崎学。
そう、僕等は各々に酔っていた。
だが、現実はドラマの様に綺麗にはいかない。
残酷な程までに、その現実は汚らしかった。
僕等は拳が届く距離まで近づき合い対峙するのだが、しかしこの後どうすれば良いのか分からず、暫くオロオロとしていた。
「えい!」なんて可愛らしい声をだし、僕はやっとこさ小野崎の左頬に平手打ちを。
小野崎も負けじと、チェストと言いたかったのだろうか、それは定かではないけど、「チョイス」と、謎に選択を叫び、僕の左頬に平手打ちをたたき込んできた。
ピリリと痺れた左頬に、僕は怒りを増幅させてはみるが、しかし人を殴った経験などないから、拳を丸めたもののどうしたらよいか分からず、手首の辺りで彼の頭天辺を殴った。
小野崎もどうしていいか分からなかったのか、なるほどといった感じに一度大きく頷いてから、僕の頭天辺を手首辺りで殴ってくる。
「イタいッ」と僕が思わず叫べば、小野崎は、「あ、ごめん」と謝ってくる始末だった。
「ごめんで済んだら警察はいらねーんだよッ」なんて減らず口を叩き、腕をぐるぐると回しポカポカと小野崎を殴る。
それは小野崎も同様に……。
小学生低学年のガキ共がするケンカと何一つ変わらなかった。
こんなにも格好悪いケンカを、なぜ僕等はしているのだろうか?と、ゼェゼェ息を荒げながらに考えるけど、でも三十分経っても、その状況は変わらず……僕はさりげなく慄木乃々華の方へと目を向ける。
彼女は恍惚な表情で、そんな僕等の無様なケンカを眺めていた。
――良かった!まだイケる!
「ウォォォォォォ!」と、再び息を吹き返した僕は、拳を真っ直ぐに伸ばし、そしてそれは小野崎の顔面にクリーンヒットした。
それがいけなかった……。
やはり、体重の差ってすごく重要な部分だった。
小野崎はその傷みに涙を流しながら、僕の顔面に拳を……。
なに君?幕の内くん?ってくらいに重いパンチが顔面を襲い、そしてその衝撃で僕は吹っ飛ぶ。
砂利道へと背中からズザザザザっと滑り、仰向けとなった僕の顔に小雨が降り注いだ。
その時点でもう勝敗は決していたのだが、初めに言った通り、僕等はケンカ初心者で、だからもう止め時が分からなくなってしまっていた。
小野崎は仰向けに倒れる僕に対し、マウントを取り、そしてもうボコボコと顔面に拳を降り注ぐのだった。
「やめッやめッ!降参!降参するって!もうムリ!僕死んじゃう!死ぬ!しぬ!ほんとまぢむり!イタいイタいイタいッ」
小野崎の体重が上半身にのしかかり全く身動きが取れない僕は、ただただもがき、そして悲痛な叫び声を上げることしか出来なかった。
興奮仕切った小野崎に僕の声は届いていないのだろう。
ぷぎゅー、ぷぎゅーと鼻息を荒げながらに、尚も僕へと拳を振り下ろしてくる。
「もうムリってッマジで死ぬってッほんとノノちゃんとかもうどうでもいいってッ助けてっ助けてママ!」
情けない。こんな自分が本当に情けなかったけど、でもそれは本心だった。
ノノちゃんがようやく止めに入ってきてはくれるが、しかし小野崎の暴走モードは確変に突入したままで……僕は目の前まで差し迫っている死に対し、いよいよ恐怖した。
覚悟なんてものはない。
「た、助けてください!誰か僕を助けてください!」
と、藤沢の片隅で救いを求めていた。そこに愛なんてものはなかったけれど、ようやく僕とノノちゃんの声を聞きつけて、よく分からないけど、どっかのおじさんが止めに入ってきてくれた。
小野崎の脇下に腕を入れ制止させながらに、「なーにしてんの君たちはこんな所でー。ダーメだよ、ここおじさんが管理してる土地なんだからー」と、注意してきた。
僕は、おじさんによって羽交い締めとなった小野崎へ、右拳をおくった。
「ブモ~」と、叫ぶ小野崎と、僕の卑怯すぎる行動にドン引きしている土地持ちおじさん。
慄木乃々華は、一人なぜかボーッと、こんなんにまで落ちぶれた僕を終始眺めているのであった。
しかし、まぁ。勝負に負けて戦に勝つってことが、本当にあるようで、「俺、ケンカじゃ負けたことねーから」が口癖となり性格までもが豹変してしまった小野崎学と、なぜだか慄木乃々華は別れ、そして僕と付き合い始める。
正直、今でも戸惑いを隠せないが、しかしまぁ、なるようになったのだ。
えっ?なに?
こんな僕のどこに慄木乃々華は惚れたかって?
そんなの――性格に決まってんだろ。
慄木乃々華はBが好き へろ。 @herookaherosuke
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