第3話 復讐
暗いベットの片隅で、僕はずっと慄木乃々華の事を考える。
いや、彼女の事を考えいたわけではないのかもしれない。
慄木乃々華といる自分を、そんなありもしないIFの世界に現実逃避していたに過ぎなかったのだが、しかし現実というのは不思議なもので、勝手に通り過ぎてはくれなかった。
毎日掛かってくる担任小林からの電話に、毎日部活終わりに家を訪ねてくる竹中達、一行。正直、ほっといて欲しかった。此奴らが来ると、僕の理想郷ともいえるべき妄想にノイズが混じるのだ。
だからもう、ただただ鬱陶しかった。
「なぁ、豊本。学校来いよ。もう俺たちも変なアダ名とかで呼んだりしないからさ。だからさっ! また皆で楽しく遊ぼうぜ!」
「えーっと……その……。ノノちゃんがいなくなって辛いのは分かるけど、それだけじゃないじゃん。べつにノノちゃんいなくたって、葵たちがいるから! ね!」
こんな言葉が、ドアの外から聞こえてくる。
――はっ?うっざ。面白みすら感じない人間に歩み寄る意味ってあんのかよ?
なんてな事を思い怒りが沸くが、しかし竹中達は猶も食い下がり、なんとか僕を学校へ登校させようと、無駄に熱い言葉を投げかけてくるのだった。
初めは、僕と仲が良さそうにみえた此奴ら四人に、「豊本の友達なら学校に来るよう説得してくれ。」なんてな頼み事を担任の小林にされ、嫌々ながらも毎日来ているもんだとばかり思っていたが、しかしどうだろう、日が経つにつれ、此奴らの声音というか切実さが激しいものに変わっていくのが感じられ、あれれ?と僕は考える。
もしかして此奴ら……。いや、非常にウケるのだが、もしかして僕を虐めていた当事者なんて、あらぬ疑いを掛けられているのではないかしらん。
まぁ、虐めっちゃ虐めだったけどね。
それで必死に小林へ、豊本が不登校になったのは、好きだった慄木乃々華が転校してしまったショックからだ。と、此奴ら四人は弁明するが、いやいやそんなことで不登校になる奴なんていないだろう。と、小林に突っぱねられ、疑いは解けず……。
仕方が無しに、今現在も僕の家まで来て、必死、超必死に担任共から掛けられた疑いを払拭しようとしているのでは?
やれやれ。僕はベットから立ち上がる。
扉を開ければ、数日ぶりの光が目に飛び込んだ。
まだ光に目が慣れない中、喚起の声が僕を出迎えた。
「豊本!よかった!本当によかった!」
「もう、ホント心配したんだからね!」
「まったく、世話掛けさせないでよ!」
なんてな正人と葵と智美の声が僕の耳に届く。
僕は俯き目元を手で覆い、笑いを堪え過ぎて震えた声で、「ぎょめん」と謝れば、なぜだか竹中も震えた声で、「俺たちこそごめん。」なんて、肩を震わし言うものだから、マジでこんな薄ら寒い青春ってあるんだなー。と、僕は感慨深くなってしまう。
嘘泣きだとバレるのも癪なので、僕は一度グッと手の平で眼球に掌底を入れ瞳を真っ赤にさせてから、皆の方へと顔を向けた。
竹中はめちゃくちゃに泣いていたけど、後の三人は特にこれといった顔をしていなくて、まぁそんなもんか。と、僕は思う。
なぜだか一人熱くなっている竹中が僕に抱きつこうとしてきたので、僕はすんでの所で除けた。
こんな所でサッカーをやっていて良かったと思う日が来るなんて、誰が予想出来ただろうか。
竹中が、えっ?と目を見開き呆然と突っ立っているが、正人はそんな事などお構いなしに話し始めた。
「あのさ……」と、すごく言い辛そうに、「俺たち本当に悪かったと思ってるんだ……その、なんでとか訊かれても困るけど……あれだろ? お前が学校来なくなったのって、ノノちゃんが転校しちゃったからだろ?」
「……」
そう訊かれてしまえば、認めてしまうのがちょっぴり恥ずかしい僕は、黙秘してしまう。
「なぁ豊本、正直に言ってくれよ」と、正人が尚も訊いてくるので、仕方なく認めてしまおうと口を開き掛けたその時だった。
「バッキャロゥッ」と、竹中が正人の頬をぶん殴っていた。「んなわけねーだろうがッ。そんなことだけで、人間は闇に落ちたりしねーんだよッ」
