第9話 意外とえぐいレグルス





 蓮也の提案に乗ったレグルスの面々は、イグナイトに声を掛けて模擬戦を申し込む。


「おいおい。新メンバーを昨日入れたばかりだってのに本気かよ、フロスト」


「本気だ。アグニの実力も体感しておきたいのでな」


 今まで一度も、彼らと模擬戦をしたことはない。

 というよりフロストとフィノは誰かと戦闘行為を一度もやらなかった。


「まあ、オレもお前らに興味があるから模擬戦はいいんだけどよ。そっちが三人なら、こっちも三人のほうがいいか?」


「いいや、そちらは五人で構わない」


 言い切ったフロストに、イグナイト以外のアグニメンバーが視線を鋭くする。

 今の言い方では、嘗めているのかと思われても仕方ないだろう。


「それで勝つつもりなのかよ?」


「勝つつもりでやるのは当然のことだが、勝つことが目的ではない」


 疑問を呈したイグナイトに対して、フロストは他に意図があるのだと説明する。


「パーティとして戦うに問題となる部分を見つけたい。そのために勝負を挑むのだ」


 第一の目的はそこだ。

 パーティとしての成熟を望むからこそ、勝負になりそうな相手と戦う。


「ああ、なるほどな。弱い魔物討伐程度じゃ、分からないもんだからな」


 リーダーとしてパーティを率いるイグナイトが、フロストに同意を示す。


「それじゃ、納得したところで模擬戦やるとするか」


 イグナイトが号令を掛けると、アグニの面々は素直に従った。

 蓮也達も鍛錬場で彼らと向き合うように立つ。


「この銅貨が落ちたら勝負スタートだ」


 イグナイトはポケットから硬貨を取り出すと、指で上に高く弾いた。

 各々が武器を抜き、構える。

 そして硬貨が地面に落ちた瞬間、


「オレとナナでフロストを叩く! ゲンジ、ガロはフィノとレンヤを狙い、ネイトは魔法準備だ!」


 イグナイトの号令にアグニの面々がいきなり動き出した。

 応じて反応したのはフロスト達だ。

 蓮也は右に大きく動き、フィノは左に移動する。

 フロストは飛び込んできたイグナイト達を魔力障壁で以て受け止める。

 ぶつかる衝撃が響くと同時、アグニの中衛二人が左右を抜けて蓮也とフィノに襲い掛かってきた。


『火球』


 その時、蓮也が一瞬だけ振り向いて詠唱破棄した初級魔法を、フィノに向かう相手に放った。

 これはずっと、魔物相手に蓮也が行っていたことだ。

 しかし詠唱破棄も相俟って威力が弱い。

 当然、余裕で防げるほどの魔力障壁を張った相手であれば躱すことはしない。

 フィノに向かった相手もちらりと蓮也が放った魔法を視認すると、心なし魔力障壁を顔に集中させるだけで、何も問題ないとばかりに無視した。

 けれど風でも水でもなく、どうして火を選んだのかと言えば蓮也の答えは一択。

 相手の視界を一瞬でも奪うためだ。


「レンヤの狙いは、こういうことだね」


 そしてフィノは仲間の考えをすぐに察する。

 敵の足を止める方法は今まで、移動する直前に魔法をぶち当てて止めていた。

 けれど今回、それで相手は止まらない。

 だから敵の足を止めるために仕掛けるのはフィノだ。

 蓮也の放った火の玉が相手の顔に当たった瞬間、フィノは横にステップを踏んだ。

 距離があるから完全に視界から外れることは出来ない。

 けれど中心に据えていたフィノが、火の玉によって遮られた視界から突然と消えるように移動していればどうだろうか。


「……っ、そこか!」


 ほんの数瞬だけ、足を止めて首を振りフィノのことを探す。

 当然、フィノの狙いはその一時だ。


