第3話 慰めて

合コンから数日後。

仕事では、相変わらず厳しい社長。


「新しいデザイン、持ってきたか?東村。」

「土日挟んだので、まだです。」

「こういう時は、土日も仕事しろよ。」

「ええー!」

この鬼!

と言葉に出ないように、我慢して。

合コンの時の社長との、ギャップに驚いた。

あの時は、話題も豊富。

気遣いも満載。

スーツも似合う、ジェントルマンという感じだった。

もし社長じゃなかったら、完全に好きになっていた。


ううん。

そういう男こそ、遊び人で、ドSなのよ。

騙されるな、私!


「おい、何やってるんだ?」

「す、すみません。」

合コンの時の事、思い出していたなんて、死んでも言いたくない。

私は自分の席に戻って、デザイン画のやり直しをした。

その日は残業してまで、デザイン画を完成させた。

何を言ったって、社長の言葉はいつも当たっている。

あとは、私が社長を唸らせるしかないんだ。


「できた。」

うん。

色合いも、申し分ない。

「後は、明日社長に見せればOKだね。」

描いたデザイン画をデスクの引き出しの中に入れて、鍵をかけた。


その時だ。

「まだ、残っているのか。」

社長の声がした。

「社長。今、帰りですか?」

「ああ。取引先の打ち合わせが、長引いてな。」

時計を見ると、20時を回っている。

「東村は?」

「ああ、私はデザイン画を描いていて。」

「どれ、見せてみろ。」

社長は、スッと手を伸ばした。

私は仕方なく、デスクの引き出しから、デザイン画を出した。

「……これです。」

ちょっと震えながら、デザイン画を差し出した。


社長は、近くのデスクに腰を降ろし、私のデザイン画を見ている。

しかも今描いたデザイン画の他にも、前にボツになったデザイン画まで。

自分がボツにしたデザイン画を見直すなんて、どういう神経してるんだろう。

なんだか前の穴を、また掘り下げているようで、私の胸は痛んだ。

「色合いが、ポップになってきているな。何か、楽しい事でもあったか?」

「いえ、別に。」

だって、ポップな色合いにすると、社長が喜ぶんだもん。

楽しい事があったのは、あなたの方でしょ。


「でも、デザインがダサいんだよな。」

胸にグサッと、突き刺さった。

「もっと斬新で、胸躍るようなデザインを……」

いつの間にか、目から涙が零れていた。

仕事で泣くなんて、卑怯だと思っているけれど。

でも、ダサいって。

デザイナーとしては、才能ないって言われているのと同じじゃん。

こんな私だって、デザイナーとしてもう6年も仕事しているのに。

その6年を、一気に否定されたみたいな。

そんな気分だ。


「どうした?大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。」

涙は止まらないけれど、そう答えるしかない。

「仕方ないな。おいで。」

えっ?

今、何て言った?社長。

「遠慮はいらないから、ここに来い。」

そして社長は、腕を広げている。

一体、何をしようとしているの。

「さあ。」

さあって言われても、社長相手に行ける訳ないでしょ!

「面倒な女だな。」

そう言うと社長は、私の側に来て、片手で私を抱き寄せた。

社長の甘い香りが、ふわっと鼻に香る。

「泣くなら、胸を貸すぞ。」


何よ。

いつも私の事、虐めてばっかりの癖に。


「ひっ……ひっく……」

何年振りだろう。

人の前で、こんなに泣いたのは。

「な、なんで社長は……今だけこんなに優しいんですか?」

「今だけが余計だ。」

もうダメだ。

「うっ……ううう……」

声も出てくる。

「もう大丈夫です。ありがとうございます。」

私は、社長から離れた。

「大丈夫そうには、見えないな。」

そう言って、社長は私の手を繋いだ。


「今から、俺の家に来ないか?」

「ど、どうしてですか?」

「俺、おまえの事気に入っているんだ。」

ありきたりの誘い文句。

こんな時に卑怯だ。ズルい。

でも、泣いている私には、冷静な判断はできなくて。

手を繋いだまま、私は社長の家に、誘われたのだった。

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