第20話 生真面目同士のやり取り





 翌日、蓮也は一人で王城の前に立っていた。

 せっかくだからアリアと二人でお茶でもどうだろうか、とルフェス王から提案されたからだ。

 もちろん蓮也が断れるわけもなく、昨日はフロストとフィノに付き合って貰って、知識しか持っていないお茶の飲み方等を指導して貰った。

 とはいえ付け焼き刃による不安と、王女にして〝聖女〟であるアリアが婚約者になった緊張とで、蓮也の足下はふわふわとしている。


「せめてフロストかフィノのどっちかがいてくれたら助かったんだが……」


 二人は実家で報奨などを含めた話し合いをするらしい。

 というより婚約者として初めてのお茶なのに、連れ添いがいるのはあり得ないとのこと。


「……そろそろ王城に入らないと」


 指定された時間まで、あと少し。

 近衛騎士が蓮也をお茶会の場所まで連れて行ってくれるらしい。

 これ以上、うだうだとしていると待ち合わせに遅れてしまう。


「聖女様は俺と違って、落ち着いてらっしゃるんだろうな」


 ずっと冷静に話していたし、ルレイからもそのように聞いている。

 自分のように見た目と内心がズレていることもないだろう。





 と、蓮也は思っていた。

 けれど王城で婚約者を待ち構えているアリアは、時間ギリギリまでドレス選びに余念がなかった。


「……マリナ、どうしましょう。どのドレスが一番良いのか判断出来ません」


 仲睦まじい婚約者であれば、基本的にドレスや装飾品は相手の瞳や髪の色が入ったものを身に纏う。

 蓮也であれば髪も瞳も黒なので、その色になる。

 しかし黒のドレスはあり得ないし、自分が持っているドレスで黒のラインが入っている物はない。

 なので彼の色は装飾品である黒いバレッタで表現した。

 だからこそドレス選びが難航することになる。

 幾つものドレスを選別して残りは五着ほどだが、それから先が進まなかった。


「……昨日、蓮也様に好みの色を確認しておけば良かったと心から後悔しています」


 ルフェス王から認められ、誓約書も作り正式に婚約することとなった。

 誓約書を作るルフェス王の執務室にはルレイだけではなく、蓮也もいたのだから訊けばよかったのだが……。


 その時、アリアは間違いなく浮かれていた。


 国内最大の懸念事項である自分の婚約が解決し、さらに相手となる蓮也がとても真面目で誠実そうだった。

 今はまだ少ししか言葉を交わしていないが、愛ある日々を送れると多大な期待を持った未来を妄想していたからだ。


「レンヤ様と初めてお茶をするのですから、アリア様は似合っていると褒めて貰いたいのですね」


「それは当然です。婚約者と初めてお茶をするのですから」


 侍女であるマリナの言葉に、間髪入れずに頷く。

 だからこそ悩ましい。

 結局のところ、本当に間に合わなくなる寸前まで悩んでからアリアは、余計な装飾のない白桃色のドレスを手に取った。

 あくまで予想でしかないが、おそらく蓮也は派手な色合いやゴテゴテしたドレスを好まないと思ったからだ。

 それから急いで着替えて、すでに準備が終わっている庭園で蓮也のことを待ち構える。

 少ししてアリアの婚約事情を知っている近衛騎士が蓮也を連れて現れた。

 言葉を交わしながら歩いていることから、どうやら城内を説明しているようだ。


「ここまで連れてきていただき、ありがとうございます」


「いえ、これも職務ですから」


 近衛騎士はそう言うと、蓮也とアリアに頭を下げて離れた場所に立った。

 一方でアリアの侍女であるマリナも今は離れた場所に立っているので、二人きりと言っても差し支えない。


「ようこそお越し頂きました、蓮也様」


「今日はよろしくお願いします、アリア様」


 二人は挨拶をしてから、すぐ近くにある椅子に腰を掛ける。

 それからマリナが近付いて蓮也に挨拶し、お茶の準備を始めた。

 その間、無言にならないよう今度は蓮也から声を掛ける。


「アリア様には最初に言っておくことがあります」


「はい、何でしょうか?」


「俺は礼儀作法を知識として知っているだけで、この世界の王族や貴族の恋愛事情が書かれたものを読んだことはありません。デートの方法も、どこに行けばいいのかも、正直言って分からないことだらけです」