――なに言ってんの此奴マジで……。つーか闇ってなんだよ、こぇーよ。と思い、僕は引いていた。
殴られた衝撃で尻餅を着いた正人は、自分が殴られた意味が分からず茫然自失といった感じに頬を抑え、竹中を見上げていた。
「ちょっ、何してんのよッ。殴ることなくない!? 意味分かんないしッ、ホント意味分かんないしッ」
「そうだよ葵の言うとおりだよッ。正人なにもおかしなこと言ってないじゃんッ」
「うるせぇッ」そう言って、葵と智美にも張り手を喰らわす竹中。
――えぇ……、マジかよ此奴。ヤベー奴じゃん。ワンピース読み過ぎじゃん。
そんなことを思いながらにさらにドン引く僕の傍らで、たぶん同い年の異性に殴られたことなど人生で一度たりともなかったであろう女子二人は泣いていた。
竹中はそんな二人になど目もくれず、僕の方へと顔を向け、バンッと、なぜか壁ドンをしてきて、地獄絵図と化した周囲の状況に恐怖を覚えてしまった僕は、思わずビクッと肩を震わしてしまう。
そんな僕のビビり様などお構いなしに、竹中は僕に優しい声音で言った。
「なぁ、確かにお前は慄木乃々華が好きだった。それは間違いのないことだよな。でも、学校に来なくなった本当の理由はさ、俺たちが虐めてたんでも、ましてノノちゃんが転校してしまったからでもなくて……その……風邪引いてたんだろ?」
「えっ?」
僕は、竹中が何を言っているのか分からなかった。
それは、目を丸く見開き、竹中を見詰める三人も同様なのだろう。
暫くの間、沈黙が流れる。
竹中はなにも言わずに、ただ僕を見詰めていた。
僕は、そんな奇想天外な竹中と顔を合わせているのが怖くて、目が泳ぐ。
そして、見てしまった。
正人、葵、智美の三人が、ハッとする顔を……。
「そ、そうだよね。風邪引いてたんだよね、豊本は……」と、智美が竹中に賛同し出す。それに習って他の二人も口々に、「豊本、俺もお前の気持ち分かるって!何日も風邪で学校休むと行きづらくなるもんな、学校!」「あ、葵もある! 一週間インフルで学校休んだ時、そうだったもん!」なんてな言葉を発してくるのだった。
――嘘だろ、おい……。
なに竹中って、役者かなんかなの?
つーかそこまでして自分達に非があると認めたくないわけ?
いや別に、お前等の事なんてこの数日一ミリも考えなかったけども、なんだよこれ……おいッ。
と、此奴らのすっとぼけぶりに一瞬憤りを感じてしまうが、僕は言う。
「そ、そうなんだ。へへっ。ちっと、風邪引いちまったんだってばよ」
「そ、そうだよな。ちょっと重めの風邪引いてただけだよな」
そう言って、竹中は安堵の表情で壁ドンを解いてくれた。
なんだよ重めの風邪って、それもうただの病気じゃねーか。と思ってしまうが、僕は何にも言わない。
次に口を開くのは、此奴らの前ではないことだけは確定しているのだから。
それから彼らは口々に、「そうだよな。重めの風邪ってきついよな! でも治ってるみたいだし、明日は学校来いよな!」「重めの風邪……辛かったよね、きっと……。でも明日は学校来られるよね!」「分かるよ! 葵には分かる! 風邪って重ければ重いほど辛いもんね! でも、もう軽めっしょ! 明日からまた学校で会えるじゃん!」
竹中の重めに引っ張られつつも、三人はそう言って僕をなんとか学校へ来るように誘導しようとしてくる。
僕は笑顔で、うんうん。と首を立てに振り、それを流した。
僕のそんな様子に安心仕切った四人は安堵の表情を浮かべながら、僕の家を後にしたのだった。
次の日、僕はいつもより早めに学校へ向かった。
早朝の澄んだ空気が気持ち良くて、とても良い日だった。
朝一番に学校に行ってすることは、もちろん職員室に向かうことであって、だってそこには小林がいるから。
あぁ、小林。今まで、あなたにさほども興味がなくて、さんざないがしろにしてしまっていたね。ごめんね。あなたがそこまで僕の味方になってくれる存在だとは考えもつかなかったから。
「失礼します!」と、僕が職員室に入れば、僕の存在に気付いた小林が笑顔で僕を出迎えてくれた。
「おお、豊本! もう風邪は治ったのか!」
