第11話 フロストと騎士と、王太子





 レグルスのランクが上がるのと同時に、アグニとレイダスもDランクに上がった。

 競う相手としてライバル意識を持ちつつ、それでも皆でランクが上がったことに喜んだ。

 そしてフロスト達はいつもと変わらず、幾つかの依頼を達成したあとのことだ。

 少しばかり特殊な依頼がレグルスに舞い降りた。


「パーティー会場周辺の警邏、か。こういった依頼もあるんだな」


 依頼書を見ながら、蓮也は物珍しそうに言った。


「明日のパーティーはアリア様の誕生パーティーだ。会場は騎士が厳重に警備しているが、周辺は冒険者に依頼することも多いのだ」


「大丈夫なのか、そういうのって? 信頼性の問題とかあるだろう?」


「だからギルドでも信頼度の高いパーティしか依頼を受けられない。ある意味、我々はお眼鏡に適ったわけだ」


 この依頼はアグニとレイダスには来ていない。

 つまり生真面目さが売りのレグルスだからこそ受けられる依頼だ。

 一方で面白くなさそうにしているのは、アグニのリーダーであるイグナイトとレイダスのリーダー、ラクティだ。


「そりゃ売り出してる方向性が違うっていうのは納得するけどよ。こういうのってズルいって思うよな」


「何を言ってるの? イグナイトのところは魔物討伐で普通のDランクじゃ受けられないところでも、指名依頼であれば許されてるじゃない。うちみたいなところとは違うわ」


「ラクティの発言も納得するには至らない。貴族令嬢の護衛などレグルスは受けたことがない」


 要するに、各々が無い物ねだりをしている。

 アグニは普通のDランクよりも魔物討伐に対して、幅広く対応することを許されている。

 レイダスは女性のみのパーティという点が売りであるからこそ、無闇に男性を近付けさせたくない貴族令嬢の護衛などは、指名してでも選ばれるパーティだ。


「それで結局のところ、この依頼を受けるのか?」


 意地の張り合いが終わりそうにないので、蓮也が話をぶった切った。

 フロストは少しだけ考えると、蓮也に頷きを返す。


「信頼性の高さが我々の売りなのだから、断ることはしない」


「了解だ。フィノ、依頼を受理すると受付に言ってこよう」


「ついでに必要な物があるのか、その確認もだね」



       ◇      ◇



 結局のところ、特別に必要な道具はなかった。

 なのでいつも通りの格好で、三人はパーティー会場へ向かう。

 集合場所にはすでに何十人もの冒険者達が集まっていて、その中でも代表となっている冒険者が各々に説明を始めていた。

 こういった依頼の流れとしては、まず代表となる冒険者が騎士より話を受けて、他のパーティに警邏のルートを指示する……ということらしい。

 レグルスも説明を受けたあと、指示されたルートを歩き始めた。

 場所としては馬車が会場に向かう通りの警邏なのだが、蓮也の目前に広がっている光景は素直に凄いと感心してしまうほど壮観だった。


「馬車が何十台も通っているが、各々に違いがあって面白いな」


 多種多様、装飾の異なる馬車が何台も通りを走っている。

 もちろん大きさも様々であり、蓮也としては一種のパレードのように感じていた。


「あたしやフロストは乗ってる立場だったから、こうやって外から見るのは本当に別物だって思うよ」


 周囲を警戒しながらも、通り過ぎていく馬車に関心を示す蓮也。

 そして何台も何十台も通ったあとの最後尾に、一際目立つ馬車が走っていた。

 木の素材からして違っていそうなほど絢爛豪華な作りをしている。


「あれが一番、凄いな。やっぱり偉い貴族が乗ってる馬車なのか?」


「いや、王族専用のやつだよ。たぶんアリア様が乗ってるんだと思う」


「今日の主賓が乗っている馬車か。そう言われると納得出来る豪華さだな」


 そして王族専用であるからには、さらに警戒を強めて警邏しようと思った……その時だ。

 馬車がゆっくりと速度を落としていき、蓮也達がいる所で止まった。


「……どういうことだ? フロスト、馬車に異常な部分はあったか?」


「故障と思わしき音はしなかったが、御者台に見知った顔があった。おそらくはアリア様だけでなく――」


 瞬間、馬車の窓が唐突に開けられた。

 蓮也としては何事かと思いたいところだったが、フロストとフィノが即座に片膝をついて礼を取っていた。


 ――二人とも、いきなりどうした……って、そういうことか!


 馬車の中に誰がいるか教えられていたからこそ、蓮也もコンマ数秒遅れで二人の真似をする。

 表情こそ平然を装っているが、内心は冷や汗と緊張で心臓が鳴り響いていた。


 ――お、王族に対する礼儀作法も覚えておいてよかった。


 使う機会などないと思っていたが、念のために勉強はしていた。

 右膝を地面に、そして左腕は胸に置き頭を垂れる。

 人生で使うことなどないと思っていたが、そんなことはなかった。


「顔を上げてくれ」


 馬車から顔を出した人物に声を掛けられて、蓮也達は顔を上げる。

 ようやく視界に入った王族の顔は、蓮也より少し歳上であろう男性。

 美しく光る銀髪に、正統派としか言いようがないほどに整った顔立ち。

 蓮也はそこでようやく、顔を出した人物が誰なのか見当が付いた。


 ――王族で青年なんだから、この人はアライル王太子殿下……で合ってるよな?