 蓮也としても自分の恥を晒しているのは分かっているが、何一つ問題なく彼女をリードする自信はまったくない。


「だからアリア様が理想としている婚約者との日々を教えて欲しいと思っています。俺は可能な限り、それを叶えてあげたい」


 自分が主体となって動けば、取り繕いきれない失敗をするだろう。

 それ故の提案なのだが、アリアは蓮也の言葉に軽く驚いた様子を見せて……それから美しく笑った。

 男性によっては自分本位に動き、相手のことを慮らない人もいると聞いている。

 もちろん蓮也が当て嵌まるとアリアは思っていなかったが、それでも彼の提案は驚いてしまった。

 生まれ育った世界が違って、知識も常識もきっと違うはずだ。

 だけど違いを懸命に埋めようとしてくれる彼の気持ちが嬉しい。


「そのように仰っていただけるのなら、蓮也様には普段通り話していただきたく思います。そして私のことはどうか『アリア』と、呼び捨てでお願い致します」


「分かった。婆ちゃんと話しているところを見ていたから分かると思うが、普段はこういう言葉遣いだ。特に嫌な感じはしないか?」


「はい、問題ありません」


 むしろ普段通りにアリアと接することが出来なければ、将来的に彼が家で寛げない。

 蓮也の妻になる身としては、確実に避けておきたいことだ。


「それと言うタイミングが分からなかったから、ここで言っておく」


「何でしょうか?」


「今日のドレス姿はとても似合ってる。それとバレッタは……その、俺の色ということでいいのか?」


「……は、はい。その通りです」


 問い掛けに対して、アリアが初めて少し照れたような表情を見せて頷く。

 蓮也も彼女の様子に僅かばかり表情を崩した。


「ありがとう。知識として知ってはいたけれど、実際に見るとこれほど嬉しいことなのかと実感した」


 わざわざ選んで、それを自身の身に飾ってくれる。

 ただの礼儀かと思っていたが、そんなことはない。

 蓮也にとっては心が温かくなる出来事だ。


「ただ申し訳ないが、今の俺はアリアがどんなドレスを纏っていようと綺麗だと感じるはずだ。これから色々なアリアの姿を見ることで、俺にも好みというのは生まれてくる。その時は正直に言わせてもらっていいか?」


「蓮也様に褒めてもらえないのなら意味はありませんので、正直に仰っていただけると私も助かります」


 会話の内容が酷い、というよりは飾り一つない剛速球の投げ合い。

 聞いているほうが恥ずかしくなりそうなやり取りを、蓮也とアリアは素面で続ける。

 それからも基本的な個人情報を話しながら、二人は仲を深めていく。

 あらかた話し終えたところで、次に話すのは婚約についてだ。


「そもそも新たに叙爵するんじゃなくて一代侯爵を譲る。これは出来ることなのか?」


「本来はあり得ません。しかしながら、それをやるからこそ証明されるのです。蓮也様とルレイ様の繋がりを証明し、背後に三英雄の守護があることを証明し、何より蓮也様がルレイ様の爵位を譲渡されるほどの実力を持つと証明されます」


