第17話 彼女との出会い
スタンピードがあった数日後。
ルレイは王城から届いた書状に目を細める。
差出人はルフィス王国王太子――アライルだ。
「思いのほか、状況が動いてしまったもんだね」
書かれているのは蓮也がこの間、何をしたのか。
そしてどのような人間であるのかを知った、とのこと。
「半年ぐらいは持つかと思ったが、私の孫だから仕方ないか」
ルレイの孫は他に類を見ないほど特殊だ。
クラスを持たないが故に、他のクラスを手に入れられる。
過去を見通したところで、同様の人物がいた記述は存在しない。
それこそ蓮也と同様に〝勇者〟として召喚されていた者達であっても、だ。
「それにしてもスタンピードの壊滅に超級の撃破とは、レン坊もほとほとトラブルに巻き込まれる体質だね」
この世界に召喚され、クラスを持っていないからと放り出され、いざ冒険者になればスタンピードに超級との遭遇。
きっと、蓮也はそういう巡り合わせを持っているのだろう。
書状を全て読み終えたルレイは、テーブルの上に置いて息を吐いた。
「明日にはレン坊のところへ向かう予定だったから、ちょうどいい」
アライルは蓮也の扱いについて、ルレイと相談したいらしい。
王都に到着するのは明後日だから、
「ついでに王城へ顔を出すとしようかね」
軽い調子でルレイは言うと、王都へ行くための準備を始めた。
◇ ◇
王太子が前触れのないスタンピードに巻き込まれた。
けれど超級を含む魔物の群れは壊滅し、王太子は無傷で救われた。
この話題は凄まじい速度で王都内を駆け巡った。
文字や言葉にすれば短いが、それでも内容に関しては一言二言で済むようなことじゃない。
誰も彼もが口にし、数日もすれば尾ひれ胸びれが付きながら噂が出回る。
本当に色々な話が出回っているが、それでも信憑性が高いのではないかと思われる話の一つに――新人冒険者パーティが王太子殿下を助けた、というものがある。
ルフェス王国でそんなことが出来るパーティは、現時点で二つだけだろうと思われていた。
アグニとレイダスだ。
けれどリーダーであるイグナイトもラクティもそんなことは知らない。
となると、二人だからこそ辿り着ける結論がある。
「それで、何をやらかしたんだ?」
「どうやってスタンピードを壊滅させたのか、やり方を教えてほしいものね」
「お前達が馬を借りてスタンピードが起こった場所まで駆けつけた……って部分までは知ってんだぞ」
周囲の話を追っていけば、必然として辿り着く。
今まで戦闘では目立っていなかった、だが実力としては自分達以上のパーティ――レグルスに。
ラクティもレグルスとアグニの模擬戦の話は聞いていたからこそ、イグナイトと同じ結論に到達していた。
日は傾き夕焼けが鮮やかに広がっている時間、ギルドに併設されている酒場で二人の目の前にはレグルスの面々がいる。
けれどフロストは口を固く結んだ。
「今、我々が話せることはない」
「箝口令……ってことか?」
「そういったものではないが、方針が決まるまでは話せないのだ」
「方針……?」
「色々と込み入った事情がある」
今日はルレイが来る日で、アライルとの間で話し合いが行われる。
二人のやり取りの結果、スタンピードのことを彼らに話すのか話さないのか決まるはずだ。
さらにはレグルスとしても王太子であるアライルを助けたことによって、報奨を与えられる予定がある。
その方針も一緒に確認したいらしいので、フロストもフィノも王城に呼び出されていた。
今後のことを考えれば、色々と落ち着かないフロストではあるが……やらかした張本人の蓮也は、フィノと真面目な表情で変な会話をしていた。
「フィノ。俺は今、大事なことに気付いた」
「どうしたの?」
「俺には個性がなく、誰かと話せるような趣味がない。これでは印象が薄くて、ある意味で客商売の冒険者としては致命的かもしれない」
心から悩んでます、とばかりに眉間に皺を寄せる蓮也。
三英雄と同じクラスを持っておきながら何を言っているのか……とは思わず、フィノはなるほどと相づちを打つ。
「確かにレンヤはエキセントリックな性格してないし、実際に普通だけど……趣味もないの?」
「今まで冒険者になるための訓練に費やしていたからな。趣味を持とうとしたことがない」
過去であれば惰性でゲームをしていたが、それを趣味と呼ぶには難しい。
しかも現在に至っては、ゲームすら存在しない世界にいる。
「レンヤは読書好きそうな感じだけど、どうなの?」
「礼儀作法とか、魔法に関する本はたくさん読んだが……小説の類いは読んだことがないな」
「だったら読んでみたら? レンヤみたいなのが恋愛小説とかに嵌まるんだよ」