「風邪?」
「昨日、竹中が電話くれたんだよ。豊本は風邪で休んでるだけだって。もう治りかけてるから、そろそろ登校出来るんじゃないかって弁明……言ってたぞ」
「なに言ってんですか?」
「いや、だから……重めの風邪だったんだろ?」
「重めの風邪ってなんですか? それもうただの病気じゃないですか。僕、そんな話をあなたにしましたっけ?」
「でもお前、俺が電話しても何も喋らなかったし……」
僕は、怒気を込めて言う。
「やめてくださいよッ。僕のせいにしないでくださいよッ」
「え、えぇ……」
小林は引いていた。
「あなたまでッ僕を虐めるんですかッ」
「ちょっとそれドユコトー?」
「ボクァ・・・・・・ボクァッ竹中達にこれ以上虐められるのが嫌で、学校に来なかった……来られなかったんですッ……でも、でも……あの野郎達は毎日毎日僕の家にやって来て、ボクァ……ボクァッ、脅されてたんですよッ」
臭い演技だった。とても、とてつもなく臭い演技だった。
でもそんなことを自分が受け持つクラスのガキに言われたら、担任である小林は味方するしかないわけで。というか、竹中達を僕の家に行くよう命じていたのは、たぶん此奴なわけで。バレたくはないわけで。
「それまぢ?」
「超マジです」と言えば、小林は憤怒の表情を張り付けるのであった。
校長からのお叱りを受ける前に、竹中シバく。そんな気概が見て取れた。
朝の、ホームルーム前の予鈴がなった。
小林は、顔を真っ赤にしながらも冷静な口調で、竹中達一行を放送で呼び出す。
他の職員の目があるからだろうか、小林が担当している理科室まで来るように。と。
そして僕も、小林に連れられ、理科室に向かうのだった。
理科室の前には、何も知らない竹中達がキャッキャとお喋りをしていた。そして、僕の顔を見るなり笑顔で手を振ってくれる。
可愛かった。
そんな竹中の元へ足速に近づき、「来いッ」と怒鳴った小林は、振っていた手をムリクリに掴み、理科室へと誘った。
「え、ちょッ。なんですか? いきなり」
乱暴に腕を引っ張られ理科室へと入れられた竹中が、戸惑いながらに小林に問うていた。
「なんでもかんでもじゃねーよッ。おい、豊本」
「はい?」
「扉閉めろ」
「はーい。」と、僕は元気に返し、扉を閉める。
外界と遮断された理科室は、もう小林を絶対王者とした空間に成り下がっていた。
「竹中。お前、俺に言うことあるか?」
「ないですけど。」
「正人はッ?」
「いや、特に……。」
「智美、お前は?」
「よく分からないです。」
「葵は?」
「ちょっと意味分かんない……。」
ぴんっと張り詰めた空気が、理科室内を包む。
「お前等、マジか?それ。先生いつも言ってるよなッ。どんなことがあっても嘘だけは吐くなよってッ。なぁ言ったよなッ」
僕を含めた五人は、ただただ沈黙していた。
だって、小林の口からそんな言葉を一度も聞いたことがなかったから。
「なんとか言えよッおいッ」
「あの……」重々しく竹中が口を開く「なんで俺等、ここに呼ばれたんすか?」
言葉、というものを知らないのだろうか。
小林は無言でそう質問した竹中の頬を引っぱたいていた。
そんな光景を目の当たりにした葵と智美は、お互いに顔を見合わせていた。
正人は、俺何も見てないよって感じに、顔を床へ伏せていた。
僕は……たぶん、ガン見していた。
竹中が殴られた方の目から涙を流し、言った。
「ちょっとホントなんなんですかッ?」
「しらばっくれんじゃねーよッ」
「えぇ……。」
「お前等がッ豊本虐めてたんだろうがッ」
「はぁ?虐めてないっすよッ。なぁ?」
そう言って、竹中は皆の方へと顔を向け、同調を求めていた。
「虐めてないですよ。だって、俺たち豊本と……友達……だし」
「そうですよ!私たちは豊本くんの……友達……なんだから、虐めるとかそういうのある筈がないです」
「葵、めっちゃ豊本と……友達……だから仲良いよ!」
僕は、友達って言う前の君たちの間、すごく不快だなー。と、思ってしまう。
「そうなのか?」と、小林は僕に問う。