「なるほど。だからわざわざ婆ちゃんの爵位を譲渡するのか」


 ただ強いだけならば叙爵。

 繋がりを見せるだけなら蓮也が家名を変えればいい。

 けれどアリアの婚約者として必要なのは強さと地位と繋がり。

 その全てを誰にも分かりやすく伝える方法は、これしかない。


「……蓮也様にご迷惑をお掛けしているのは重々、承知しております」


「ちょっと待ってくれ。迷惑だと思ってない」


「しかし私が婚約者となることに対して蓮也様の利点はありません。精々が蓮也様に今後、群がるであろう方々を排除するぐらいしか……」


 アリアは自身が与えられるものに対して、相応のものを蓮也に返せない。

 その点について、心苦しく思ってしまう。

 けれど蓮也は彼女の発言に対して要領を掴めない。


「群がるであろうって、どういうことだ?」


「蓮也様は曰くルフェス王国の最高戦力であり、何より複数のクラスを所持している類い稀な御方。さらにルレイ様のご家族で三英雄の弟子なのですから、能力や繋がりを求めて蓮也様を手に入れたがる方は国内外を問わず数多くいるかと思います」


「……そういうことか。聞くだけで面倒そうだと分かる」


「私が婚約者であれば、そういった方々を払いのけることが出来ます。しかしそれは、私だけが出来ることではありません」


 おそらくは公爵家の令嬢でも、蓮也に払いのけることは可能だろう。

 アリアにとって蓮也は唯一無二の存在ではあるが、蓮也にとっては違う。


「だからご迷惑をお掛けしていることが、申しわけなく……」


「気にしないでいい。そもそも婆ちゃんから爵位を譲られるのは素直に嬉しいし、婆ちゃん孝行にもなると思ってる。それに昨日も言ったが、アリアみたいな真っ直ぐで誠実な美人が婚約者になるのは十分過ぎるぐらいの利点だ」


 むしろ、と蓮也は言いながら小さく笑う。


「俺にはもったいないぐらいで、個人的にはこっちが申し訳なく思わないといけない」


「何故でしょう? 蓮也様ほどの殿方に申し訳なく思うことはあっても、思われることは理解が出来ません」


「俺は元々の世界だと一般人で、この世界でもただの平民だ。婆ちゃん達に拾われたとはいえ、そんな俺が王女であり〝聖女〟のアリアに釣り合うとは思えない」


 自分が手に入れた能力や繋がりで盛りに盛って、ようやくアリアの婚約者に据えられる。

 けれど実際のところを考えれば、蓮也は至極庶民的だ。

 生まれからして王族のアリアとの違いは凄まじい。


「もちろん今のは俺だけの考えだ。婆ちゃんや他の人から見た俺の価値は違うからこそ、アリアの婚約者になったと思ってる」


「……蓮也様」


「だからお互い婚約者になったことを『申し訳ない』と思う部分があるにしても、それを表に出すのは止めにしないか? 色々と理由があって、俺にもアリアにもメリットもあるから婚約者になったことは事実だ。けれど――」