「なるほど。恋愛小説はいいかもしれない」
確かに趣味として読むにはちょうどいい。
「いや、その前にルフェス王国の歴史書を読んでからだな」
どのような国なのかは聞いたが、本として読んだことはない。
なので興味があるといえば興味がある。
「だったらこのあと、王城の図書室に行ってみたらいいよ。あそこだったら歴史書もあると思うから」
蓮也がよく行く王立図書館よりは当然、小さい。
けれどルフェス王国の歴史を知りたいのであれば、王城にある図書室が一番だ。
「俺が話し合いに参加しても話題に付いていけないだろうし、そうするか」
蓮也の扱いや処遇に関しては全て、ルレイに任せている。
無駄に介入したところで、話をごたごたにするのが関の山だ。
「フロスト、そろそろ時間だ」
ちらっと時計を見ると、ルレイと待ち合わせする時間が迫っている。
リーダーに合図を送ると、フロストはイグナイトとラクティに軽く手を挙げて席を立った。
「イグナイト、ラクティ、すまないが今日はこれから王城に行く」
「しゃあないな。話が付いたら連絡をしてくれ」
「状況把握が終わったら教えてちょうだい」
二人も無理に引き下がることはせず、軽い調子で三人を見送った。
蓮也達もイグナイト達に軽く手を振り、王城へ向かって歩いて行く。
「いつも遠目からは見ているが……王城は大きいな」
歩いて行くにつれて大きく見えていく王城に、蓮也が感嘆の声を上げる。
「レンヤは入ったことないの?」
「王都に来て一ヶ月ちょっとの俺が、王城に立ち寄るような事態はさすがにない」
三英雄の弟子とはいえ、ただの平民。
王城に用事などあるわけがない。
「ところで今日って、一体どういうことを話すのかな?」
「おそらく私とフィノは報奨についてだろう。スタンピードから王太子殿下を守ったのだから、叙爵も報奨の一案にあるはずだ」
「えっ? そこまで凄いことになってるの?」
「絶体絶命、必死の状況だったのだ。あり得る話だと私は考えている」
目を瞬かせているフィノに、フロストは可能性の話だと告げる。
けれどあながち間違ってはいないだろう。
スタンピードというのは、それほど危険性が高い代物だったのだから。
「そうなると……レンヤってもっと凄い報奨になるんじゃない?」
「そこはルレイ様次第だろう。あの御方がどのような話をされるかは分からないが、レンヤはスタンピード壊滅及び超級撃破の張本人で、三英雄の弟子など色々ややこしい立場だ。私が想定している以上の内容になったところで驚きはない」
「フロストの話を聞いているだけで、俺には対処出来ないことだと分かる。婆ちゃんに任せて正解だな」
上手く話を収められる気がしない。
何を言われたところで疑心暗鬼になるか、深く考えもせずに頷いてしまいそうだ。
と、ここで城門に到着する。
周囲を見れば、蓮也達を見つけたルレイが近寄ってきた。
「三人とも、来たね」
ルレイはいつも通り、特に変わった様子もなく挨拶する。
普通は孫扱いしている蓮也がやったことに驚くものだが、ルレイはそれ以上の存在である三英雄の一人。
蓮也が何をしたところで、驚くことはないのだろう。
「さて、入るとしようか」
ルレイはレグルスを引き連れて、城内に入っていく。
珍しく三英雄の一人が現れたことに周囲がざわつくが、全く気にすることなくルレイは突き進む。
「そういえばレン坊も話し合いに参加するのかい?」
「いや、問題ないのなら俺は図書室で本を読んでいたい。その場にいたところで、俺は言葉を発することはないと思う」
「それもそうだね。レン坊についての話は私がするとして、フロストとフィノはどうするんだい?」
「我々はさすがに自分のことですので、一緒に伺わせていただきます」
「だったら最初に図書室へ行って、レン坊を置いていくとしようか」
蓮也の目的地を聞いて、ルレイは進行方向を変える。
しばらく通路を歩き、王城の端っこにある部屋に入った。
「ここが王城の図書室だよ。椅子に座ってゆっくりしてな」
「分かった。フロストもフィノも頑張ってくれ」
気軽にひらひら、と手を振る蓮也。
「終わったら迎えに来る」
「またあとでね、レンヤ」
フロストとフィノも軽く手を振って、三人が図書館から去る。
蓮也はルレイ達を見送ると、室内を色々と見回して……目的の本棚を見つけた。
「ルフェス王国の歴史……か。まずはこれを読み始めよう」
手に取った本の周囲には、似たような本が色々とある。
一日では読み終わらないだろうから、一番厚みがある本を手に取った。
ざっと中身を確認してから、これなら問題ないだろうと席に着く。
そして一ページ目から熟読していった。
「……凄いな。ルフェス王国の歴史は三百年も続いているのか」