問われた僕は、小首を傾げてみせる。可愛い。
「豊本ッお前ッ」
勢い余って竹中が僕に怒声を浴びせてきた。
僕は小林の後ろに隠れる。可愛い。健気。
「嘘ッついてんじゃッねーぞッお前等ッ」
そう小林が一喝すれば、四人は一斉に床へと目を伏せた。
「豊本から話し訊いてんだよ、こっちは。お前等、よく虐めた相手の家に行けたなッ。アァッ?なぁ?」
「いやでもそれはだって先生が――」
竹中が言い終わらぬ内に、小林は言葉を遮ってしまう。
「言い訳してんじゃねーよッ。最悪だぞお前等。魂胆が見え見えだぞッ。どうせあれだろ、豊本脅して、虐めを隠蔽しようとしてたんだろッ」
「いや……そんなこと……。というか、先生が行けって……」
「今、そんな話してねーんだよッ。つーかそんなこと言ってねーしッ俺」
此奴、ヤクザかな?って思うけど、僕は黙ってる。面白いから。
竹中が、小林の背から顔を覗かせる僕の方へと顔を向け、問うてくる。そこに一縷の望みがまだあるかの様に。
「なぁ、豊本。俺たち、仲良くやってたじゃん。虐めとかしてないよな? 先生に言ってやってくれよ」
僕は竹中に一度頷いてから、口を開いた。
「いや、めっちゃ虐められてましたよ、僕」
「豊本、テメーッ」「友達売るとかサイテーッ」と、正人と葵が切れてきた。智美は泣いてた。
「じゃあ言ってみろよッ、俺たちがどうお前を虐めたのか、アァッ」
竹中が顔を真っ赤にさせ、そう怒鳴り責めてくる。
僕は一度咳払いをし、重々しく口を開く。
「あれは入学して間もない日のことでした。初めての自己紹介で、僕緊張しちゃってて、その……あそこが少し大きくなってしまってたんです……。でも、それって生理現象だし……。だから……その……恥ずかしかったけど、ちゃんと自己紹介したんです。でも、竹中達に『発情期』ってあだ名付けられて……。ショックでした……すごく。だってそれは皆の身にも起きることなのに……。あの日からです。あの日からもう僕は竹中達に虐められていました。女子の前で犬みたいに腰振れとか、サッカーの顧問の足に引っ付いて腰振れよとか、そんな辱めを受けました。サッカー部の顧問には、殴られました。僕が望んでやったことじゃないのに……僕は殴られました。
でも、僕は耐えました。僕は……慄木さんが好きだったから。竹中達の周りにいる人で、慄木さんだけが僕に優しかったから…………。
だから、すごくショックでした……。慄木さんが転校してしまって、心の支えがなくなってしまって……。あの日、小林先生が慄木さんに手紙を書いてあげようって言ってくれた日、僕は本当に悲しくて、泣きました。肩を振るわせて……。僕がいけないのかもしれません。男なのに泣いてしまったから……。竹中達はそんな僕を指さし笑いながら言ったんです。『人間バイブ』だと……。もう、この学校には、僕を助けてくれる人なんていない。そう思ってしまって……だから僕は、学校に行くのが怖くなってしまったんです……」
嘘は言っていない。そう、嘘など吐いていないのだ。
ただちょっとセンチメンタルに自分をアレンジコーデしてみただけだったのだが、その効果は結構絶大だったらしく、小林は大泣きしていた。
僕は、そんな小林に引いていた。
竹中達も小林が泣くものだからもう何も言えず、ただただ沈黙しているばかりで、そしてこれは結構な大事となり、竹中達の内申書に大きな傷をつくった。
まぁ、そのなんだ……どんまい。
たぶん、竹中と正人はサッカーが上手かったから、スポーツ推薦とか狙ってたんだろうけど、勉強頑張れ!
智美は勉強出来る子だったから、なんとかなるっしょ。第一志望の高校にはいけないと思うけど、第二志望の高校くらいなら余裕でいけると思うからさ、頑張れ!
葵は……お前はもう必死に頑張れ!
僕はその後、小林に保健室登校をすすめられたが、なにそれおいしいの?って感じにそれを受け流し、無事、不登校児に戻る。
そして、僕の中学時代は終わりを迎えたのだった。
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