『貫くは――光の矢』


 蓮也の放った一撃で魔力障壁は無意識でも顔に集中してあるから、他の部分は甘くなっている。

 だから初級魔法だろうと問題ない。


「うぐ……っ!」


 光の矢が相手の腹にぶち当たり、意識を混濁させる。

 そのまま後ろで詠唱している後衛に狙いを定めたフィノは、視界の右端から凄まじい速度で飛んでくる物体に目を瞬かせた。


「あれってレンヤの相手が持ってる細剣だよね!?」


 何が起こったのかと思って横を向くと、かなり想定外な光景だった。

 おそらく蓮也はこちらに魔法を放ったあとは振り向くこともせずに会敵。

 近接戦闘で素早く細剣を奪うと、そのまま後方で詠唱している相手にぶん投げたのだろう。

 当然、後衛は武器が自分目掛けて一目散に吹っ飛んでくるなど予想外で詠唱を一旦止める。

 一方の蓮也はぶん投げた勢いを利用して、回し蹴りを相手に叩き込んでいた。


「うわっ、えぐいのが決まってそう」


 蓮也の相手はすでに壁際まで吹っ飛んで気を失っている。

 これで戦況は三対三になった。

 蓮也は一度、フィノに視線を送ると前に走り出す。

 今、彼の視線の先にいるのは後衛の少女だ。

 同時、フィノも詠唱を始める。


『この手に集まるは零度』


 声にしているのは中級魔法でも簡単なもの。

 けれど現状では威力十分な魔法だ。


『凍えるべきは一つ、二つ、五つ、さらにと集まっていき』


 相手の後衛が警戒しているのは蓮也。

 細剣をぶん投げた上に、視線逸らさず向かってくるのだから当然だ。

 けれどそれこそがブラフ。

 人数的には同等で蓮也が向かってくるのならば、フィノはフロストのフォローに回る……という無意識な思い込みを利用した一撃。


『刺し穿つは――』


 フロストがどうにかフィノが放つ魔法の射線上がズレようと……しているように見せかけて、相手の二人を右側に誘導する。

 これでフィノが魔法を放つのに邪魔する存在はどこにもいない。

 後衛が気付いたところで、もう遅い。


『――十の氷槍』


 魔法陣から生まれた氷の槍。

 合計にして十を数える槍が違わずして後衛に向かう。

 蓮也を狙っていた魔法を放とうとしたところで遅い。

 十本の氷槍が的確に相手の身体に当たった。

 そして昏倒したのを蓮也とフィノは見届けてから、


「フロスト、フォローに入る」


「こっちも準備は大丈夫だよ」


 蓮也は方向転換してフロストが相手をしている片割れに斬りかかり、フィノは再び詠唱を始めた。

 こうなってしまえば、どうにもならない。

 イグナイト率いるアグニはまったく実力を発揮できないまま、レグルスに負けることとなった。



       ◇      ◇



 倒し終わったところでレグルスの三人は、昏倒しているアグニの面々に治癒魔法を施す。

 少しすれば目覚めるだろうから、その間にフロストは蓮也とフィノを集めた。


「無事に勝つことは出来たが、二人はどのような感想を持ったのだ?」


「あくまで現状を言うのなら、初手で運任せになった感じは否めない。向こうがフロストを二人掛かりで倒しに行ってくれたから良かったが、そうでなかった場合はもう少し手間取ったはずだ」


「そうだね。フロストとイグナイトが一対一だと、早々に勝負は付かなそうだし……向こうの判断ミスに助けられた部分はあると思うよ」


「加えて言うのなら、後衛についても後手に回ったのは失敗だった。詠唱がそれなりの……おそらくは中級魔法を放とうとしてくれたから余裕はあったが、それでも回避方法が相手の武器を奪って投げ飛ばす以外に思い浮かばなかった」