ルフェス王国はそもそも、ディリル王国の西側に位置する王家筋の領主が独立して出来た国らしい。
何があって独立したのか諸説あるようだが、広大な領地を管理しきれなかったが故に起こったこと……というのが、一番有力な説のようだ。
一方、二つの国の北側には横長に森が広がっており、それは断絶の森と呼ばれている。
森を越えた先にも大陸は続いており、そこは魔王が君臨する魔王国が存在し亜人と呼ばれる種族が住んでいる。
蓮也自身、亜人と呼ばれる者達を見たことはないが、それも当然だ。
ディリル王国が亜人を忌み嫌っており、その煽りを受けてルフェス王国にも亜人は近寄らない。
召喚された時、ディリル王国の国王が魔王討伐を言い出したのも、それが理由だろう。
もっともルフェス王国はこちらから魔王国に人を派遣し、交易自体は行っているので国交はあるし友好的とのこと。
「亜人か。いつか出逢えるのなら楽しみだ」
ファンタジーの醍醐味だろう。
この世界に来て一年経つが、未だにわくわくしてしまう。
というより一ヶ月ちょっと前、冒険者になってからというもの蓮也はいつも胸が弾んでいた。
「…………」
ゆっくりとページを捲り、書かれている内容に対して僅かに表情を動かす。
書かれている内容はただの歴史だ。
けれど蓮也は自分が今、実際に住んでいる国のことだからか非常に集中して読み進められる。
それこそ時間を忘れてしまうほどに。
「……ん?」
不意に肩を叩かれる感触があって、蓮也は顔を上げる。
ちらりと壁に掛かっている時計を見れば、どうやら随分と時間が経っていたらしい。
おそらくルレイ達の話し合いも終わったことだろう。
「フィノか? 悪い、熱中してた」
優しい叩き方だったので彼女だろう。
ルレイやフロストは、もっと強く叩いてくる。
当たりだろうと振り返った蓮也は、
「…………えっ?」
視界に映った見たこともない少女に言葉を失う。
ピンク髪でもなければ栗色でもない。
ほんの僅かに蒼みがかった銀髪が、美しく揺れていた。
顔を見たところで、蓮也は誰なのか分からない。
一つか二つほど歳下だろうが、美しいとしか言葉が出ないほどに少女は綺麗だった。
光輝のハーレム軍団で美少女は見慣れているつもりだったが、目の前にいる彼女に比べれば美少女と呼ぶことすら烏滸がましい。
「そろそろ閉館の時間で声を掛けさせて頂いたのですが、凄く集中されていましたので。失礼ながら肩を叩かせていただきました」
「……あっ、ああ、いえ、ありがとうございます」
凜とした声が蓮也の耳朶に響く。
聞き終えてから、はっとした蓮也が焦って言葉を返す。
「歴史の本をお読みになっておられましたが、何故……と問うてもよろしいでしょうか? 読まれて面白かったですか?」
声を掛けられただけではなく、問い掛けられる。
彼女が誰なのか、どうして質問してくるのか分からない。
けれど蓮也は真っ直ぐ自分を見ている彼女に対して、一度大きく深呼吸をしてから言葉を返した。
「思いもしないことが書かれていて、結構驚いてしまいました。それにルフェス王国の民として国のことをしっかり理解しようと思うのは、おかしいことでしょうか?」
相手の素性が分からないから、丁寧に返事をする。
すると目の前の少女が少しだけ表情を緩めた。
「いいえ、とても素晴らしいと思います」
素直に賞賛し、褒め称える。
けれど次の瞬間、
「〝蓮也〟様はとても真面目なのですね」
見ず知らずの少女に名を呼ばれて、蓮也は一気に警戒した。
「……まだ王都に来て日が浅く、無知なこと大変申し訳ございません。貴女様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
ドレス姿であることから、貴族であることは確か。
されど蓮也に貴族の知り合いはレグルスだけしかいない。
もちろん彼女が誰からも知られるほど、有名ならば名乗らずとも問題はない……と考えたところで、蓮也は一つの予想に辿り着いてしまう。
――もしかして、彼女は貴族じゃなくて……。
それ以上の存在なのではないか。
ある意味で嫌な予感ではあったが、少女は蓮也の問いに対して目を瞬かせるとゆっくり、されど綺麗なカーテシーを行い、
「ルフェス王国第二王女――アリア・ルフェスと申します」
発せられた名に蓮也は息を呑む。
この国の第二王女とは、つまり聖女様だ。
あまりにも想定外な相手に言葉を失う蓮也だが、彼女は名乗ったあとに衝撃的な発言を叩き込んできた。
「この度は蓮也様の婚約者となりましたので、よろしくお願い致します」
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