第14話 三英雄の弟子





 響いた言葉の意味は、誰も分からない。

 けれど起こった出来事は誰もが把握する。

 前に突き出された左手と、それに伴って生まれた膨大な魔力障壁がスケイルウルフを受け止めたこと。

 同時、強く握られた右の拳が、


「吹っ飛べ、犬っころ」


 巨大な打撃音を伴ってスケイルウルフを五十メートル以上、吹き飛ばした。


「全員、伏せてろ」


 蓮也の行動はまだ終わらない。

 抜いた剣を左脇に置くと、膨大な魔力が剣を白く輝かせ始める。

 その凄まじさと異常さに気付いたフロスト達は、慌てて指示通りに頭を下げた。

 瞬間、


「――破斬」


 回転するかのような横薙ぎから生まれた巨大な剣戟によって、周辺一帯のウルフ達を悉く殺し尽くした。


「あの犬っころは……駄目か。上に飛んで躱してる」


 蓮也はスケイルウルフを見据えると、仕方なさそうに身体を前に傾けた。


「とりあえず、無駄に強そうなあいつの相手をしてくる」


 剣を鞘に戻すと駆け出し、それと同時に右の拳はスケイルウルフに叩き込んだ。

 右の拳を叩き込んだあと、飛び上がって背中を思いきり殴打する。

 その威力たるやスケイルウルフを地面に押し潰すほどだが、


「……いや、ダメージが入った気がまったくしないな」


 拳に響くのは固いものを叩いた感触のみ。

 体内にもダメージは伝わってないだろう。


「打撃だけで倒すのは無理そうだ」


 かといって剣で対応しようとも、今のままであれば振るっただけで折られる。


「だったら、こっちはどうだ」


 そして蓮也は再び呟いた。

 剣を折られず、剣戟で相対するために。


「スロット変更――」


 剣を扱う極致、そのクラスの名を。


「――〝剣聖〟」


 呟くと同時、蓮也は飛び込むようにスケイルウルフの眼球へ突きを放った。

 しかし眼球へ触れた感触があった瞬間、蓮也は舌打ちしてしまう。


 ――どうして眼球が硬いんだ!?