 そんな考えは重すぎる。


「――俺はもっと単純に、とびきり美人の婚約者が出来て人生の幸運を使い切った……ぐらいのスタンスがちょうどいいと思ってる」


 蓮也はそこで、はにかむように笑った。

 初めて見る彼の笑顔にアリアは少しだけ見惚れて、だけど同時に何故か気恥ずかしさが生まれる。


「……今日、蓮也様と会う時に胸が弾みました」


 彼は自分を気持ちを慮って優しい言葉を与えてくれた。

 ならば次はこちらが本心を明かすべきだろう。


「ドレスを悩み、好みの色を伺わなかったことを後悔し、けれど褒めていただいたことが嬉しかった。どうして、そのように思ってしまうのかを考えれば答えは単純なものです」


 アリアも珍しく頬を紅潮させて、それでもしっかりと蓮也を見据える。


「貴方様となら愛ある日々を過ごせるかもしれないと、そう思ったからです」


 政略故の婚約だけれど、それだけではない。

 政略以外の何も生まれないわけではないと、蓮也を見て思ったからだ。


「私は蓮也様だけが唯一、愛することを許された殿方です。他の殿方に目を向けることなど許されません」


 立場がそれを許さない。

 王女として、聖女として、不誠実なことを許される立場ではない。


「ですが唯一許されたから、蓮也様しか望めないから。だから愛するのではありません」


 そんな風に想いたくない。

 そんな風に考えたくない。


「私は蓮也様だから愛したい。蓮也様だからこそ唯一なのだと、胸を張って生きていきたいのです」


 運命に導かれたと考えたっていい。

 偶然だとしたも、それでいい。

 風見蓮也だからこそアリア・ルフェスは愛したい。


「そして、それが出来ると私はどうしてか確信しています」


 容姿だけではなく、性格だけでもなく。

 存在全てを愛していけると、何故か思えて仕方ない。

 アリアの独白に、蓮也も段々と顔が赤くなっていく。

 とてつもない告白をされた気分になったからだ。


「なんかとても恥ずかしくなってきた」


「わ、私もです。随分と不思議なことを言ってしまいました」


 二人で本心をぶつけ合ったことで、気恥ずかしい雰囲気になってしまった。

 だから蓮也は空気を変えるかのように、目の前の紅茶を口にする。

 そしてゆっくりとティーカップを置いてから他の話題を提供した。


「それはそうとアリア、俺はちゃんとお茶を飲めていただろうか。昨日、フロストとフィノに付き合って貰って練習はした。けれど実戦するのは初めてだから、間違っていないか確認したい」


