第4話 高校編 再開
中学三年生の冬、義務教育ってすごいよなって思うのは、やっぱり学校に行ってなくても卒業出来てしまえるとこで、それって義務全うしてなくない?と、笑けてしまうけど、そんな僕に対し小林が、「なに笑ってんの?」と、割と本気で僕の進路を考えてくれていたのであろう、叱られてしまった僕も真面目に考えて、通信制の高校に入学した。
通信制の高校に入学してから、もう二年の時が経っていた。
僕は適当に、週二、三日学校へ登校し授業を受けて、後は家でレポート書いたり、気分で勉強したり、コンビニでバイトしたりしていた。
「通信制の高校が私立で、学費が結構高くてごめんね。僕が不登校だったから迷惑かけちゃってるよね」と言い、給料の一部、といっても一万円なんだけど、親に毎月払うと言えば、親は泣いてた。
後の給料は全部アプリゲームの課金で溶けている。
そんな割と充実した日々を送っていたのだけど、それはある日突然にやってきたのだった。
六月の、あのジメジメとして陰鬱となる梅雨が、一瞬にして爽やかな晴れ模様へと変わる出来事が。
その日はいつものように、態度の悪いコンビニ店員をやっている時だった。
(僕は知らない。今、レジに並ぶ客が渋滞を起こし、中国人留学生のバイト君がてんやわんやしているが、僕は知らない。僕は商品の陳列に夢中でなにも見えない。客の、お前レジやれよ。という視線がこっちに降り注いでいるが気付いていない。)
そう心の中で念じていれば、「トヨさん、コッチ来テッ」と、しびれを切らしたバイト君が僕に助けを求めてくる。
いつもより機嫌が良かった僕は一度、「チッ」と舌打ちしてから、空いている方のレジ前に立った。
(平日の昼間っからコンドーム買いに来てんじゃねーよ。つーかアマゾンか薬局で買えよ。どういう神経してんだよ。)
「……ありやしたー。お次のお客様どぞー。」
(なんだよ、ビニ本とバナナと栄養ドリンクって組み合わせ……。もう風俗いけよ・・・・・・。)
「……ありやしたー。お次の方どぞー。」
(水一本! そこらの自販機で買え! つーか水道水でも飲んでろッ)
「……ありやしたー。お次――」
「もしかして、豊本くん……だよね?」
僕はその日、初めて客の顔を見る。
そして、手に持っていた小銭を床に落としてしまう。
「久しぶり。えーと、覚えてるかな? 私のこと……」
忘れたことなんて一日もなかった。
何度も忘れようと思ったが、そんなの出来る筈がなかった。
僕は、君の人生になりたかったから……。
「お……慄木……乃々華……ちゃん……ノノちゃん」
僕がそう言えば、元から笑顔だった彼女の顔が、さらに明るくなった。
「良かった! 覚えてくれていて! ほら私、すぐに転校しちゃったから……」
「忘れる筈ないよッ。だって……、だって……」
その後に続く言葉をなかなか言い出せなかった。
彼女は不思議そうな顔で小首を傾げていた。
「いや……その……。なんでもない……」
「豊本くんってやっぱりおもしろい!」
挙動不審な僕を、彼女は笑ってくれる。
昔と何一つ変わらない天使だった。
そんな天使ちゃんは急にモジモジとし、顔を赤らめながらに言った。
「あのさ、この後って時間あるかな? バイト終わった後とか」
「ちょっと待ってて!」
そう言って、僕は携帯を取り出し店長へと電話を掛ける。
「辞めます! おつかれっした!」
店長が何か言っていたけど、僕は電話を切る。
そして支給された上着を脱ぎ捨て、「行こう!」と言い、ノノちゃんの手を取り、店を後にした。
中国人留学生のバイト君とか知らん。頑張れ!
僕等は近くにあった喫茶店に入り、席に着く。
ノノちゃんは急に僕が手を取ったからか、戸惑っているようだった。
「だ、大丈夫なの!? 急にお仕事辞めちゃって!?」
「大丈夫! いやー、前から辞めようかなって思ってたからさ、ちょうど良いタイミングだったんだよ!」と、僕は笑顔で応えた。
「そういうものなの? 私、バイトってしたことないから分からないけど、もうちょっと時間が掛かるものだと思ってたから……」
「ノノちゃんが気にすることじゃないよ! あ、ほら店員さんが注文取りにきたからさ、早く決めちゃお!」
「う、うん」
店員が僕等に、「ご注文は?」と、笑顔で問うてくる。
ノノちゃんは、「アイスカフェラテください」と、笑顔で注文していた。かわいい。
「うーん……じゃあ僕は、アイスコーヒーを、もちろんブラックで!」と、キメ顔で注文すれば、なぜだか店員とノノちゃんが笑っていた。
「豊本くんって本当に面白いよね!」
「え、なにが?」
素で彼女が何で笑っているのか分からなかった。
でもノノちゃんが笑ってくれるなら、なんでも良かった。
「豊本くんらしいなって! あの、ごめんね。今日は急に時間取らせてしまって……」
「そんな! 全然気にすることないよ! むしろありがたいよ! ノノちゃんの為になることなら、僕はなにも厭わないよ!」
こんな言葉を本心から言えてしまえることに、僕自身のノノちゃんに対する愛が、まだ全然冷めてはいないと、まざまざと実感出来て、僕は心のどこかで安堵していた。
「ありがとう。昔から豊本くんは優しいよね。他の皆は元気にしてる?」
「他の皆?」