 反射的に切っ先をずらして、眼球を擦るように刀身を流していく。

 水晶が擦られて傷付くような痕が出来たものの、ダメージとしては入ってない。


「くそ、掠り傷は出来るが剣戟でも厳しい……。というより剣が折れないようにするだけで精一杯か」


 先ほどとは違い、スケイルウルフの攻撃を蓮也は剣を使い流すように躱していく。


「ああ、もう。金が貯まったら、もう少し良い剣を買うべきか?」


 安価な市販品ではどれだけの技量を持っていようと、耐久力が足りなさすぎる。

 そもそもギルドのランクは低くて超級の魔物と戦う予定がなかったのだから、剣なんてどうでもよかったのが本音だ。

 しかし、今はそうも言ってはいられない。

 皆を助けるためには、スケイルウルフを倒しきる必要がある。

 だから蓮也は攻撃をいなしながら叫んだ。


「フィノ! 魔法で弱点を探してくれ!」



       ◇      ◇



 蓮也の攻撃、その凄まじさにフロストは思わず呟いてしまう。


「……まるで〝闘神〟ライオス様のようだ」


 清々しいまでの破壊力に打撃音。

 さらにライオスの代名詞とも言われる剣技――破斬。

 あれはまさしく〝闘神〟に他ならない。


「あれほどの実力があるのならば、三英雄の弟子だということに――」


 納得しかけたフロストだったが、さらに驚きがあった。

 飛び上がって背中から叩き付けるように殴ったあと、蓮也は剣を抜く。

 あの拳打が出来るのであれば、剣でも剛の強さを誇る……と思っていたフロストだが、蓮也が何かを呟いて構えた――瞬間だ。

 流麗な突きがスケイルウルフの眼球目掛けて放たれた。

 先ほどの豪快な一撃とはまるで違う、綺麗な剣戟。


「あれは〝剣聖〟ミカド様の剣技……?」


 三英雄の戦い方を何度か、見たことがあるからこその理解。

 それに先ほどはスケイルウルフの突撃を受け止めていたのに、今は剣で受け流すように躱している。

 これも先ほどの突きのように、ミカドの動きに近しいものを感じる。


 ――もしや三英雄が弟子と称した、本当の意味は……。


 その時だった。

 蓮也が攻撃を受け流しながら叫ぶ。


「フィノ! 魔法で弱点を探してくれ!」


 名を呼ばれたフィノは驚きで目を見開いた。

 フロストとて突然のことに一瞬、考えてしまった。

 この状況において、どうして彼女の名を叫んだのか。

 そして魔法を使って倒せではなく、どうして蓮也が弱点を探せと言ったのか。


「……そうかっ! やはり、そういうことだ!」


「なるほど、そういうことなんだね!」


 フィノとフロストは顔を見合わせると、同時に完璧な理解へ至った。


「分かったよ、レンヤ!」


「ロイド、殿下の守りを固めてくれ!」


 フィノが了承の意を大声で返して、フロストは指示を出す。

 意味が分からないとか、どうなっているのかと問う場面じゃない。

 だからロイドも素直に首肯を返した。

 蓮也は次いでフロストにも確認を取る。


「フロスト! フィノと二人で、どれだけ耐えられる!?」


「三十秒は保たせてみせるが、それで十分か!?」


「ああ、問題ない」


 十分過ぎるほどだ、と言わんばかりに蓮也は落ち着いた声音で返した。

 防戦一方ではあっても、スケイルウルフの攻撃は一切蓮也に傷を与えていない。

 その間にフィノは様々な属性の魔法を放っていく。

 しかしながら魔法が当たったところでダメージはなく、スケイルウルフは気に掛けることすらしない。

 弱点を探してるようには、まるで思えない状況だが、


「地属性は論外、火属性も耐性があるのか無理、水属性は……鱗の下に水を弾く体毛が生えてるのかな、地面に落ちた水量から考えて身体はあまり濡れてない。だけど身体全体を包むようにすれば濡らせるはず。氷も雷も現段階では鱗が邪魔で判断不足ではあるけれど……」


 フィノはぶつぶつと呟きながら、それでも弱点となりそうな属性を推論によって導き出していく。

 そして考えを纏めるように一度、目を瞑ってから大声で叫ぶ。


「第一案! 風属性の斬撃なら鱗の隙間に入って、ダメージを与えられる!」


 鎌鼬のような魔法であれば、隙間に入り体毛も問題とせず切り刻める。


「第二案は水でずぶ濡れにしたあと、雷属性で感電させる!」


 ただ単純に雷撃をするだけでは駄目だ。

 威力を高める措置がいる。


「第三案、身動きできないほど思いっきり凍らせる!」


 はっきり言ってフィノの提案は滅茶苦茶だ。

 普通の魔法使いに出来ることではない。

 けれど彼ならば出来るはずだ。

 三英雄の弟子である風見蓮也ならば、滅茶苦茶だろうとも問題ない。

 そう信じたからこその案に、蓮也は戦いながら安堵したように笑みを零した。


「第一案、採用させてもらう」


 三つも案を出せるとはさすがだ。

 響く声音でそれを暗に伝えると、蓮也はスケイルウルフの攻撃をいなして距離を取った。


「出るぞ、フィノ!」


 入れ替わるようにフロストが前へ飛び出る。

 次いでフィノがフォローするように陣取った。

 蓮也は剣を鞘に戻すと、さらに一歩二歩と後ろに飛び退き三度目の呟きをする。


「スロット変更――」


 右手を胸元に当て、大きく振り払うように広げた。


「――〝賢者〟」


 同時、蓮也の眼前に巨大な魔法陣が広がる。

 それは初級どころか中級、上級の魔法すら凌駕すると分かるほどの大きさ。


『吹けば揺れ、息吹けば流れる』


 魔法は魔物と同じく、いくつかに区分けされている。

 初級、中級、上級、そして――超級。


『揺れて、揺蕩い、流れた先には何処へと至る』


 魔法の区分けが魔物と同じである理由は目安となるからだ。

、同等の区分けであれば、その魔法で魔物を倒せる意味を持つ。


『彼方から、此方へ。此方から、彼方へ』


 つまり単独で超級の魔物を倒すには――超級の魔法が基本的に必要だということ。


『定まる向きを持たず、それは自由なる存在』


 そして風見蓮也は、間違いなく超級魔法の詠唱をしている。

 スケイルウルフを倒すために。

 フロストのフィノも、それが分かっているからこそ必死に戦っている。

 魔力障壁で受け止めて、魔法で視界を奪って苛立ちを誘い、蓮也が詠唱する時間を懸命に作っている。


『なればこそ向かう場所へと荒び、希うは――』


 巨大な魔法陣が一際、大きく輝いた。

 フロストとフィノが察して思い切り退いた瞬間、



『――天つ風!!』



 蓮也の眼前に広がった魔法陣から、幾十、幾百、幾千に至る風の斬撃が吹き荒れた。

 固い鱗の隙間に入り込み、それでも霧散することなく鎌鼬がスケイルウルフの皮膚を切り刻む。

 加えて鎌鼬を生ずるほどの暴風は地面を削りながら、スケイルウルフを容易に跳ね飛ばした。

 ある種、暴虐とも呼べる魔法に皆が固唾を呑んでしまう。

 そしてスケイルウルフが暴風に吹き飛ばされている姿が段々と遠くなっていき、かろうじて見えるところで止まった。

 起き上がる様子はなく、起き上がることは絶対ないと断じてしまえるほどの威力。


「よし、これで問題なく倒したはずだ」


 蓮也は最後まで見届けてから、身体から力を抜いた。




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