第13話 スタンピード





 人数を揃えて体制を整えてから出立する騎士団。

 そもそも救援依頼がギルドに届き、そこから話が届く冒険者。

 どちらも急いだところで、時間が掛かるのは間違いない。

 だからこそ蓮也達は一番にスタンピードが起こっている現場に向かっていた。


「王太子殿下がスタンピードに巻き込まれ、おおよそ二時間。やっぱり時間との勝負になりそうだな」


 スタンピードに参列している魔物は、そこまで強いわけではないと聞く。

 だからといって、危険性がない……どころか死ぬ可能性が高い理由は偏に数の暴力によるものだ。

 巻き込まれた場合、素通りされれば問題はない。

 けれど連絡状況と騒ぎから考えれば、敵として認識されている可能性が高い。

 その場合、素通りすることはなく打倒しにいく……と言われている。

 つまり王太子殿下を守っているであろう騎士達は二時間、戦いっぱなしだ。

 体力が尽きて倒れている可能性は大いにある。

 けれどフロストは首を振った。


「ロイドが守り切れぬわけがない。問題は私達が参戦したところで、助けになるかどうか……」


 自分達だけが巻き込まれたのであれば、スタンピードに対応する力はあるとフロストは思っている。

 しかし誰かを助けるとなれば話は別だ。

 どこかで完全に力任せの突破が必要になる。


「フロスト、お前自身のことも信じろ」


 と、その時だった。

 蓮也が馬上から真っ直ぐにフロストを見据えた。


「忘れるな。お前が憧れた冒険者は、お前を認めてる」


 そもそも、そこを忘れて貰っては困る。

 フロスト・マグスのことをルレイ・フェイニは認めていた。


「だから俺がここにいるんだ」


 でなければ蓮也がレグルスに加入することはなかった。

 この三人で冒険者として活動することもなかった。

 蓮也がしっかりと告げた……数秒後、馬を走らせている際に聞こえる風切り音以外のものが耳に入った。


「遠くから集団が動く音が聞こえてくるな」


「あそこだよ、二人とも!」


 フィノが馬上から指差す場所は広い草原と森の境目だった。

 目を凝らせば何かが森から飛び出し、列を成して動いている様子が見える。

 馬には最後のひと頑張りをしてもらい、一目散にスタンピードが起こっている場所に駆けつける。

 そして着くや否や三人は飛び降りた。


「フロストとフィノは先に行け! 馬を木に繋げたら俺もすぐに追い掛ける!」


 三人分の手綱を手に取った蓮也は二人を促す。

 この状況下においては問答することもなく、フロストとフィノは魔物――ウルフの群れの中に足を踏み入れ、


「魔力障壁を大きく展開しながら一直線に向かう! フィノ、殿下がどこにいるか分かるか!?」


「ちょっと待って……」


 立ち止まってはいられない。

 走りながらもフロストの背後に張り付き、展開する魔力障壁に守れながら周囲を観察したフィノは、ある一点に視線を集中させた。


「見つけたよっ! 十時の方向に突っ込んで!」


「分かった、速度を上げるぞ!」


 魔物を時に魔力障壁で弾きながら、駆け抜けていく。

 段々と視界に広がってくるのは、ロイドが一人でアライルを守り抜いている姿だった。

 すぐ近くに倒れている騎士達は倒れているのか、死んでいるのか分からない。

 だからこそ二人の判断は素早かった。


『周囲を遮る光の柱』


 フィノは詠唱しながら、フロストは抜いた剣をいつでも振り抜ける状態にして近付いていく。


『光は可視にて不折なり』


 一頭、ロイドに飛び掛かろうとしたウルフをフロストが叩き切った。


『張り巡らすは守護の壁』


 二人が到着したと同時、結界魔法は完成する。

 半透明な光る壁が生み出されると、堅さも相俟って魔物を寄せ付けない。

 そしてフィノはすぐに倒れている三人の騎士の手当を始めた。


「フィノ、どうだ?」


「大丈夫。まだ三人とも生きてるよ」


 治癒魔法を使って、出血箇所の治癒と骨折の痛みを和らげる。

 気を失っていながらも痛みに歪んでいた顔が、少しずつ穏やかになっていった。

 一方でアライルとロイドはやって来た人物に驚きを隠せない。


「……フロ……スト?」


「助けに参りました、殿下」


 アライルにそれだけ言うと、フロストはフィノに再度確認を取る。

 悠長に無駄話が出来る状況ではなかった。


「フィノ、結界魔法はどれだけ持つ?」


「中級の結界魔法だから……この魔物の数だと、あんまり持たないよ」


 今も連続して、様々な方向からウルフが突撃してきている。

 フロストはアライルとロイドにちらりと視線を向けた。

 アライルは守られていただけあって、傷一つなく体力的に問題はない。

 ロイドは息を切らせていたが、それでも戦うことは出来る。

 問題は気を失っている三人だ。


