第8話 デート 後編
食後、彼は純粋に二郎が食べたかっただけだったのだろう。
他のプランなんてものは、一切考えていなかった。
だからもうやることのなくなった僕等三人は、駅前にあった適当なデパートに入店し、ぶらぶらと見て、飲食フロアーにあった喫茶店にて腰を下ろした。
僕は前回と同様に「アイスコーヒーを。ブラックで!」と、キメ顔で注文すれば小野崎に、「クパァ。とよもっちゃん、初めからコーヒーはブラックでくるでござるよ!」と指摘され笑われてしまう。
――そうだったのか。だから店員はシロップとミルクを持ってきてくれるのか……。
自分の無知さに顔を赤らめながらに、「うるせぇ」と返せば、なんだか気まずい雰囲気が漂いはじめてしまった。
なんとかそんな空気を払拭しようと、僕はノノちゃんに話しかけた。
「そういえば、ノノちゃんって、どこの高校に通ってるの?」
「美女木高校だよ」
「美女木高校って、県で一番のお嬢様学校じゃん。さすがはノノちゃんだね!」
「そんな……でもちょっぴり後悔してるんだよね。その……小野崎くん達と同じ高校に行ってればって……。そしたらいつも一緒にいられたのにね!」
「いや、そんな……。わざわざ僕等に合わせて、学力落とすことなんてないって。それに僕等は、そんな毎日学校通うわけじゃないし、だからノノちゃんの時間に合わせられるからさ! な、小野崎?」
「小生は結構忙しいでござるよ」
「はっ? なにリア充ぶってんだよ。ヒマ人だろ、お前も」
「なにを言っておるでござるか。当方にはファンがめちゃくちゃいるのでござるよ!」
「なに言ってんだよ……お前にファンなんているわけねーだろ」
「くっくっクパァ! それがいるのでございます! 拙者最近、ユーチューバーを始めまして、登録者数は四桁を軽く超えているのでございますよ!」
「えー! すごいね! 小野崎くん!」
「いやいや当方クラスになれば、普通でございますよ!」
「なにお前、○○やってみた。とかやってるってこと?」
「そっちではござらん。Vチューバーの方でござる」
そう言って、小野崎は携帯を取り出し、僕等の方へ画面を向けてきた。
そこに映っていたのは、異様に胸がでかいバーチャルな女の子だった。彼女は、なにかのゲームを実況していて、声はボイスチェンジャーを使っているのだろうか、可愛らしい声ではあるが、ちょっと機械的だった。
「これが、どうしたんだよ?」
「これが当方でござるよ。名は、『まなぶちゃん弐号機』でございます」
「……ちょっとなに言ってるか分かんない」
戸惑いながらに僕がそう言えば、小野崎はクパクパ笑いながら、説明し出した。
「当方は、バ美肉おじさんなのでございます。つまりバーチャル美少女受肉おじさんなのでござる」
「え? ちょっとなに言ってるか分かんないんだけど、まぢで……」
「だからですね、この女の子が当方なのでございます」
僕には小野崎が何を言っているのか、全く理解が出来なかった。
それは、対面に座るノノちゃんも同様なのだろう、疑問と困惑を入り混ぜた様な表情で、彼女は必死に彼を理解しようと努めていた。
「えーと……。つまり、この女の子の声と動きをしているのが、小野崎くんってことでいいのかな?」
「うーん。ニュアンスは全然違いますけども、大体はそんな感じでございまする。この女の子の肉体を依り代にし、拙者の魂が入っていると御理解して頂ければ幸いでござる」
「いや、ごめん。なんも理解出来ねーわ……。」
そう僕が言ってしまえば、小野崎は遠くの方を見詰め、語り始めた。
「あれは……そう。とよもっちゃんにキモッと言われた日でござった。拙者はあの日初めて自分というものを否定されたのでございます。唯一の、そう、唯一の自分に対し持っていた自信というものがホルモンバランスでござったから、それを否定された瞬間、本当に自分は男の子なのか?と、本当は、いやもしかして男の娘なのではないかと、そう結論に至ったのでございます」
「マジで……お前……なにその曲解……」
「話はまだ終わってはござらん。」
ドン引きする僕にそう言って、小野崎は話しを続ける。
「自信が無くなってしまった当方は、承認欲求が激しくなったのでございます。自分がなんなのか、それは他人を通してしか分からなくなってしまったから……。だから、あの日、丸を書きました。恥ずかしながら当方、全くと言っていいほどに絵心がなかったのでござるよ。なんと言えばよいものか……つまり、コンプレックスという種を媒介として、丸を書いたのです。そしてその丸にボイスチェンジャーで作った声を当て、史上初と言って良いでしょう『種チューバー』として、この世に生を受けたのでございます。当方が喋るのに合わせ丸い種がクニュクニュと形を歪ませる、そのゲーム実況は、なぜだか話題となりました。そして段々と学チャンネルには有志者が集まり、その方達の手により種は、初号機、弐号機と形を変えていったのでございます」
「……」
「……」
――本気で言ってんのか? 此奴は?
僕には、全くもって理解が出来なかった。
でも、小野崎の顔は真剣そのもので、そればかりかノノちゃんはなぜだか泣いていて、僕にはもうこの状況をどうすることも出来なかった。
「学くん! そうだよね……たぶん辛かったんだよね。私も、よく理解されない事があるから、分かるよ……その気持ち。でも、大丈夫。学くんはカッコイイよ! ちゃんと自分を見つめ直した結果、この子が生まれたってことでしょ? すごいよ! 学くんは!」
小野崎学の手を取り、感動している慄木乃々華。
眼前に広がる不可思議な状況に、僕だけが世界から取り残された様な気がしてならない。
――え、なんで? なんでこの話が理解出来るわけ? 意味分かんない。本当に、なんで? いや、なんだよ種チューバーって。ただの丸だろ?
此奴が作ったよう分からん女声に、有志とかいってる誰かが妄想を馳せて、このバーチャルポリゴン作ったってだけの話だろ? え、違うの? なにこれ文学?
……なんだよ、これ……おいッ。
「私、ファンになる !今日から! 早速登録するね!」
彼女はそう言って、携帯を取り出し、『学ちゃんねる』に登録していた。
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