第15話 やっと全員が揃った





 フロスト達もスケイルウルフの終わりを見守って、蓮也がいる所へ戻ってくる。


「レンヤっ! よくやってくれた!」


「ホントに凄かったよ!」


「二人もすぐに理解してくれてありがとう、と褒め称えたいところだが……」


 蓮也はフロストを見たあと、後ろをくいっと指で示した。

 知りたいことも語り合いたいことも、たくさんあるだろう。

 けれど今、リーダーがやるべきことは違う。

 そのことを分かっているからこそ、フロストは頷いた。

 蓮也の横を通り抜けて、アライルの前で片膝を着く。


「ご無事で何よりです、王太子殿下」


 まるで騎士のように忠誠を示すフロスト。

 自然で、当たり前で、どこまでも普通に見える。


「フロスト……」


 アライルは突然の展開に、ずっと言葉が出せなかった。

 兆候も何もなかったスタンピードに巻き込まれ、ずっと騎士に守られていた。

 二時間も経つ頃には一人が倒れたことによって陣形が崩れ、ロイド以外の騎士がウルフに屈し倒れてしまった。

 ロイド一人で自分を守るのは難しい……そう思った時、彼らは現れた。


「どうして……」


 幼い頃からの友人で、アライルにとっては唯一無二の存在。

 自分の騎士になるのだと、自分も周囲も疑わなかった。

 けれど彼は冒険者になって、自分の側から離れたと思っていた。


「どうしてフロストがここに……?」


 本来は褒めるべきなのだろう。

 助けてくれたことに感謝し、功を労う。

 それが王太子としてアライルがやるべきことで、冒険者のフロストが受け取るべきこと。

 だけど、それでも訊きたかった。

 どうしてここにいるのか、と。


「王太子殿下を守ることは私が誓ったこと。違えるつもりはありません」


 フロストは真っ直ぐに、曇りない眼で答える。

 あの日の誓いに嘘はない。

 