「あたしもビックリしちゃったよ。凄い勢いで細剣が飛んでってるし」


 想定外な物体が視界に映ったので、フィノも驚いたのは事実だ。


「……ふむ。二人が中央に位置を取り直し、魔法の射線上に私とイグナイト達を配置し遮るのはどうだ? 少なくとも後衛が魔法を放つのは防げる」


「いいや、駄目だ。左右を抜けた中衛が振り返ってフロストを狙うと面倒になる」


「そうだね。あたしもレンヤも最初に左右へ開いた最大の理由は、中衛とフロストの距離を離そうと思ったからだし」


「そうなると、どうするべきか……」


 フロストは顎に手を当てて考える。

 と、そこで不意に気付いたことがあった。


「そもそも二人は中級魔法を魔力障壁で防げないのか?」


「防げないのかと問われたら、俺は中級魔法なら問題はない」


「あたしも事前に分かってる中級魔法は防げるよ」


 フロストは平常時、中級魔法を魔力障壁で防ぐことは容易い。

 なので二人も同じように防げるのではないかと思えば、やはりそうだった。


「だとしたら放っておくのも一つの手だろう。注意は払うべきだが、私とレンヤの警戒をすり抜けて中級魔法を放てる後衛は稀なはずだ。満身創痍の時ならまだしもな」


「なるほどな。新人冒険者パーティだから危険だと思ったが、仲間がフロストとフィノだと思えば問題ないのか」


「あれ? あたし達ってもしかして、意外とえぐいパーティだったりする?」


 冗談っぽく言ったフィノに、フロストと蓮也が笑い声を漏らす。

 けれどそこに、同意する声が響いた。


「えぐいに決まってんだろ。うちの面々を簡単に完封しやがって」


 三人が声をした方向を見ると、そこには疲れた様子のイグナイトが経っていた。


「おお、イグナイトはさすがに目覚めるのが早い。体調は大丈夫なのか?」


「ご丁寧に魔法で治癒してもらったみたいだからな。問題ないっちゃないんだが……」


 フロストの配慮にイグナイトは頭を乱暴に掻きながら答えると、溜め息を吐きながら座り込んだ。


「まさかアグニ勢揃いで、ここまで簡単にぶっ倒されるとは思わなかった」


「今回はこちらに分がある展開になった、というだけだろう。私とお前が一対一であれば、もっと面倒なことになっていたと我々は自覚している」


「やっぱりそこか。フロストに手間取った段階で、間違えたかもしれないと思ったんだよな」


 結果としては納得する。

 途中の経緯が所々、珍しいものではあったが。


「というか三人での戦闘は今日が初日だよな!? どうしてそんなに息が合ってるんだよ!?」


「どうして、と言われてもな。私達も相性が良くて驚いたのだ。理解の早さと判断の早さが似ているらしい」


「いや、だからってお前達のコンビネーションは即興の範囲を超えてるだろ」


 そこまで言ってから、イグナイトは再び乱暴に頭を掻いた。


「ああ、くそ、調子乗ってたんだろうな。新人冒険者パーティの中じゃ、うちが一番強いって思ってた」


 今年の新人はレグルス、アグニ、レイダスの三つ巴。

 けれど戦闘に関してはアグニが一番だろう、というのが大抵の評価だった。


「レイダスとは何回か模擬戦をやったことがあって、勝率はうちのほうがいい。だけどレグルスとは、やったことなかったから気付けなかった」


 というより三人で五人を完封したのだから、個々人の実力差はかなりあるはずだ。

 それが分かっただけに、イグナイトとしても自分達の課題が浮き彫りになった。


「でも、あれだ。このままで終わると思うなよ?」


「このままで終わってくれるのならば、ライバルが減ってレグルスとしても楽なのだがな」


 フロストが言葉を返すと、イグナイトは破顔した。

 それから昏倒したアグニのメンバーが起き始めると、全員で振り返りを行う。

 それが終わってからはギルドに併設されている酒場で、大盛り上がりの飲み会をすることとなった。





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