第21話 蓮也VSレグルス・アグニ・レイダス
蓮也とアリアは数日ごとに会っては、仲睦まじく過ごしている。
けれど今日は珍しく、アライルの私室にレグルスが集まっていた。
「今後は断絶の森に行く依頼も受けようと思っているんだ」
集めた張本人、アライルは三人にそう言って依頼の方向性を伝えた。
納得した様子を見せるフロストやフィノと違い、蓮也は断絶の森という部分を確認するかのように声に出す。
「断絶の森って……あれか。北側にある魔王国との境になっている森のことだな? そこら辺の森は草原よりは、強い魔物がいると聞いてる」
「その通りだよ、レンヤ。戦闘も問題がないメンバーが揃っているし、ランクを上げるのなら避けては通れない場所だね」
今のレグルスはDランク。
順調にランクを上げるつもりなら、個人だろうとパーティだろうと避けられない場所だ。
「殿下。掲示されている依頼も指名依頼も、討伐を優先したほうが良いと思いますか?」
「いや、優先する必要はないと思うよ。レグルスの評判は決して、戦闘能力によるものではないからね」
アライルはレグルスの一員だと分かってから、自分達のパーティがどのように評価されているのか調べてみた。
そこから出した結論として、フロストの言葉を否定する。
「ここで戦闘系――討伐や護衛に力を入れても、アグニやレイダスを上回れる保証はない。だとしたら依頼の比率を大きく傾ける必要はないよ。指名依頼の多さや様々な依頼をこなせることこそ、我々の強みなのだから」
どちらかといえばアグニやレイダスは戦闘系に特化したパーティだ。
しかしレグルスは違う。
最初が二人だけだったので、戦闘に特化せず様々な依頼を受けている。
今現在も同様に様々な依頼を受けているが、だからこそスタイルを変える必要はない。
力強いアライルの言葉にフロストとフィノは強く頷いた。
そんな様子を見て、蓮也は納得したかのように相づちを打つ。
「殿下はレグルスの頭脳担当というわけか」
「私は一緒に戦えないからね。こういった部分では大いに頼ってもらなわないと、一緒に冒険しているとは言えない」
最終的な決定をするのはリーダーのフロストだが、方向性を示すのはアライル。
おそらくこれがレグルスの形になるのだろう。
話し合いが纏まると、アライルは不意に蓮也に想定外な言葉を掛ける。
「それはそうとレンヤ、ちょっと訊きたいことがあるんだよ」
「訊きたいこと?」
「レンヤは恋人がいたことはあるのかな?」
「恋人? いや、いたことはない」
「では好いた女性などは?」
「それもいたことがない。というか、いきなりどうした?」
いきなりすぎて、蓮也が軽く驚きを示す。
しかも話題の内容が全く想定してなかったものだ。
「アリアがレンヤほどの素敵な殿方なら、昔に誰か恋人がいたかもしれないと疑っていたからね。だから代わりに尋ねたまでだよ」
どうしてアライルがそんなことを尋ねたのか、その理由を答える。
すると蓮也は余計な心配だとばかりに肩を竦めた。
「いや、俺の周囲にいた女性陣は全員が幼馴染みに惚れてた。その中の誰かに懸想するとか、馬鹿らしくてな」
「その女性陣は綺麗だったのかな?」
「綺麗……いや、それなりの綺麗どころは揃ってた」
「随分と中途半端な評価だね」
「アリア以上に綺麗な女性を俺は知らない。だからアリアを絶対値として評価するなら、あいつらはそれなりでしかない」
それに当時、綺麗だと思ってはいても好きになることはなかった。
というか、それどころじゃなかったというのが本音だ。
「幼馴染みに惚れている女性が三人も四人も集まれば、空気は時折悪くなる。それのフォローをしたり、あとは……当て馬にされていたな」
「当て馬? ちなみにどういうことをされていたのかな?」
「女の幼馴染みにやたらボディタッチされたり、顔を近付けられたり、鬱陶しかった。そいつもそれなりに綺麗ではあるんだけど、当て馬にされてると分かって惚れる馬鹿はいないだろう?」
