第10話 ランクアップとルレイの助言
蓮也が初めての依頼をこなしてから一ヶ月。
レグルスは冒険者パーティとして順風満帆に活動していた。
王都内を駆け巡って配達をしたり、足が悪い人の代わりに買い物をしたり。簡単な薬草採取に弱い魔物討伐も少しずつこなしていった。
蓮也自身は個人の評価が皆より遅れていることもあって、単独で依頼を受けることも多い。
単独で依頼を受ける利点は、パーティに迷惑が掛からないこと。
同時に不利益となるのは、一人で依頼をこなしたところでパーティの評価にならないこと。
最低限、二人で受けなければパーティの評価に反映されないからだ。
蓮也は精力的に冒険者活動していることもあって、多少はフロスト達に個人評価が近付いたと思っている。
もちろん休みを取ってはいるが、図書館で勉強しているのが常だ。
まだまだ覚えなければいけないことは多いし、言葉の意味だって色々と確認する必要もある。
もちろんルレイがやって来た今日などは、午前中からずっと指導されていた。
久方ぶりの指導で熱が入ったルレイをどうにか落ち着けて、少し遅い昼食を食べてゆっくりする。そして再びルレイとの訓練予定……だったのだが、
「おや? 一ヶ月ぶりだね、フロスト」
来客の知らせに対応したルレイが玄関を開けると、そこにいたのはフロストとフィノだった。
フィノは予期せぬ人物が出迎えて、驚愕の表情で顎が外れそうになっている。
「今日はこちらへ来られていたのですね、ルレイ様」
「レン坊が寂しそうにするもんだからね」
ルレイはくつくつと笑う。
と、そこで未だ驚愕の表情を崩さないフィノにルレイは視線を向ける。
「お嬢ちゃんがフィノだね?」
「……はっ、はい!」
「レン坊が世話になっているようだね。私はルレイ・フェイニと言うんだが自己紹介の必要はあるかい?」
「あ、ありません!」
「それじゃ二人とも、中に入りな。レン坊に用があったんだろう?」
まるで本当の祖母の如く対応するルレイ。
居間に二人を連れて行くと、お茶を飲んでのんびりしている蓮也がいた。
「フロストにフィノ? 急にどうしたんだ」
「少し報告があって寄らせてもらったのだ」
「そうか。だったら椅子に座ってくれ」
蓮也はそう言うと立ち上がって棚を開く。
そして中を捜索するのだが、
「あれ? 婆ちゃん、茶菓子が見当たらない」
「棚にあったやつなら私が食べたよ」
「……ちょっと買ってくる。婆ちゃんは二人の相手を頼んだ」
言うや蓮也は外に出て行く。
別に構う必要はない、と告げる時間もなく颯爽と。
ルレイはルレイで紅茶を用意すると、二人が座った場所の前に置いた。
「私の耳にもレグルスの話題は入るけど、どうにも毛並みが他の新人とは違うからね。随分と笑わせてもらったよ」
二人の……というよりフィノの緊張をほぐすためだろう。
ルレイは冗談っぽく話し掛けた。
「レン坊が加入したことで、生真面目さが加速したって聞いたよ」
「レンヤも真面目ですから、必然の評価なのでしょう」
「得てして、そういうパーティは信頼度が高いんだ。胸を張って誇るべきことだよ」
依頼の達成率の高さ。
依頼主の満足度。
そういったものは今後、必ずや彼らのためになる。
生真面目と呼ばれていることが評価になっているのなら、大事にするべきことだ。
「やっぱりフロストに目を付けて正解だったようだね」
「ルレイ様にそのような評価をいただけること、心より嬉しく思います」
三英雄の一人から直々に褒められたことで、フロストが嬉しそうに笑う。
「そういえば機会があれば、ルレイ様に伺いたいことがあったのですが……」
「なんだい?」
「どうしてレンヤは中衛なのですか? 三英雄の弟子とはいえルレイ様の孫同様であるのなら、もう少し魔法に注力しているものかと」
蓮也は魔法を基本的に足止めしか使わない。
詠唱してまで魔物を倒そうともしない。
ルレイと蓮也の関係性を考えたら、後衛寄りの中衛だとしてもおかしくないのに何故だろうか。