「私とフィノ、レンヤにロイドがいれば後続が来るまでは持ち堪え――」


 持ち堪えられる。

 フロストがそう言おうと思った瞬間だ。

 突然、ウルフが突撃してくるの止めて道を開けるように下がった。

 何か異変が起こったのだと察しフロストとフィノ、息を整えたロイドが最大限に警戒する。


「地響き……?」


 するとロイドが真っ先に異変に気付いた。

 しゃがみ、地に手を当てれば確かに振動している。


「――っ! 二人とも、あそこだ!」


 次いでフロストが気付き、ある方向を指差した。


「スケイルウルフがこちらへ向かっている!」


 森林を迂回するように現れたのは、ウルフとは比べものにならない巨体。

 体高はおそらく七、八メートルほどであり、体長も十数メートルはある。

 普通のウルフと違い、体毛の外側に固い鱗のようなものがあり、何より威圧感はフロスト達が今まで、誰一人として感じたことほどに凄まじい。


「超級だと!? どうして、こんなところに!?」


 ロイドが驚きに満ちた声を上げ、声音は焦燥感が滲み出ている。

 それも当然だ。

 魔物は強さに応じて等級が別けられている。

 下級、中級、上級、そして超級。

 上級でも厄介極まりないというのに、それ以上に位置する魔物が揚々と現れてしまったのだから。


「おそらく、このスタンピードを主導したのがスケイルウルフなのだろう」


「……周囲のウルフが襲い掛かってこないってことは、邪魔をしたくないってことだね。つまりはあいつに目を付けられたわけだけど、どうするの?」


「私が前に出る。ロイドは私のフォロー、フィノは殿下を守りながら魔法で援護を。周囲のウルフが襲ってきた場合は我々に構わず結界魔法を張ってくれ」


 フロストは的確な指示を出しながら、前へ走り出す。

 ロイドもわだかまりはあるだろうが、口にせず素直にフロストの後を追い、フィノはすぐに詠唱を始める。

 一方でスケイルウルフはフロストの行動を見るや、いきなり前傾姿勢を取った。

 そして一呼吸することも許さないほどの勢いでフロストに飛び掛かる。


「――ぐぅっ!!」


 右前足で押し潰すような攻撃を、フロストは魔力障壁で受け止めた。

 鋭い爪が魔力障壁を切り裂いていくが、すんでのところで止まる。

 フィノが止まったと同時に光の矢を放つも、鱗に弾かれるだけでかすり傷さえ負う様子がなかった。


「……っ、駄目だよ! 初級魔法がまったく意味ない! 中級か上級を使う詠唱時間が欲しい!」


「初級は無意味か……っ! ロイド、押し返せ!」


「おおっ!!」


 頷くように咆哮したロイドが、体当たりするようにぶつかった。

 身体強化に加えて魔力障壁を纏った一撃は、十メートルほどスケイルウルフを下がらせる。

 しかし、それもまたダメージを与えた様子はない。

 すぐに体勢を立て直して、一歩で距離を潰そうとしてくる。

 フロストは歯を食いしばり、再度の衝突に備えた。


 ――何度攻撃されようと、守り切ってみせる。


 初撃はギリギリ、防ぐことが出来た。

 しかし二度目の攻撃は先ほどより、威力を増しているだろう。

 容易に防げるとは思えないが、だからといってフロストは諦めない。


 ――自分に対する願いがあるのだ。


 仲間を守る騎士になりたい、と。

 自分はそう在りたいと願った。

 だから相手が何であれ、この場所にいる限り屈しない。

 想いを再認識したフロストは、数秒後に訪れる激突のためにスケイルウルフを真っ直ぐ見据えた――その時だ。


「待たせたな」


 声が掛けられたと同時、視界の端から人影が飛び出してきた。


「下がってくれ、フロスト」


 いつも通りの姿に驚きはない。

 この一ヶ月ちょっとで、よく見るようになった姿だ。

 新しく出会った頼もしい仲間であり、信頼出来る男だと分かっている。


「さて、と」


 彼はスケイルウルフと相対するように前へ出ると、左手を前に掲げた。

 気負うような様子はなく、平然と冷静に相手を鑑みた上で動いている。

 そして、その行動が意味することは一つしかない。



「スロット――」



 響く言葉を聞きながら、フロストはルレイの助言を思い出していた。、

 蓮也ならば全てをひっくり返す、どうにでも出来ると教えてくれた。

 ならば今、この瞬間はどうだろうか。

 スタンピードに超級の魔物がいる、この状況。

 必死としか良いようのない、この場面。

 けれど、だからといって不安を抱く必要はない。

 リーダーであるから、仲間であるからこそフロストは今の状況に恐怖を覚えない。

 覚えなくても一切の問題がない。

 何故なら、



「――〝闘神〟」



 風見蓮也が、この困難を絶対に覆すからだ。





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