 今の行動にどこか変なところはなかったか、婚約者に確認を取る。

 アリアは蓮也と同じように紅茶で喉を潤してから答えた。


「問題ありませんが、心配されていたのですか?」


「付け焼き刃の不安感は相当なものだ。もし無礼でアリアに嫌われたりしたら、それこそ目も当てられない」


「私がその程度で蓮也様を嫌うことはありません。それに蓮也様のことですから間違っていても、すぐに真剣に学ばれるでしょう? それぐらいは私でも分かります」


 彼が真面目なことは昨日出会ったアリアにだって分かることだ。

 だから余計な心配をする必要はない。

 すると、いつの間にか近付いていた侍女のマリナが二人に声を掛ける。


「アリア様、せっかくですから庭園を散策するのはいかがでしょうか?」


「そうですね。蓮也様もお話だけでは飽きられてしまうかもしれません」


「別に飽きることはないけれど庭園に興味はある」


 王城に来たのだって、今日で二回目。

 場所だってまだまだ分からないことだらけだ。

 こうやって話すことも大切だが、二人で一緒に行動することも大事だろう。


「レンヤ様は手を差し出して、エスコートしていただけますか?」


 侍女の指示に蓮也は若干、焦った。

 お茶をするだけだと聞いていたので、エスコートの仕方まではしっかり学んでいないからだ。


「て、手を差し出すのは……こうでいいのか?」


 蓮也は立ち上がってアリアに近付くと、おっかなびっくり右手を出す。

 確か利き腕がマナーだったと、うろ覚えの知識でやってみた。

 そして間違ってはなかったらしい。

 アリアは蓮也の手の平の上に左手を重ねて立ち上がると、自然に彼の右腕に左手を絡ませた。


「それでは、いってらっしゃいませ」


 マリナが頭を下げて二人を送り出す。

 蓮也とアリアは見送られると、アリアが軽くリードしながら庭園を散策する。

 色とりどりの花が咲き誇っていて、貴族がデートするには最適だろう。

 そんなことを考えてしまった蓮也は、少しだけ笑ってしまった。


「蓮也様、どうされたのですか?」


「ああ、いや。俺が住んでいた世界の物語だと、こういう風にデートするのが王族や貴族なんだが、実際に自分がやるとは思わなかったんだ」


 王城の庭園でデートなど、やったことがある日本人は相当に少ないだろう。

 海外旅行に行かなければ、やる機会などないのだから。


「ただ、あれだ。恥ずかしい限りだが、アリアが触れている部分に意識が集中して庭園の素晴らしさをしっかりと認識出来ているか不安だ」


「そうですね。実は私も心臓が高鳴って、いつものように風景を楽しんでいないと思います」


 アリアは今まで父や兄しかエスコートをして貰ったことがない。

 蓮也に至って当て馬としてボディタッチされることはあっても、こうやって意識し合って歩いたことはない。


「触れ合うのは緊張するな」


「はい。恥ずかしいのと、嬉しいのと、色々な感情が交じっています」


「個人的には、エスコートの高揚感を残しておきたい」


 きっと、この感情の延長線上に恋があるのだと思うから。

 けれどアリアは蓮也の言葉に異を唱えた。


「無意識でやるほうが、よろしいのでは?」


「そうか? 今の感情を忘れたら駄目だと思うんだが……」


「どうしてでしょうか?」


「腕を組むことや手を繋ぐことは一番簡単に愛情を確かめることが出来る、一番大切な行為だと俺は思ってる。だから高揚感を残しておきたい」


「私としては無意識に腕を組むことは、意識せずとも想われているように感じます」


「なるほど。確かにアリアの意見も一理ある」


 言われてみればそうだ、と蓮也は頷く。

 すぐに彼女の意見に納得する様子を見せた蓮也に、アリアも考えてみる。

 今、胸に抱いている感情が無くなってもいいものか、と。


「……いえ、蓮也様の意見も一理あります。この心臓の高鳴りは残しておきたいと思うほど、温かさがありますので」


 二人は顔を見合わせると、どうしたものかと悩み始める。

 と、そこに王太子が偶然ではあるが通りかかっていた。

 聞こえてくる内容に思わず、アライルは苦笑してしまう。


「レンヤ、アリア。二人の凄まじくおかしい会話は何事かな?」


 仕事の合間を縫って、ちょっと休憩しようと庭園に出たところで二人を見つけたアライル。

 声を掛けるつもりはなかったのだが、さすがに途中からでも聞こえた内容が内容だっただけに声を掛けずにはいられなかった。

 蓮也は問われたことに対して、素直に答える。


「腕を組んだり手を繋ぐ行為は、簡単に愛情を確かめられる。ある意味では、一番重要な行為だと思ってアリアと話し合っていたんだ」


「寿命まで生きるのであれば、おおよそ五十年ほど蓮也様と共に過ごします。その際、やはり老いてからでも互いに愛しさを抱き続けたいのです」


「……婚約二日目の会話にしては、中々に重いことを話しているね」


 アライルは自身がそこそこ真面目だとは思っているが、婚約者とそんな会話になったことはない。

 生真面目同士だと、こんなことになるのだろうか。


「答えはおそらく話し合っても出ないものだよ。二人で過ごすうちに、自然と決まっていくものだと私は思う」


「そういうものなのか?」