「確かに私でも惚れることはないだろうね。フロストはどうかな?」
「警戒して好くことはないでしょう。ちなみに女性であるフィノの意見はどうだ?」
「そういうのって、レンヤが当て馬になるって分かってやってるからね。正直、あざとくて女子同士だと好かれてなさそう」
幼馴染みの少女――詩織を皆がボコボコに言うが、蓮也がフォローすることはない。
というか同じように思っているから、同意以外に出来ることがない。
◇ ◇
レグルスとしての方向性も決まったので、ギルドに顔を出す。
翌日からどういう依頼を受けるか掲示板を見て吟味するためだ。
するとちょうど依頼が終わって次の依頼を探していたイグナイトとラクティがいたので、二人をギルド内の個室に呼び寄せて今までの経緯を説明する。
スタンピードがあったあの日、何があったのか。
そしてどうなったのかを。
「……いきなりぶっ飛んだ話をすんなよ、フロスト」
「正直、フロストでなければ信じなかったわ」
彼が嘘を吐く人間ではないとイグナイトとラクティは知っている。
だからこそ真実だとは分かるが、内容は想像を絶していたと言ってもいい。
「痛くない腹を探られるのも面倒ではあるし、お前達にある程度のことを伝えるのは王太子殿下にも報告済みだ。その意味は分かってくれるな?」
「やたら無闇に今回の一件、探るなってことだろ?」
「これで納得しろ、ということね?」
「その通りだ。私達が叙爵されるまでの間、悪戯に話を広めず余計な横やりを回避しておきたいのだ」
ある程度の中に蓮也とアリアの婚約は伝えていない。
だが蓮也がスタンピードを壊滅させたことと、三英雄の弟子であることは伝えてある。
意図的に何かしらの話題を抜いたことにイグナイトとラクティは気付いたからこそ、今のように言ったのだ。
「というか叙爵って凄えよな」
「スタンピードのみならず超級からも守り切ったのだから、当然とも言えるわ」
「でもそうなると、レンヤともう一度戦っておきたいぜ」
「ちょっと待ちなさい。レイダスはまだ戦っていないのだから私達が優先よ」
「むしろ全員で挑むのが最善だと私は思っているのだが」
イグナイトとラクティが言い合いになりそうなところに、予想外の第三者が加わった。
二人は驚いてフロストを見る。
「レグルスも込みでやるのかしら?」
「その通り、私もフィノもレンヤの強さに興味がある」
頷いたフロストは二人と個室から出ると、依頼を吟味していた蓮也に話の流れを伝える。
蓮也は眉根を揉みほぐしながら、
「……ちょっと待て、フロスト」
「どうしたのだ?」
「どうしたも何もない! いきなり俺をリンチしようとする理由は何だ!?」
「戦闘訓練だと言ったはずだが……」
フロストが伝えたのはレグルス、アグニ、レイダスの三パーティ対蓮也の戦闘訓練。
人数としてはレグルスが二人、アグニが五人、レイダスが五人なので十二人を蓮也は一人で相手取ることになる。
「だからといって、新進気鋭の三パーティを一人で相手取るのは俺でも大変だ!」
そんじょそこらのパーティではない。
有望株の三パーティが相手なのだ。
大変なこと、この上ない。
けれどフィノは蓮也の言葉に隠れている内心に気付いて、肘で彼のことを小突いた。
「あ~あ、レンヤってば言葉のチョイスを間違えたよ。不可能でも無理でもなく『大変』ってことは、どうにか出来ると思ったんでしょ?」
「いや、それは……」
「仲間である私やフィノが気付かないはずがないだろう、レンヤ」
「へぇ、そうなのね。どうにか出来ると思われたのは、ちょっと癪だわ」
「レンヤがそう思うなら、こっちも遠慮はいらないってことだよな?」
どうにか言い訳を探そうとする蓮也だが、もう遅い。
イグナイトもラクティもパーティメンバーに招集を掛けている。
「……恨むぞ、フロスト」
「それは戦ってから言って貰いたいものだ」
鍛錬場にて勝負が始まった。
長引くのも面倒なので、勝負する時間は三分。
