第16話 その事件こそが最初の一歩





 蓮也の様子が変わったのは、訓練が始まって半年ほど。

 最初に気付いたのはライオスとミカドだった。


「おい、ルレイ。ちょっといいか?」


 その日の訓練が終わったあと、師匠の三人が集まって話していた。

 ライオスが珍しく、不思議そうに首を捻っている。


「レンヤの雰囲気がちょっと違う」


「雰囲気が違う? 戦うコツでも掴んだのかい?」


「いや、コツを掴んだとかの問題じゃねえな。二つ飛ばしぐらいで急激に強くなりやがった」


 今までの蓮也を見ていれば、おかしいことだった。

 彼は地道に訓練をして強くはなっているが、あくまでゆっくりとしたペースだ。

 急激に強くなることはあり得ない。


「それにどうしてか……戦ってる時の空気感がオレに近い」


 これが首を捻る理由だ。

 教えているだけに似ることはあるだろうが、空気感までは近付くのは不思議だ。

 けれどミカドもライオスの言い分に納得するかのように同意した。


「ああ、それは私も同じように思いました。剣の鋭さに足捌きが突然、上手くなりましたね。けれど私が訓練をしている時はライオスに雰囲気が近いというより、こちらに近いものです」


「戦い方が違う二人に雰囲気さえ似通う……。それは不思議だね」


 ルレイは顎に手を当てて、考える仕草を取る。

 少しして今日の訓練が終わった蓮也が、着替えをして三人のところに現れた。


「レン坊、ちょっといいかい?」


 手招きして呼び寄せると、ルレイは二人の疑問について確認を取る。


「急に強くなったみたいだけれど、心当たりはあるかい?」


「強くなった心当たり……?」


 突然の質問に首を傾げそうになる蓮也だが、不意に眉が動いた。


「その表情を見るに、心当たりはあるようだね」


「あるといえばある……ぐらいだ。訓練を受けている最中にライオス師匠やミカド師匠、それぞれの動きに寄っている感覚がある」


 常に目を凝らして、相手の動きをつぶさに観察する。

 強者の熟練した技術を盗みだそうと常に考えてはいる。


「見よう見まねというよりは、何かが……嵌まりそうな感覚があるのは確かだ」


 しっくりくる、とは言えない。

 ライオスの時もミカドの時も、どちらの戦い方もしっくりくる……ではなく嵌まりそうな感覚。


「ただ、言葉にし辛い。上手く纏まりきってない違和感がある程度で、相談するのもどうかと思ってた」


 自分でも分からないものを言葉として伝えるのは、想像以上に難しい。

 伝える側も聞く側も要領を得ないことになりそうだからだ。


「だとしたも、だよ。失敗してもいいから言葉にしてみようかね。魔法でも何でも、言葉にするのは大事なことだよ」


 そう言ってルレイはパーティハウスに飾られてある羅針盤を手に取った。


「今のレン坊はこの羅針盤の中心部分が、ぽっかり空いている状態だ」


 クラスが何もない。

 つまりは中心部分に何もないと言えるかもしれない。


「けれどライオスやミカドとの訓練で培ったものが、レン坊の中にある」


 ルレイは蓮也の胸を突くと、ふっと笑う。


「それを言葉として纏めて、当て嵌めてみるんだ。失敗で元々なんだから、気軽にやってごらん」


 分かりやすい言葉で、自分のやりやすいように。

 助言を受けた蓮也は、本当に直感で思い浮かべた言葉を告げる。

 失敗で元々、出来るとは思っていない。

 だから、


「スロット――」


 正確な意味合いは違うとしても、ふと思い付いた言葉を使う。

 これが最初の一歩ぐらいには、なればいい。

 そんな想いを込めて。


「――〝闘神〟」



       ◇      ◇



 何のクラスも持っていない者。

 それ故に捨てられた被召喚者。

 蓮也が告げたことに、全員が絶句する。


「クラスを持っていない。そのような人間がいるのか……」


 その中でフロストが呆然としながらも、感想を漏らした。

 クラスを持たない人間がいるなんて、考えたこともなかった。

 しかし、そこでフロストは疑問を持つ。


「いや、だが先ほどのレンヤは――」


「三英雄のようだった。違うか?」


 ライオスと見紛う攻撃に、ミカドのような剣技。

 最後はルレイの如く超級魔法を放った。

 これで何のクラスも持っていないというのは信じられない。


「フロストの疑問はもっともだ。クラスを持っていないと言ったが……今現在も持っていないかと問われると正確には違う」


 これはあくまで蓮也の予想。

 けれど三英雄と話し合ったことで分かった、真実に近い予想だ。


「俺はクラスの核となる技術を把握し拙いながらも習得すれば、クラスそのものを手に入れられる」


 風見蓮也の特殊性。

 それはクラスを持っていないが故に、他のクラスを手に入れられること。


「いくつ手に入れられるのかは、俺にも分からない。けれど今、持っているクラスは〝闘神〟に〝剣聖〟と――」


「〝賢者〟だよね?」


 確信を持ってフィノから言われたことに蓮也は頷く。


「その通りだ。俺は今、その三つのクラスを所持してる」


 三英雄の弟子であり、三英雄に似た攻撃を繰り出した。

 蓮也の言っていることが真実なら、必然として蓮也が手にしたクラスは限られる。


「レンヤが呟いた『スロット』とは一体、何なのだ?」


「あくまで個人的なイメージの問題だが、俺は手に入れたクラスを自身に嵌め込むことで実力が飛躍的に上がる。クラスの嵌め込みを声で儀式的にやっているだけで、意味があるわけじゃない」