『我が身は殿下の剣であり盾。だから共に冒険をしましょう』


 けれど今、自分は冒険者パーティのリーダーだ。

 守るべき仲間達を危険に晒して、パーティを駄目にしたくなかった。

 だからアライルがスタンピードに巻き込まれたと知った時、感情と理性が真逆になった。

 感情は唯一の主君を助けろと叫ぶが、理性は止まれとブレーキを掛ける。

 色々なものがない交ぜになってしまい、何の言葉も発することが出来なかった。

 けれども仲間の二人が言ってくれたのだ。

 自分が何を思っているのか、理解してくれているからこそ後押しするように。

 アライルは主君だけではないことを、蓮也もフィノも同じく思ってくれていた。

 未熟なリーダーであろう自分には……本当に勿体ない仲間達だ。


「王太子殿下、ロイド様。お二方は我々のパーティ名を知っていますか?」


 今だってそう。

 蓮也が手助けするかのように声を掛けてくる。


「レンヤは気付いていたのか?」


「俺だって図書館で色々と勉強してる。パーティ名の意味くらい、調べて当然だ。フロストのことだから、何かしら込めていると思ったしな」


 そう言って蓮也がフィノを見ると、彼女は倒れた騎士達に治療魔法を施しながら、ぐっと親指を立てていた。

 彼女はとっくに察していたらしい。


「もちろん本当に理解したのは、フロストの話を聞いてからだ」


 幼い頃のやり取りと関係性。

 そして誓ったこと。

 全てを含めて考えれば、自分達のパーティ名に納得してしまう。


「フロストと王太子殿下は幼い頃、一緒に冒険することを誓いました。そしてフロストにとっては騎士として、王太子殿下こそ忠誠を捧げた王でした」


 冒険者であるというのに、仲間を守る騎士になりたいと言ったフロスト。

 そこに矛盾が生じないのは、一つの理由がある。


「俺達のパーティ名はレグルスと言います」


 きっとフロストは必死に考えたことだろう。

 唯一の誓いを破りたくなくて、だけど冒険者になるからこそ側にいることはない。

 矛盾していると分かっていても、それでも気持ちはいつまでも変わらないと証明したかった。

 だから、



「意味は――小さな王」



 だからこそ、フロストは自分達を指すパーティ名に全てを込めた。

 蓮也が声にした瞬間、アライルの目が大きく開かれる。


「俺達には最初から、もう一人の仲間がいたわけです。俺よりもフィノよりも先に、フロストはパーティを組んでました。唯一の主君と仰いだ、小さな王と」


 堂々と、名を冠していた。

 自分達は仲間なのだと、声高に叫んでいた。


「だから今日だって動いたんです」


 どうして助けに来たのか。

 危険を省みず、評価も何もかも捨てなければならない可能性だってあった。

 けれど、


「仲間を守る騎士になりたい。それがフロストの根幹にあるものだから」


 だとしたらパーティメンバーである自分達が助けないわけにはいかない。

 むしろ曲げないように、後押ししてあげようと思う。

 蓮也がそのことを告げると、アライルは少しだけ目を瞑った。


「……ああ、そうだったね」


 そして呟くように、されど納得するように頷いた。


「フロストが、そういう奴だと私が一番知っているんだ」


 誠実で、一途で、されど頑固者。

 アライルにとって最高の友だと、そう思っていた。

 いや、今でも思っている。


「どうして騎士にならならなかったのか。それを問いたかったよ」


 裏切られたと思っていた。

 騎士にならないことを、信じられないし信じたくなかった。


「しかし問う必要など、どこにもなかった」


 何も裏切っていない。

 最高の友は、変わらずに自分を大切にしてくれていた。


「フロストは昔から変わらず私の騎士であり、そして私の――仲間だった」


 次いでアライルは蓮也とフィノにも視線を送る。


「お前と一緒に、私は新たな仲間と冒険をしていたんだね」


 たった二人だけで行っていた遊びだった。

 三英雄のようになりたくて、フロストと冒険者ごっこに興じていた。

 だけど今は違う。

 仲間が増えていたことが嬉しくて仕方ない。


「だけどね、フロスト。私は王太子として、実際に依頼を受けたりすることは出来ないのだから――お前が目で見たものを、耳で聞いたものを、実感したものを、体験したものを知らなければ意味がないんだよ」