「ほら、智美ちゃんとか葵ちゃんとか!竹中くんに正人くん!」
「ああ……うーん。知らない! 卒業してから、離ればなれになってしまったからね。よく分かんないけど、元気なんじゃね?」
「そっか! また皆で遊びたいね!」
それは困る。と、僕は思う。
たぶん会った瞬間に殴られると思うから。
僕はただただ苦笑いを浮かべていれば、店員さんが半笑いでアイスコーヒーのブラックとカフェラテを持ってきてくれる。
「こちらがカフェラテとアイスコーヒーのブラックです。プフ。えーと、シロップとミルクも一応置いときますね」
――なんでこんなにこの姉ちゃんは笑っているのだろう。まさか僕が喫茶店に入るのが初めてだと気付いているのだろうか……。
「いりません。僕はコーヒー豆の味を純粋に楽しみたいので!」
「プハッ」と、店員は吹き出し頭を下げてくる。「申し訳ありません。そうですよね……クフ。では、コーヒー豆のお味を存分にお楽しみください」
そう言って、シロップとミルクを持って帰ってくれた。
ふぅ。ノノちゃんの前で恥を掻く所だったよ。と、内心ホッとしていた。
「豊本くんってコーヒー好きなの?」
「え、なんで?」
「コーヒー豆の味って初めて聞いたから、通なのかなって」
「あぁ、まぁ……キリ……マジャロ?とかよく飲むよ」
「へー! すごいねぇ!」
僕は平静を装っているが、ノノちゃんに褒められたことで心は踊っていた。
でも実際は黒い液体なんてコーラくらいしか飲まないので、これ以上掘り下げられても困るし、それに僕はノノちゃんに聞きたくて仕方が無いことがあって、だからもう大人アピールはやめる。
「えーと、ノノちゃんはさ、どうしてここに?」
「急に会ってビックリしちゃったよね。一ヶ月くらい前かな、またお父さんの転勤でね、こっちに戻ってきたの!」
「よっしゃー!」
「え!?」
「ごめん。単純に嬉しくて!」
「私もまた豊本くんに会えて、嬉しく思ってるよ!」
これってもう、運命じゃない?と、僕が確信し掛けたその時だった。
「あのね、話っていうのは、実は……私、ここに引っ越して気になる人ができちゃったの。一目惚れしちゃって……」
「え? なんだって?」
「こっちに引っ越してきた日にね、コンビニに行ったの。レジで応対してくれた店員さんにね、一目惚れしちゃって」
「え? なんだって?」
「でも私、恋とかしたことがまだなくて……。つまり初恋なの」
「え? なんだって?」
「その……私……こんな気持ち初めてで……。だからどうして良いか分からなくて……」
「え? なんだって?」
「もぅ本当にどうしようって……」
そう言って、慄木乃々華は顔を赤らめ、熱くなった頬を両手で覆い冷まそうとしていた。
受け入れたくはなかった。受け入れれば全てが終わってしまう気がした。でも僕のあまりの難聴ぶりも、彼女の初恋により浮き足立った心には届かなくて、スルーされてしまっていた。
だから……だから僕は言ってしまう。
「きょ、協力するよ。任せてよ。僕は恋愛マスターなんだ」と。
――なんだよ恋愛マスターって……。あのサトシ先輩ですら僕等が生まれる前から働きもせず年下からバトルと称して金巻き上げながらマスター目指してんのに、叶うどころか劣化し始めてんだぞ……。あんま見てないから分からないけども……。なんだよ……ホント……恋愛マスターって……。
僕は自分が放ってしまった言葉に後悔しているが、しかし慄木乃々華の反応はとてつもなく嬉し気で……だから僕は、彼女を安心させようと力強く自身ありげに頷いてしまった。
「ありがとう! 豊本くん!」
彼女が僕に対しお礼を言う最中、思うことは一つで――殺そう、そいつ。だった。
慄木乃々華の意中の相手が働くコンビニは、確かに僕が働いていたコンビニと十メートルも離れていなくて、しかも同系列店だった。
最近できたばかりのコンビニ。「うちの店潰すきかよッ」と、店長がめちゃくちゃに本社にブチギレていたコンビニ。
たぶん彼女が僕のお店に来たのは、間違っただけなのだろう。
「今の時間帯なら、たぶんだけど、彼、シフトに入ってると思う」
――シフトまで熟知してんのかよ……。やめてよー。
僕とノノちゃんは今、そのコンビニの駐車場に立っている看板の柱から、お店の中を覗いているのであった。
「えー、ごめん。分かんない。どの人?」
「ほら!あれ!今レジの前にいる人!」
「ごめん、本当に見えないは。中に入らない?」
「え、でもそれだと、その……私と豊本くんが恋人だと思われちゃうかも……」
――なんだよ、此奴。
「あーそっか。そうだよね。じゃあ、僕一人で行ってくるよ」
そう言って、僕は彼女を一人その場に残し、店へと歩みを進めた。
慄木乃々華を背にして歩く僕は、少しばかり泣いていた。
――クソッ。クソッ。なんだよ。慄木乃々華の初恋を奪うってどんなラッキーボーイだよッ。ぜってー潰す。
と、心中は怒りと妬みの渦で息巻いてさえいた。
そして、自動ドアが開かれ、僕は店の中へ。
なにも手には取らず、そのままレジ前に向かう。
「とよもっちゃん?」
「へ?」
「とよもっちゃんではないですか!」
「小野崎……学……。」
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