 ルフェス王国に第一王子、第一王女、第二王女がいる。

 第一王子は唯一の男子ということもあり、早々に王太子となることが決まった。

 それぐらいは常識の範疇として、蓮也がルレイから教えられたことだ。


 ――それに第一王女殿下は嫁いでたはずだから、奥に見えるのは第二王女殿下だろうな。


 王太子殿下が邪魔で顔は見えないが奥に一人、綺麗なドレスを身に纏った女性が座っている。

 彼女がおそらく聖女様なのだろう。


「元気にやっているみたいだね、フロスト」


 と、蓮也が考え込んでいる時だった。

 アライルがフロストに声を掛けた。


「ご無沙汰しております。王太子殿下はご健勝であられましたか?」


「ああ、特に変わりはないよ。ただ学園を卒業してからは、それなりに忙しくなってね。明日は地方視察なのに、明後日には王都へ蜻蛉返りだ。適切に休みを入れているとはいえ、大変なことは確かだよ」


 まるで世間話のように会話をする二人。

 昔からの知り合いなのだろうな、と察するぐらいには気安い雰囲気をアライルは醸し出している。


「今は何をしているのかな?」


「パーティー会場周辺の警邏依頼があり、遂行している最中です」


 冒険者として依頼を遂行している。

 返答として何の変哲もないものだ。

 けれどフロストが伝えた瞬間、御者台から苛立つような声が飛んできた。


「お前はこんなことをするため、冒険者になったのか?」


 騎士の正装に身を包んだ青年が、振り返りながらフロストを睨み付ける。

 彼もまたアライルと同じく、知り合いなのだろう。

 フロストは彼の言い分が理解しているらしく、珍しく表情を曇らせた。


「……すまない、ロイド」


「謝るぐらいなら、どうして騎士にならなかった……っ!」


 慟哭のような叫びに、蓮也とフィノが驚く。

 二人がフロストについて知っているのは、誰もが騎士になると思っていたのに本人は冒険者を目指したこと。

 そこの事情を詳しく聞くことはしなかった。

 並々ならぬ決意があったことは理解していたし、話したければ話せばいい。

 そういったスタンスを取っているからだ。

 だから現状をしっかり把握しているとは言い難い蓮也とフィノだが、それでも彼が心の底から言っていることだけは分かってしまった。


「お前こそが……っ! お前こそが王太子殿下の騎士に相応しいと、誰もが思って――」


「――ロイド」


 さらに言い募ろうとした騎士をアライルが止める。

 そして困ったように笑みを浮かべると、軽い調子で謝罪した。


「仕事中なのにすまなかったね、フロスト。今度、機会があれば話そう」


「かしこまりました、王太子殿下」


 再び礼を取ると、アライルは窓を閉める。

 少しして馬車は再び動き出した。

 フロストは立ち上がり、フィノと蓮也に謝罪する。


「悪かった、二人とも。余計なことに巻き込んでしまった」


「別にそれはいいんだけど、ね」


「まったく理解出来ない展開だったが、それでも疑問はある」


 蓮也はフロストに確認をするかのように疑問をぶつける。


「どうして反論しなかったんだ?」


「今の私に返す言葉はない。何を言われようと甘んじて受けるしかないのだ」


「だったらフロストの事情を教えてくれ」


 間髪入れずに蓮也は言い放つ。

 深い事情があるのか、それとも個人的な想いが爆発したのか、それは分からない。

 けれど聞き逃してはいけないことがある。


「俺は夢と希望を持って冒険者になったわけじゃない。お前達のやり取りが何なのか分かってるわけじゃない。だけど冒険者の仕事を『こんなこと』と言われて反論しないほど、人間が出来てるわけでもない」


 蓮也にとって、冒険者になることは挑戦だった。

 戦うことを何も知らない状況から、戦うことも多い職業に身を投じた。

 だから誇りがあると断じて言えるわけじゃないが、馬鹿にされる所以はないと感じている。


「それにフロストが甘んじて受けようが、うちのリーダーにあれこれ言われて黙ってるようなら、それはパーティとして失格だと個人的に思ってる」


 フロストは命を預ける仲間だ。

 預けるに足るリーダーだと思っている。

 だからこそ納得出来る説明が欲しい。


「……ああ、そうだ。今の私はレグルスのリーダーなのだから、レンヤの言い分も当然というものだ」


 フロストはぐっと目を瞑ると、表情を変えていつも通りの真剣な表情になった。


「まずは仕事をしっかりとやろう。いつも通り、誠実に」


 号令を掛けてから、フロストがはっきりと伝えた。


「明日は休みにしているから、明後日に詳細を説明をしよう。それでいいだろうか?」


「分かった」


「うん、了解だよ」





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