「少なくとも私は無意識に婚約者をエスコートするし、自然だと思っている。けれど何年もの関係があるからこそだよ」


「なるほど。というか殿下も婚約者がいたんだな」


「まあ、普通は十歳前後で決まるものだからね。アリアは〝聖女〟というクラスも相俟って、今の今まで婚約者が決まらなかったんだ」


 というかルレイの提案がなければ、未だに決まっていない。

 蓮也の存在は、王家として本当に救われている。


「この場で詳しく聞くことはしないが、アリアも複雑な立場だったんだな」


「いえ、そのおかげで蓮也様と会えたのですから、王女であり聖女であることも良かったと思えます」


「そう言ってくれると、俺としても素直に嬉しい」


 顔を見合わせて、互いに微笑む蓮也とアリア。


「俺達も殿下を見習って、長く連れ添う中で自然に決めていこう。ただし時折、話し合いながらにしないか? 意思の疎通はやはり言葉を交わすことが大切だと俺は考えている」


「はい、そのようにいたしましょう。これから愛し合っていくのですから、すれ違いは私も嫌なのです」



       ◇      ◇



 アライルと別れ、庭園の散策も終わり、蓮也とアリアの二人きりでの顔合わせも終わった。

 その日の夜、夕食を食べた後にアリアは兄と侍女を誘って話し合いをしていた。

 内容は今日のことについてだ。


「マリナ、貴女は私の蓮也様に対する態度をどのように思いますか?」


 蓮也と会っていた時とは違い、アリアの表情は無表情に近い。

 むしろ素の表情をあれほど浮かび上がらせた蓮也が凄いと、侍女のマリナは素直に思う。


「正直に申し上げると、こちらが身悶えしそうな会話をこれでもかと繰り広げられていましたので、かなり浮かれていらっしゃるかと。それがどうかされましたか?」


「やはり、そのように思いますか。ある意味では誤算と言うべきことです」


「……ん? アリア、それはどういうことかな?」


 兄であるアライルが首を捻る。

 今日、彼らは仲睦まじくなろうとしていて、事実として寄り添おうと互いに努力していた。

 一体、何が誤算だと妹は言っているのだろうか。


「私はこれでも平静を心掛けていたのです」


「……あれで普段通りのつもりだったのか?」


「やはり、お兄様もそのような反応になりますか。ええ、私も理解しておりますとも」


 アリアは一つ、大きな息を吐く。

 元々、昨日から浮かれていたことは間違いない。

 間違いはないが、だからこそ出来る限り平静を保つつもりではあったのだ。

 ……出来ていたとは口が裂けても言えないが。


「仕方ないではありませんか。蓮也様が素敵な殿方であるからこそ、こうなってしまったのです」


 彼はアリアが王女であることも〝聖女〟のクラスを持つことも理解している。

 理解していて尚、アリア・ルフェスを一人の少女として見てくれているのだ。


「私が唯一、愛することを許された殿方が素敵なのです。舞い上がっていることを否定は出来ません」


「否定は出来ないどころか、全力で舞い上がっているとしか思えないよ」


 アリアも蓮也と同じように、表情の変化があまりない。

 もちろん民と触れ合う時は笑顔を浮かべるが、王族故の反射的なものだ。

 だというのに今日は自然と笑顔を浮かべて、そして照れていた。


「とはいえ随分とレンヤに好印象を抱いているんだね」


「お兄様も同じでは? 先日、お会いしたばかりだというのに気安いではありませんか」


「私は仲間だから当然だよ」


「であれば婚約者である私も当然というものです」


 風見蓮也という少年は、ある意味で裏表がない。

 あのルレイ・フェイニの家族になったことからも窺えるが、実際に出会ったからこそ分かる。

 彼の真面目さと誠実さは、実に好ましいと思えて仕方ない。


「ですからお兄様にお願いがあるのです」


「お願いかい?」


「蓮也様が昔、どのような恋愛をされていたか尋ねて欲しいのです」


 彼は自身のことを平民と言っていた。

 ならば恋の一つや二つ、していたことだろう。


「あれほど素敵な殿方であれば、さぞ周囲から色目を使われたことでしょう。その中で心を動かされた方がいるのなら、知っておきたいのです」


「知ってどうするつもりなのかな?」


「蓮也様好みの女性がいれば、視界から弾き出そうかと」


 幸いにも自分は彼から綺麗だと言われている。

 性格的にも蓮也がアリア以外を見ることはないだろうが、心情的に嫌なものは嫌だ。

 それが表情に出ていたのか、アライルだけでなく侍女のマリナも思わず笑ってしまう。


「お兄様、それにマリナもどうされました?」


「いや、アリアと今のような会話をしたことがなかったからね。妹がこれほど狭量だということに驚いて、また可愛らしいと思っただけだよ」


「アリア様の少女らしい一面に、微笑ましく思ってしまいました」


 王女として、聖女としてではない。

 一人の少女としての一面を見て、アライルは嬉しそうに何度も頷いた。


「それにしても生真面目同士が互いに向き合うと決めれば、トントン拍子で仲睦まじくなるのだね」





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