どちらかが倒せれば勝ちで、両方が残っていたら引き分け。
蓮也とて相手が相手なので、最初から〝闘神〟のクラスで勝負に挑んでいく。
「――っ!」
まず最初に蓮也は不意を打つかの如く、魔法を使われる前に後衛と中衛を即座に昏倒させた。
唯一フィノだけは蓮也の行動を読んでいたのか距離を取って蓮也の一撃を防ぐ。
始まって十秒ほどで残りはフロスト、イグナイト、ラクティ、フィノの四人だけになったのだが、そこからが難航した。
いくら最上のクラスで戦っている蓮也とはいえ、相手は新進気鋭のパーティにリーダー三人と一緒に戦っている仲間の一人。
一対一ならばすぐに倒せるとしても、四人ともなれば苦労することは必至だ。
特に闘神の状態で放つ破斬は威力を出せるが、やり過ぎると周囲を諸共ボロボロにしてしまうので全力は出せない。
さらにフロストの魔力障壁は貫こうとすれば剣が折れる。
かといって他に視線を向けようにもラクティは常に蓮也の視線から外れるように、死角に入り込もうと動くし、威力ならばイグナイトの炎を纏った一撃は蓮也の魔力障壁でも絶対に防げると確信を持てるものでもない。
それでもどうにかリズムを掴んで攻撃を入れようとすれば、フィノの魔法が邪魔してくる。
というより、これが嫌で中衛と後衛を最初に殲滅したのだ。
蓮也はちらりと周囲に倒れてるアグニとレイダスの人間を視界に入れる。
瞬間、イグナイトとラクティが慌てて昏倒している仲間を蹴り飛ばした。
何をやろうとしているのか気付いたのだろう。
蓮也が舌打ちをしながらフロストの真横に移動して突きを放とう……として、横に飛び退いた。
フィノが光の矢を蓮也目掛けて放っていたからだ。
さらに連続攻撃のようにイグナイトの上段から振り下ろしを、タイミングよく弾きながら避ける。
だが、そこで真後ろからラクティが冷気を纏わせた細剣を突き出してきた。
「……っ!」
蓮也は振り返りながら、魔力障壁を纏わせた左腕でどうにか刺突をずらし、右手で持つ剣を思い切り振るう……と、その時だった。
「三分経ったよ!」
フィノのかけ声で、振り下ろしかけていた剣がピタリと止まる。
「時間切れ、か」
同時、たった三分のことなのにフロストとイグナイト、ラクティは汗だくになりながら地面に腰を下ろす。
一方で蓮也は全員を倒しきれなかったことで、むすっとした表情になる。
「やっぱり結果として全員倒せなかった。ラクティの死角からの攻撃は対応に面倒で、イグナイトの攻撃はそこそこ気を取られる。真正面からフロストの魔力障壁を抜こうとすれば、そもそも剣が折れる」
考えれば考えるほど彼らは厄介だ。
これが新人冒険者なのだから、素晴らしいという他ない。
「終盤になって三人の崩し方がようやく分かったのに、それを出来なかったのが残念だ」
可能性がなかったわけではない。
けれど倒しきれなかったのは、間違いなく蓮也の鍛錬不足の結果だ。
「レンヤ。私達の倒し方をどのように考えていたのか、教えて貰ってもよいだろうか?」
フロストが座った状態で尋ねると、蓮也は頷きを返して答えた。
「ラクティは時折、死角の入り方が雑になるから完璧に視界から外れない。イグナイトは一撃必殺を狙ったあとに少し隙があった。フロストについては魔力障壁の薄い左右か背後を狙えばいい。何度か挑戦すれば一撃与えられると踏んでいたのに……フィノに防がれて一度も挑戦できなかった」
本当にフィノが邪魔だった。
最初に中衛・後衛を殲滅する際に彼女を逃したのは本当に失敗だった。
するとフィノは蓮也ににっこりと笑う。
「仲間だからレンヤの考えをある程度は読めるんだよね」
「それにイグナイトもラクティも意外と目聡い。フィノが邪魔だから排除しようとしたのに邪魔しただろう?」
「馬鹿言うな! レンヤのチラ見が倒れた人間そのものだったことに、こっちは恐怖を覚えたんだよ! フィノにぶん投げようとしてたろ!」