「確認したいんだが、レン坊の実力をフロストはどう思っているんだい?」
「未だ強さの底が見えない、というのが正しいでしょう」
フロストはルレイの問い掛けに対して、自身の考えを正直に答える。
「魔法の扱い方や剣技の質を見る限り、おそらくクラスは魔法を扱う〝剣士〟に類するものではあるのでしょう。ですが私が予想している以上のクラスを持っているとしても驚きはありません」
「なるほど。フィノ、あんたは?」
急に話を振られて慌てるフィノだが、大きく深呼吸してから素直な感想を伝える。
「何ていうか……過信とかじゃなくて、現状を認識した上での余裕を持ってるんじゃないかって思います。あれだけフォローが上手いのは、周囲を見ることに長けているだけじゃなくて、余裕があるからこその動きだと考えてます」
蓮也は基本的にそつがない。
特に戦闘時における判断は素晴らしいものがある。
近接戦闘であろうと遠距離戦闘であろうと、選択を間違うことがない。
「つまりレンヤはあたし達よりも強いんじゃないかと感じてます」
自分達だって全力で戦っているわけではないが、蓮也の実力はまだまだ上がある。
そう思わざるを得ない戦い方だ。
ルレイは二人の回答に満足したのか大きく頷いた。
「そこまで理解しているなら上等だよ、二人とも」
学園でトップクラスの実力を有したのであれば、それこそ自身が築き上げた矜持だってあるだろうに。
それでも素直に相手を見据えられるのなら、問題にはならないだろう。
「フロスト。これは今後のためになる、私からの入れ知恵だ」
ルレイは真っ直ぐにレグルスのリーダーを見る。
「話を聞く限り、お前達は現時点でCランク以上……おそらくはBランク相当の実力がある。けれど冒険者であれば、予期せぬ事態に陥ることはある。私も若い頃は色々とあったもんだよ」
懐かしそうに目を細めながら、ルレイはくつくつと笑う。
「お前達がそうなった場合に、どうすることが一番か分かるかい?」
戦うにしても方法は色々とある。
逃げるにしたって、選択肢はそれこそ多岐にわたる。
だが、最も成功率の高い選択とは何か。
「レン坊の使い方一つで、何もかもが変わることを覚えておくんだね」
「レンヤの……使い方ですか?」
「ああ、そうだよ。窮地だろうと絶体絶命だろうと、どんな危険な状況に陥ろうと――レン坊なら必ず覆せる」
ルレイの断言にフロストとフィノは息を呑んだ。
それは自分達の予想を超えていた……というわけじゃない。
三英雄の一人に、ここまで言わせるとは考えてもいなかったからだ。
「フロストだったら私の話を頭に入れておけば、やりようはいくらでもあると理解するだろう? それに余裕も生まれて正しい判断が出来るようになる」
強敵が目の前に現れた場合、自分が身を挺してでも仲間を守る。
そのような間違った選択を取る必要がなくなる。
「分かりました。ルレイ様の助言、胸に刻んでおきます」
「ああ、それでいいよ」
現状は問題なくとも、不意に訪れるかもしれない。
だから知って、理解しておくことに価値がある。
「ルレイ様、あたしも魔法についてアドバイスが欲しいのですが……よろしいでしょうか?」
するとフィノも意を決したように尋ねた。
元々、アドバイスを貰えばいいと蓮也に言われているが、それでも三英雄の一人に緊張するのは仕方がないだろう。
けれどルレイはあっけらかんとした調子で受け入れた。
「別に構いやしないけど、フィノのクラスは〝魔法使い〟だね?」
「はい、その通りです」
「得意属性はどれだい?」
「いえ、あたしは特定の属性が得意ってわけじゃないんです。だからクラスにも得意属性の名は付いてません」
フィノが答えると、ルレイは驚いたのか目を丸くする。
「これは珍しいもんだね。レン坊でさえ得意なものがあるっていうのに」
得意な属性がないのは数少ない例外だ。
しかも、この若さで得意属性がないのは例外中の例外といっても過言ではない。