 フロストの疑問にも丁寧に答える。

 あれは魔法でも何でもなく、個人的な儀式だ。


「クラスとは誰もが生まれながら手にしているもの。最初から上位に位置するクラスを持っている場合もあれば、不断の努力によって上位のクラスになることもある。けれど一律して言えることは、クラスとは自身の向き不向きの指針であり――」


 ルレイが教えてくれたことを、蓮也は再確認するかのように告げる。


「――最下限の実力を証明するものだ」


 大切なのは今言った部分。

 それこそが重要としていること。


「そして、ここからは完全な予想になるんだが……。召喚された連中は俺も含めて、本来であれば新人冒険者より劣る奴が山ほどいる」


 はっきり言えば雑魚だ。

 どれだけスポーツ万能だろうと、戦う人間としては役に立たない。


「けれど、な。俺はすぐに追い出されたから分からないが、おそらく〝勇者〟という存在は最初から、それなりの実力を持っている可能性が高い」


「そのような話は私も聞いているよ。過去の文献にも書かれていたから、レンヤが言っていることは間違いないだろうね」


 今のところ〝勇者〟はディリル王国内から出ていない。

 隣国故に確認は出来るだろうが、探られたと知った場合のディリル王国の動きが読めない。

 だからアライルとしても、今のところは文献などを調べるだけで静観している。


「間違いない、か。だとしたら今言ったことから導き出される、召喚された人間の特典は何だと思う?」


「召喚された人間は……クラスを得たことによる実力の底上げがある。レンヤが言いたいのは、そういうことだね?」


 アライルの返答に蓮也は同意する。


「俺はそう考えている」


 おそらくは、それが自分達に与えられたチート。

 別の世界にいたからこその特典。


「しかしレンヤ、それでは君がどうしてクラスを持っていなかったのか。その謎が残っているよ」


「これも予想になるんだが……、俺はおそらく〝勇者〟に不慮の事故が起こった時の予備だ」


 風見蓮也はクラスを手に入れられる。

 けれど、どうして蓮也だけがそうなのかと考えれば割と単純な結論に至る。


「俺は手に入れたクラスを当て嵌めれば、少なくとも対象としたクラスの最下限を有することが出来る何でも屋だ。予備としては十分じゃないか?」


 一応、手に入れたクラスはずっと最下限なわけではない。

 きちんと訓練していけば実力は伸びていく。

 とはいえ手に入れたクラスが最高級だけに、どれであろうと最下限の実力しか手に入れることができない……とは断言出来ない。

 少なくとも現状は、そうだというだけ。


「まあ、実際のところ俺は〝勇者〟じゃなくて、三英雄のとんでもクラスを手に入れたわけだ。幸運なのは間違いない」


 追い出されて、逃げだそうとして、拾われた。

 この幸運がなければ、蓮也はここにいない。


「もしかしたら〝勇者〟はレンヤよりも強い可能性があるのかな?」


「いや、それはないはずだ。召喚された人間のことは全員知っているが、俺よりも強かったら調子に乗って暴れ回ってるだろうし、その情報が出回らないわけがない」


 超級の魔物も倒せるのなら、もっと情報が出回っているはずだ。

 それがないということは、


「〝勇者〟は三英雄が持つクラスより下限値が低い」


 必然的に底は知れる、ということ。

 警戒は必要だろうが、必要以上に警戒することはない。


「他に聞きたいことはあるか?」


「そういえばレンヤ、さっき召喚された人達は全員知っているって言ってたけど……」


 ふとした疑問をフィノが挟む。

 二十五人も召喚されたのなら、知らない人間がいてもいいはずだ。

 だというのに、どうしてだろうか。


「分かりやすく言うのなら、召喚されたのは同じ学園に通って同じ教室で過ごしていた奴らだ」


「……えっ? じゃあ、どうしてレンヤが一人で追い出されるの?」


「誰も俺を助けなかったからだ」


「助けなかった……って、誰一人として!? レンヤが追い出されそうなのに、それはおかしいよ!」


「そう言われても憐れまれたり馬鹿にされる視線が大半だったし、友人すら可哀想に……みたいな視線で終わった」


 淡々として語れるのは、今が落ち着いているからだ。

 というか感謝してもいいぐらいの出来事だと現在は思っている。


「……あり得ないよ。だって級友が追い出されるのに……」


「フロストやフィノがいれば、そうじゃなかっただろうな。けれど俺の級友は違っただけだ」


 気にすることでもないし、蓮也としてすでに見限った連中だ。

 今後、どうなろうが知ったことじゃない。


「……それにしてもディリル王国は、馬鹿なことばかりやってくれるものだね」


 アライルの眉間に皺が寄る。