 だって、とアライルは笑いながら言う。


「そうでなければ共に悩み、共に楽しみ、共に笑い合うことが出来ない」


 ズルいとさえ思う。

 自分の名が堂々とあるのに、除け者にされているなんて看過することは出来ない。


「夢見たことを聞くのではなく、夢までの道程を分かち合いたいんだ」


 苦難も困難も一緒に共有する。

 我が事のように真剣に思い悩みたい。


「だからこそ言わせて欲しいんだ。我が騎士にして、私が所属する冒険者パーティのリーダー」


 何故ならアライルだって忘れていない。

 あの日々のことを、フロストがしてくれたことを忘れていない。


「誓いを果たす時だよ」


 幼い日に二人でしたこと。

 あの日、小さな王と小さな騎士が交わした初めての誓い。



「今度こそ一緒に――冒険をしよう」



 もう夢を語るだけじゃない。

 朧気な誓いだけでもない。

 本当の意味で夢と誓いを果たす。


「……はい、殿下。冒険をしましょう」


 嬉しそうに、思わず頷きを返してしまうほどに。

 フロストは笑顔を浮かべた。

 実際に現地へ赴けなくとも、それでも仲間として在る。

 そう言ってくれたことが喜ばしかった。


「そしてロイド、お前がいなければ殿下との誓いを破らなければならなかった」


 彼がいなければ、フロストは騎士になっていた。

 冒険者になることは叶わず誓いを破ったことに、しこりを残していただろう。


「ありがとう」


 自分達が夢を叶えられるのは、誓いを守ることが出来るのは彼がいるからだ。

 ロイドはフロストに感謝されると、何と言っていいのか分からずに困った表情を浮かべる。

 けれど一つ、息を吐くと何故か蓮也の腕を取ってフロスト達から離れていった。


「少し愚痴に付き合ってくれ」


「愚痴ですか?」


「ああ。だけどその前に、フロストと普通に話してるのだから俺も普通でいい」


 公爵家の三男に伯爵家の次女と普通に話している。

 それに、この場においては敬語だの何だのは堅苦しい。

 だから普通に話してもらうことを前置きしたロイドは、先ほどよりも大きく息を吐いてから蓮也に愚痴を吐く。


「……どうして言ってくれなかったのか。それが不満だ」


 フロストが何を考えていたのか、ロイドは何も知らされていなかった。

 もし知っていたのなら、悪態を吐くこともしていないはずだ。


「フロストは王太子殿下と夢見た冒険が出来るまでは話せない。そう言ってたな」


「……そういうことか。あいつらしくて文句を言うのも馬鹿らしい」


 端的な答えは、あまりにもフロストらしくて力が抜けてしまう。

 蓮也はそのことに笑い声を漏らすと、


「正直なところ、俺は王太子殿下が無事かどうかは怪しいと思ってた」


「怪しい……? それはどうしてだ?」


「第一報に一時間。俺達が向かうまでに一時間。少なくとも戦闘が始まって二時間以上は経っているんだから、怪しいと思うのも当然だろう?」


 蓮也の言い分にロイドは納得する。

 スタンピードに巻き込まれて二時間も経っているとなれば、生存していると確信出来るわけがない。


「けれどフロストが言ったんだ。『ロイドが守り切れぬわけがない』って」


「……そうか。無条件の信頼というのは、どうにも重いな」


「けれど実際、ロイドは一人で王太子殿下を守り切っていた。それに俺は別の意味で貴方に心から感謝してる」


「感謝、というと?」


「ロイドがいなければ、俺も素晴らしいリーダーに会えなかった」


 フロストほど誠実で、理解力のある人物はそうそういない。

 出逢えたこと、パーティに入れたことは蓮也にとって素晴らしい出来事だ。


「まあ、冒険者の仕事を『こんなこと』と言ったのは許さないが」


「いや、あれは……っ!」


「騎士として側にいないからこその揶揄だろう?」


「……分かっていて言ったのか?」


「ちょっとした意趣返しだ。許して欲しい」


 くつくつと蓮也が笑うと、二人のことを呼ぶ声がした。


「ロイド、レンヤ! こっちへ来てくれ!」


 アライルが招いている。

 ちょうど話し終わったので、二人は素直にアライルのところへ動くと、


「さて、この瞬間だけは無礼講だよ。何故なら私はレグルスのメンバーだからね」


 のっけから恐ろしいことを言われた。

 従えばいいのか、不敬になるから断ればいいのか。

 フロストに確認の視線を送るが、諦めろと返ってきた。


「分かった、殿下。普通に話させてもらう」


「そしてレンヤ。君には確認したいことがある」


 アライルが訊きたいこと。

 いや、彼だけではなくフロストもフィノも皆が知りたいことだろう。


「君は一体、何者なんだ?」


「どの立場で知ろうとしてるんだ?」


「私が持っている全ての立場で知っておきたいことだよ、レンヤ。君が持つ力は我々の理解出来る範疇にないものだからね」


 豪快な攻撃に流麗な剣技。

 さらには超級魔法すら平然と放った。

 何の〝クラス〟に相当するのか、誰も理解が及んでいない。


「そして知らなければ、私が仲間を守れないじゃないか」


 強い……というよりは異質。

 だが異質さと凄まじさ故に、彼の重要さは理解出来る。

 それこそ、どこから横やりが入ってくるか分かったものじゃない。


「殿下もロイドも信頼に値する。そう思っていいのか?」


 蓮也が問い掛けたのはフロスト。

 彼の返答次第では話すか話さないか変わる。

 けれどレグルスのリーダーは問題ないと、蓮也に強い頷きを返した。


「分かった。それなら俺も事情を話そう」


 とはいっても、そこまで長々と語るようにことはない。


「俺は三英雄の弟子で、ルレイ・フェイニの家族だ」


 ここまではフロスト、フィノも知っていること。

 本腰を入れて語るのは、この先のことだ。


「だけど、それだけじゃない。ディリル王国が一年以上前にやったことを殿下は覚えてるか?」


「もちろんだ。禁止されている魔法を用いて、二十四人もの〝勇者〟を別の世界から召喚したこと――」


 そこまで言えば、誰であれ気付く。

 蓮也が何者なのか、を。


「まさか……」


「そのまさかだ、殿下。召喚されたのは二十四人とディリル王国は公表しているが、実際のところは違う」


 もう一年以上も前のことだからか、蓮也個人としてはどうでもいい。

 けれど現実として、ディリル王国が公表した以外の現実がある。


「〝勇者〟どころか何のクラスも持たなかったからこそ捨てられた、二十五人目の被召喚者」


 ディリル王国に召喚されながら今、ここにいる。

 必要だからと呼び出したのに、放り出された者。



「それが俺――風見蓮也だ」





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