第8話 初めての依頼





 歓迎会の次の日。

 蓮也にとっては記念すべき初めての依頼を受ける日だ。

 レグルスの面々は依頼が張ってある掲示板の前に立っている。


「今日は討伐依頼を受けようと思うが、レンヤは問題ないだろうか?」


「冒険者になるためのイロハは一通り、叩き込まれてる。魔物も倒したことがあるから大丈夫だ」


 蓮也にとって一年間の訓練は本当に辛かった。

 ライオスには毎度のように張り倒され、ミカドからは背筋が凍るような殺気を受け続けた。

 最初は優しかったルレイも、段々と熱が入ってきたのか訓練が厳しくなっていく。

 最後の三ヶ月はもう、毎日のように蓮也の悲鳴が上がっていた。


「ならば今日、受ける依頼はこれだ」


 掲示板から依頼の紙を剥がすフロスト。

 蓮也とフィノは内容を覗き込んだ。


「レザーウルフの複数討伐か」


「新人のための依頼だね」


「皮膚が硬いだけで強くはない下級の魔物だ。三人揃っているのなら、問題なく依頼を達成出来るだろう」


 三人は頷き合うと、受付で依頼の遂行許可を貰う。

 そのままギルドを出て王都でも外れにある森林に向かった。

 ここで複数のレザーウルフが目撃されている。

 慎重に森林の中を探索していくと、草葉を揺らしながら疾走するような音が聞こえてきた。

 レザーウルフは好戦的なため、蓮也達を見つければすぐにでも襲い掛かってくるだろう。

 フロストが少し開けた場所に移動して陣取ったと同時に、レザーウルフもフロストを視界に入れた。

 数は五匹で、見つけたフロストに一直線に向かってくる。


「レンヤ、フィノ。二匹は頼んだぞ」


 フロストは二人に声を掛けてから右手で剣を抜いた。

 同時、左腕に大きな魔力障壁を纏わせる。

 そしてリーダー格であろうレザーウルフを戦闘に、順々に襲い掛かってきた五匹のうち三匹を大きく広げた魔力障壁で防ぎ、その場に押し留めた。

 残り二匹はフロストの防御を見るや左右を抜けて、狙いをフロストではなく蓮也とフィノに変えた。


「フィノは左を頼む」


 蓮也は剣を抜いて右から飛び込んでくるレザーウルフに向かいながら、


『水球』


 詠唱破棄した魔法を呟き、フィノに向かったレザーウルフの前方に叩き付けた。

 大きさも威力もないが、それでも突然現れた水球が目の前で爆ぜてレザーウルフは反射的に足を止める。


「ナイスアシストだよ、レンヤ!」


 フィノが準備したのは初級魔法である光の矢。

 動きの速い相手でも当てる自信は十分にあるだろうが、足を止めたとなれば問答無用でただの的だ。


『貫くは――光の矢』


 右手の人差し指で狙いを定め照準を合わせたと同時に指先から魔法陣が生まれ、フィノ指から光の矢が飛び出して見事にレザーウルフの胴体へ突き刺さった。

 蓮也も自分に狙いを定めたレザーウルフを一太刀で斬り捨てると、そのまま前方に躍り出る。


「フロスト、右から入るぞ」


「分かった。残り二匹は任せてもらおう」


 フロストは三匹のうち中央と左側のレザーウルフを弾くと逆袈裟で一匹、そして袈裟斬りでもう一匹を倒す。

 右側にいた残りの一匹は蓮也が声を掛けた一秒後に葬った。

 けれどそこで三人は安堵せず、近くに残っていないか確認してから気を抜いた。


「フロスト。討伐証明としては収納バックに納めればいいんだったな?」


「その通りだ。手早く済ませてしまおう」


 淡々と、けれど確実性を以て終わった戦闘。

 フロストが持っている魔法具――空間収納の魔法を付与されたバッグにレザーウルフを纏めると、三人は腰を下ろした。

 そして新生レグルスとしての初戦闘に対する感想を言う。


「今回の戦闘だが、レンヤはどのように感じた?」


「集団戦闘をしたのは初めてだったが、やりやすかった」


 そもそもフロストが初手で三匹も引き留めたのだから蓮也の感想も当然だ。

 魔力障壁を広げて押し留める。

 これで数匹を請け負ってくれるのだから、楽勝以外に言うことがない。


「レンヤも良かったよ。あたしに来たレザーウルフも詠唱破棄した魔法で足止めしてくれたし、狙うだけだったもん」