 これは彼が本当に怒っている時にしか出ないものだ。


「他の世界から召喚した悪逆だけでは飽き足らず、レンヤを放り出すとは。私の仲間に対して、随分なことをやってくれる」


「気にしなくていい。おかげで俺はディリル王国から抜け出せたし、三英雄や仲間にも会えた」


 精神的に辛かったのは、この世界に来て四日ほど。

 それ以降はアブソリュートと出会って全てが好転している。


「レンヤ、向こうの世界にも家族いたんだよね?」


「いたにはいたが、どうでもいいな」


 あまりにも興味なさげに告げる蓮也に訝しむフィノ。

 それも当然といえば当然。

 ルレイが家族になってからは、向こうの世界の家族は召喚された当時以上にどうでもよくなっているからだ。


「幼馴染みの光輝と詩織って奴が一緒に召喚されたんだが、その二人は眉目秀麗だった。実の両親も妹もあいつらばかり羨ましがって夢中になってたから、俺に興味がない。必然的に俺も昔の家族に対して親愛の情を抱いているとは言い難い」


「……ちょっと待って。幼馴染み? 幼馴染みはどうしてレンヤを助けなかったの?」


「仕方ないと思ったんじゃないか? あの時の俺は〝勇者〟のクラスを持ってなかったからな」


「普通の幼馴染みなら少なくとも……って思ったけど、レンヤの反応を見ると違うみたいだね」


「俺的には厄介な二人ではあったから、幼馴染みだけど親友と呼べるほどじゃなかった。殿下とフロストみたいな関係じゃない」


 振り返ると懐かしいとさえ思う。

 随分とおかしな状況に放り込まれていた。


「光輝がハーレム体質……と言えばいいのか。とにかく周囲の女性に惚れられてて、それを引き連れて俺のところに来るから、問題が起きないように警戒して手回しするだけで精一杯だった。詩織は俺を当て馬にして光輝の興味を惹こうとしてたから、それも面倒だったな」


 一部ではキープ君呼ばわりされていたことを、笑い話のように言う。


「まあ、話は大分逸れたが俺がどういう存在なのかを纏めよう」


 このままだと収拾が付かなくなりそうなので、無理矢理に話を本筋に戻す。


「俺はディリル王国に召喚されたが〝勇者〟ではないから追い出され、三英雄に拾われた。そこで三英雄の弟子になり、ルレイ・フェイニの家族になった。あとはクラスを持っていないからこそ、色々なクラスを手に入れられる特殊性を持った人間だ」


 随分と破天荒なことになっている自覚はあるが、それでも纏めればこの程度。


「殿下はこの情報、どうするつもりだ?」


「少なくともディリル王国には何があろうとレンヤを渡さない。そう思えるだけの情報ではあったよ」


「それなら幸いだ」


「あとはレンヤの立場は実際のところ、随分と危ういからルレイ様と相談させてもらうことになるだろうね」


「そこらへんは婆ちゃんに任せてる」


「分かったよ。せっかく仲間になったのに良好な関係が築けないのは嫌だから、私も頑張るとしようかな」


 軽い調子で肩を竦めたアライルに、その場にいる全員が笑みを浮かべた。


「さて、話している間に私を助けに来た者達が到着したようだね」


 何頭、何十頭もの馬が走る音が聞こえる。

 おそらくは騎士団が到着したのだろう。


「今日は皆、よくやってくれたね。騎士達は私をよくぞ守ってくれた」


 未だ起きているのはロイドだけだが、それでも精一杯戦ってくれた。


「レグルスは助けに来てくれてありがとう。そして今日からは私も仲間であることを、しっかりと理解しておいてくれ」


 アライルの宣言に、レグルスの三人は苦笑で返す。


「というわけで皆、手を掲げてハイタッチをしよう」


 冒険者らしく労う。

 そんな意味を込めた言葉に、全員が言われた通り手を掲げた。

 ロイドは騎士だが、それでも今日くらいはと倣う。


「それではフロスト。リーダーなのだから、君が最後の挨拶だよ」


 アライルに振られたフロストは、周囲を見てからぐっと顔を引き締めた。


「今日は皆、よく頑張ってくれた。私も、フィノも、レンヤも、殿下も、そして騎士であるロイド達もさすがだった。スタンピードを乗り越えてくれたのだから」


 一人が欠けただけでも、難しい状況になったのは間違いない。


「だからこそ、この言葉で今日は締めるとしよう」


 フロストは自信に満ちた声で。

 されど堂々と言葉を告げる。


「全員、よくやったっ!!」


 直後、手を合わせる音が響いた。

 鮮やかに、けれど高揚した気持ちが分かるほどの甲高い音で。

 スタンピードに超級の魔物が組み合わさった絶体絶命と呼べるほどの窮地は、こうして終わりを告げた。





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