「かなり真剣に検討していたみたいだから、時間の猶予もなかったわ。味方を蹴り飛ばして助け出したのは初めてよ」
「おかげでフィノを倒す手段を無くした」
わざわざ〝賢者〟のクラスに変更して魔法を使う時間をフロスト達は与えてくれないし、かといって手持ちの剣を投げるのは自殺行為。
ならば倒れている人間を投げ飛ばして攻撃道具にするのが一番だったのだが、それすら読まれてしまった。
「せっかく〝闘神〟のクラスで勝負をしたのに、倒しきれなかったのは俺の鍛錬不足だ。これだと師匠達に面目が立たないな」
「というか闘神ってここまで桁外れに強いのかよ」
蓮也が複数のクラスを所持していることは聞いた。
今回は闘神で挑むことも最初に情報として入れている。
だというのに、ここまで歯が立たないとは思ってもいなかった。
「俺はまだまだ弱い範囲だ。ライオス師匠だと、俺を含めた三パーティで挑んだところで即座に壊滅してる」
「……人間なの、それは?」
「俺もライオス師匠の破斬を最初に見たときは疑った」
ラクティの意見に同意する蓮也。
人外とはああいった人間のことを言うのであって、蓮也はまだまだひよっこだ。
「ともあれ新進気鋭のパーティにリーダー達が揃えば、意図的に大技は抜いたとしても闘神でさえ倒しきれないということだ」
おそらく個々人の能力としてもリーダーは全員がBクラスに相当する。
しかもライバル関係だからか、お互いの力量を把握しながら挑んでくるからコンビネーションも良かった。
「それに師匠達の訓練と違って、戦っている実感があるのは良い経験になった」
「三英雄の訓練ってちょっと興味あるわね」
「死ぬことはないけれど、死ぬほどキツいことは覚悟する必要がある。それに一応でも訓練と呼べるのはミカド師匠ぐらいなもので、他の二人は如何に気を失わないでいられるかの勝負になる」
「……聞いただけでヤバそうだな、それ」
「ヤバいのはライオス師匠だけだ。ミカド師匠の場合は怖いし、婆ちゃんは一番痛い」
あの日々は今でも鮮烈だ。
というよりルレイとの訓練は絶賛継続中なので、未だに痛い日々は続いている。
するとフィノが蓮也の発言に驚いた表情を見せた。
「ちょっとビックリかも。ルレイ様ってレンヤに甘いのに」
「壊すも治すも自由自在だからな。それに婆ちゃんは甘やかして死なせるより、厳しく指導してどんな状況でも生き延びられるようにするタイプなんだ」
「ああ、そういうこと。だからレンヤってそんなに強いんだね」
クラスを複数所持していたとしても、一年やそこらでそれほどの実力をどうやって得たのか少々不思議ではあったが、思わず納得してしまう。
「ちなみに俺は一番最初の時、ライオス師匠に一秒でぶっ飛ばされて、ミカド師匠に死ぬほど怖い目に遭わされて、婆ちゃんだけが救いだった。それも〝賢者〟のクラスを得たら変わったけどな」
とはいえ、おかげで新人の中でも格別の実力を持っていることに感謝している。
蓮也は遠い目をしたあと、ふと確認するかのようにイグナイトとラクティに問い掛けた。
「そういえばアグニとレイダスは断絶の森にもう入ってるんだよな?」
「ああ、俺達はもうそっちで結構な依頼を受けてるぜ」
「その通りよ。依頼達成の金額も良いし、今後は断絶の森を主体にしていくつもり」
「だとしたらフロスト、俺達も断絶の森における依頼を受けるのは問題なさそうだな」
「もちろん油断は禁物だが、両パーティが問題なく依頼を達成しているのなら必要以上の警戒は必要なさそうだ」
フロストは何度か頷くと、挑戦的な視線をイグナイトとラクティに向けた。
「さて、今度はどのパーティが一番最初にCランクに上がるか勝負するとしよう」
Dランクに上がるのはほぼ同時だった。
だがこの先はどうなるか分からない。
だからこその言葉に、イグナイトもラクティも歯を剥き出しにして好戦的に頷いた。
「乗った!」
「乗ったわ!」
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