「一つ気にしているのは、属性に特化している魔法使いに比べて威力が低いことです。ルレイ様には鍛錬方法について、アドバイスでも頂けたら嬉しいです」
フィノの特徴は魔法の偏りがない故に穴がないこと。
何でも出来る、というのはそれだけ選択肢があるのだから。
だがしかし、それ以上に威力不足が問題になる。
相手の弱点を突く選択肢の多さは魅力的だが、一発逆転を狙える威力のほうが後衛としては重要なものだ。
「そういうことかい。威力不足は後衛にとって今後、重大な問題になるからね」
ルレイは顎に手を当て、考える仕草を取る。
「後衛の魔法使いに大切なのは威力。それは必須のことであって、得意な属性に特化することが常識だと考えるのは当然のことだよ」
特に未熟な若い時であれば、尚更だ。
「けれどまずは、そういった常識を捨てることだね」
「常識を……捨てる?」
「そうだよ。現状でも属性に特化した連中と対等の威力を持つ方法はある」
ルレイの言葉にフィノは言葉を失う。
そんなこと、思い付いてさえいなかったからだ。
「考えるんだよ、フィノ。凝り固まった思考ではなく、柔軟に」
ここまで言うのだから、目の前にいる〝賢者〟は至ったのだろう。
鍛錬による自身の底上げではなく、魔法の扱い方によって特化した魔法と対等に渡り合う方法を。
「それが私の得た方法なのか、それとも別の方法なのか。楽しみに待っているよ」
あくまでルレイの言葉はヒントでしかない。
答えを提示したわけではなく、方法を教えたわけでもない。
けれどフィノは魔法使いとして先達の言葉に、嬉しそうに感謝の意を述べた。
「はいっ! ありがとうございます!」
冒険者として上に行けば行くほど、威力の不足は必ず問題になる。
けれど道を示して貰えたことが嬉しくて、フィノは大げさに頭を下げた。
と、ちょうどいいタイミングで蓮也が帰ってきた。
「フィノがどうして婆ちゃんに頭を下げて……ああ、そうか。この間のアドバイスを貰えたのか?」
「うん、ありがたいアドバイスを貰ったよ!」
「それならよかった」
蓮也は買ってきたクッキーをテーブルの上に並べる。
そして一つ摘まみながら、二人がやって来た理由を尋ねた。
「それで話は何なんだ?」
「今日、家に通知書が届いて個人とパーティのランクが上がったことを知ったのだ」
「あたしの家にも個人ランクが上がる通知書、届いたんだよ。パーティランクのほうはリーダーのフロストだけに届くみたい」
内容はかなり嬉しいことだったが、その発表が蓮也の家というのは……何と言うか地味な感じだった。
「そういえば住居とかパーティハウスを登録してたら、書類も届くんだったな」
「その通りだ。私とフィノの個人ランクが上がったので、それに伴いパーティランクも上がったようだ。レンヤに問題があればパーティランクはそのままだったろうが、まったく心配ないと判断されたのだろう」
「……あれだな。条件を満たしたら、依頼達成を報告したと同時に上がるものだと思ってた」
「ランクが上がる条件を満たしたとしても、ギルド職員達の会議が一つ挟まる。とはいえ私も休みの日に通知書で知らされるのは残念だった」
ギルドからの書類を渡されて、何かと思えばまさかの昇格通知。
「大抵はギルドに行った時、職員からランクが上がったことを教えられて新たなギルドカードを与えられる。周囲も祝福して、随分羨ましいと思って見ていたものだ」
「運が悪かった、というわけか?」
「そうだね。あたし達の場合だと知っちゃってるわけだし、新しいギルドカードを渡されても驚きは激減だよ」
けれど、どうしてか自分達らしいと思ってしまう。
冒険者らしく騒いで喜んで……といった感じにならないのが、本当に。
三人は顔を見合わせると吹き出してしまった。
「今後はそうならないようにしたい」
「フロストに賛成だ。こういう残念報告会は一度で十分だ」
「うん、次こそはあたし達も周囲も一緒に驚いてランクを上げたい!」
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