第6話 計画

「とよもっちゃん……。久しぶりでございますな……」


――嘘……だろ……。よりによって、此奴かよ……。


 僕は戸惑いを隠せず、「バイト中だろッ喋り掛けんなッ」と、つい怒鳴ってしまった。

「も、申し訳ございません。」と、しょんぼりしながら小野崎は僕に頭を垂れていた。

「……」

「……して、ご注文は?」

「ねーよッ」そう言って、僕は足早に店を後にした。


 店から出れば、ノノちゃんがキラキラとした顔をこちらに向けてくる。

 その視線が痛くて、僕は俯いてしまった。


「ど、どうしたの豊本くん!? えーと……なにかあった!?」

「いや、べつに……」

「それで……小野崎くんは――」


 僕の浮かない表情が伝染してしまったのか、彼女の表情も曇ってしまう。

 ノノちゃんのそんな顔を僕は見たくなかったし、そんな顔にさせてしまう自分を殺したかった。

 だから……だから、僕は、言ってしまう。


「小野崎学は……知り合い……というか、友達……。」と。


 僕がそう言ってしまえば、慄木乃々華の表情は、今まで僕が見たことないほどに明るくなってしまう。

 僕にはそれが眩しすぎて……ちゃんと顔が見られなくて……というかちょっと僕は泣いてて……そっぽを向き、鼻を啜りながら続きを話した。


「僕は今、通信制の高校に通っていて、小野崎とは級友で、だから……あいつの連絡先も分かるよ」と。


 そう言ってしまえば、もう僕は、慄木乃々華と小野崎学の仲を取り持たせなければならなくなると知りつつも。

 でも僕は、彼女の笑顔が見られれば、ノノちゃんの過ごす日々が幸せで満たされてさえいれば、それでいいと……思える筈がなかった。


 だって、僕は――。


 というか、なんなのだ?

 なぜに小野崎?

 意味分かんねーよ、マジで。


 なぜ慄木乃々華は小野崎学なんかに、それも生まれてこの方持ったことがなかった恋心を、淡い気持ち抱いてんの?

 えっ、なにそれ?

 恵まれない男に恋の女神が与えた救済措置かなんかなのか、慄木乃々華は……だとしたら……、だとしたら僕でよくない? それ?


 そんな、現実に対して腑に落ちない僕の頭の中に、ある言葉が思い出される。

 あの日、ノノちゃんがバックレかましたカラオケの帰り道。


『豊本なら、ノノちゃん、いけんじゃね?』

『だってノノちゃんって……』


 葵と智美が顔を見合わせクスクスと笑っていた、あの時の光景が。


 え、嘘でしょ?

 ノノちゃんって……。

 慄木乃々華は……ブスが好き?


 その疑惑は、小野崎学という存在により確信に変わり、そしてその事実に僕は悔しさを覚える。


 僕はブサイクで、でも中途半端なブサイクで、メーターを振り切る小野崎学のブサイクは、それはもう個性で、才能で……。

 だから僕は、生まれて初めて努力しなければ、あのモンスターには勝てないから……やってやろう、やるしかないのだ、全力でッ!


「豊本くん? 豊本くん大丈夫?」

 慄木乃々華が心配そうに、僕の顔をのぞき見ながら問うていた。


 僕は覚悟を決め、一度深呼吸してから言う。「大丈夫!」と、元気良く。

 そして、「あのさ、小野崎ってあんなんじゃん?あんなんって言っても、どんなんか分かんないよね。なんて言えばいいのかな、コミュ障なんだよ、あいつ。僕しか友達もいなくてね。だからさ、ノノちゃんと小野崎がうまくいくように、僕が全力でサポートするからさ!一緒に頑張ろう!」なんて心にもない言葉を吐いた。


「ありがとう!豊本くん!そうだよね、いきなり私なんかが告白しちゃったら、ビックリしちゃうもんね……。でも、本当に良かった! 豊本くんに会えて! 豊本くんが優しい人で! 本当に、ありがとう! そして、これからもよろしくお願いします!」


 なんて、健気に彼女は僕にお礼の言葉を述べ頭を下げていた。


 彼女の健気で愛らしい態度を見た僕は内心で――あぶねぇ、僕がいなければ、ノノちゃん告白するつもりだったのかよ。食い止められて良かった。と、安堵していた。


「いいんだよ!あ、でもほら、小野崎コミュ障だからさ、連絡先とか、たぶんノノちゃんが面と向かって聞いちゃうと、あいつビックリしちゃうと思うんだよね。だからさ、僕が小野崎に連絡取って、ノノちゃんに連絡先教えていいかの許可とっとくから! 今日はもう遅いし、帰りな!」


「うん、もう七時過ぎてるし、今日はもう帰ろうかな。お母さん心配しちゃうしね」そう言ってから、慄木乃々華は僕の手を握り、「これ、私の連絡先ね! よろしくお願いします! 豊本くん!」と、彼女の連絡先が書かれた紙を手渡してくれた。


 彼女を見送った後、僕はすぐに慄木乃々華が触れてくれた手のにおいを嗅いでから、たぶん小野崎に彼女が直接手渡す予定だったであろう、可愛らしくもお洒落な薄ピンク色の紙に書かれた携帯番号とメールアドレスを、電話帳に登録した。


 僕の携帯にノノちゃんの連絡先がある!と感慨深くその事実に酔いしれつつ、小野崎のバイトが終わるまで待つのは癪なので、僕も帰路に着く。



 家に帰り、小野崎へとLINEを送る。


『お前、三次元とか興味ないっしょ?』と訊けば、すぐに返事はかえってきた。

『なんでございますか……突然。と、いいますか……この間はすいません。つい熱くなってしまって……」

『んなことはどうだっていい。お前は、三次元の女なんかに興味ないよな?』

『気にしていなくて何よりでござます。最近、当方は三次元に対し耐性が出来まして、興味なくはないでござるよ』

 

 まじかよ、此奴……。


『いや、そんな奴じゃなかったじゃん、お前。言ってたじゃん、三次元じゃ抜けないとかキモいことを』

『前はそうでござったが、人は進化するもので、今はもっぱら三次がメインのおかずでございまするが……』


 進化ってなんだよ……お前、モンスターかよ。成長って普通に言えよ。と、僕は苛立ちを覚えると同時に、このままじゃ慄木乃々華を紹介しなきゃならなくなる。という焦りが募ってゆく。


『なぁでもさ、べつに彼女が欲しいとかじゃないだろ?』

『交尾は……人生で一度はしてみたい……』

『じゃあ、風俗奢るよ。頑張ってバイトしてさ。それでもうお前の未練は無いわけだから、彼女とかいらないよな?』

『愛のある交尾がしたい……』


 ダメだ。なんか悲しくなってきた。

 それはだって、人間なら誰しもが思うことで、此奴だってちゃんと人間なんだと、交尾とかなんかちょっと気持ちが悪い言葉遣っちゃってるけど、その切実さは十分なまでに同じモテない男として理解が出来るから、だから……僕は言ってしまった。


『お前の事を気になっている女の子がいる』と。

『ウハ!キタコレ!それは本当でござるか!?』

『ああ、ほんとうだよ。よかったな。ほらこれが、その子の連絡先だから』


 僕は慄木乃々華の連絡先を、小野崎学に教えたのだった。

 さようなら……ノノちゃん。


『え、怖い。』

『どうした急に?』

『ムリでござる。女の子とメールしたことないでござる。ムリでござる。』

『まったく、しょうがねーなぁ! 僕に任せとけ!』

『ありがとう! 本当にとよもっちゃんと友達で、当方は大助かりでございまする!』


 正直、ここまで計算通りにいくとは思わなかった。


――ハハッ! 俺は良い奴で、同時に面倒見の良い優しい奴なのだ、この二人の中では。よし、内側から潰していくぞ!


 そう意気込みながら、僕はノノちゃんへとメールを送る。

 携帯番号から友達検索で、ノノちゃんを見つけることも出来たけど、ノノちゃんに小野崎入れた三人のトークグループを作ろう! とか言われても困るので、普通にメールで送る。


『豊本です! 小野崎にノノちゃんの連絡先教えたんだけどさー。やっぱあいつビビっちゃって、しょうが無い奴だよね、全く。うーんどうしようか? 僕がいれば会えるって言ってんだけどね』


 なんてな嘘まで書き込んで、僕は絶対にあきらめない。


『そっか……。でも、大丈夫だよね!これから私の事を、小野崎くんに知ってもらえれば良いことだし! それで、その……来週の日曜日とか予定空いてるのかな、小野崎くんは、いつもバイトには入ってないみたいだけど。あ、もちろん豊本くんの予定も考慮しての話だけどね!』


――んー、ついでついで! 僕はついでの豊本くん!


『たぶん空いてると思うよ! もちろん僕も空いてるし! じゃあ、日曜に三人で会おうか!』

『ありがとう、豊本くん! すごく楽しみ!』 


 当然、小野崎に予定などなかった。


 こうして、僕等三人での、初めての顔合わせをすることになった。

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