「私に対するフォローも早かった。それにフィノも取り逃がした場合を考えて、魔法を待機してくれていただろう?」


「その通りだよ」


 フィノも一匹倒したとはいえ、それでお終い……というわけではない。

 フロストが請け負った二匹の倒し損ねがあれば、すかさず魔法を撃ち込む準備をしていた。


「まだ周囲にはレザーウルフがいるはずだ。戦闘して問題点を洗い出すとしよう」


 リーダーの号令に二人は頷き、冒険者パーティレグルスは再び動き始めた。



 そしてフロストの目論見通り、戦闘は数回ほど行われた。

 ……行われたのだが、


「困ったものだ」


 フロストは腕を組んで眉を寄せる。

 リーダーが何を思っているのか理解して、他の二人も苦笑いしか浮かべられない。


「魔物が弱すぎて、問題点が洗い出せないね」


「フロストとフィノの対応が早すぎて、戦闘がさくさく終わるからな」


 レザーウルフは基本的に数匹単位で登場して、レグルスに襲い掛かってきた。

 もちろん状況を変えるために、フロストも一匹だけ担当したりと手を打ってはみたのだが……残念ながら何度戦っても十秒と掛からずに戦闘が終了してしまった。


「というより、二人の動きを見て思ったんだが……中級以上の魔物が足並み揃えて来るか集団暴走――スタンピードでもない限り、問題点を洗い出せない気がする」


 新人冒険者パーティという言葉で捉えれば、確かに戦闘すればするだけ問題点が出てきそうに思える。

 魔物との戦いで狼狽えたりすれば、それはそれで新人らしいと言えるだろう。

 けれどフロストもフィノも、憎らしいほどに新人らしさがない。

 状況の認識と判断力がずば抜けている。


「そもそも新人は、フロスト達ほど強いのが普通なのか? 俺が新人冒険者レベルだと言われた時は、もっと残念な実力だったんだが……」


 訓練初日に言われたことを蓮也は思い出す。

 あの時、まったく戦えなかった自分が新人レベルではないのだろうか。

 するとフィノが蓮也の質問にころころと笑う。


「フロストは総合戦闘で学年最優秀生徒だったから、普通の新人とは別格だよ」


「学年最優秀生徒……? つまりは学園において戦闘能力が学年トップだったってことか?」


「うん。体術と剣技がトップだったから、総合戦闘も一位だったんだよ」


「体術に剣技、か。ちなみに魔法でトップだったのは?」


「あたしだよ。特化した属性はないんだけどね、不得意な魔法もなくて評価が高かったんだ」


「……なんとなく、そうだろうと思った」


 つまりはあれか。

 優秀な人材を集めている学園において、フロストもフィノも一位を取る実力を有している。

 そんな二人がパーティを組んでいるんだから、必然的に新人レベルなわけがない。


「だけどレンヤの魔法の使い方も凄いね。あんな的確なタイミングで放てるんだから、ビックリしちゃったよ」


 蓮也の中衛としての能力は抜きん出ているとフィノは思う。

 前衛のフォローをしながら、後衛が的確に魔法を放てるよう敵の足止めをする。

 学園でもこれほどの腕前を持つ人はいないと断言出来るほどだ。


「あれぐらい出来ないと俺は冒険者登録を許して貰えなかったからな」


「許して貰えないって誰に? レンヤくらい強かったら、もっと早く冒険者登録したって問題ないのに」


「魔法に関しては婆ちゃんに、だな。この程度のことが出来なかったら死ぬだけだって言われ続けた」


「へぇ~、そうだったんだ」


 随分と厳しい婆ちゃんがいるもんだ、とフィノは暢気に笑う。


「ただ、なんとなく見覚えがあるんだよね。魔法を使うタイミングとか使ってる姿が……」


 どこかで見たことがある……とフィノは記憶を引っ張り出す。

 少しして、どうして見覚えがあるのか気付いた。


「そうそう、憧れのルレイ様に似てるんだよ」


 思い出した、と気楽に言うフィノ。

 一方でフロストも蓮也も驚きで目を丸くしてしまう。

 けれどすぐにフロストが、どうしてフィノがルレイの魔法を扱うタイミングを知っているのか思い出した。


「……ああ、そうか。三年前に実演演習を行って下さったのだが、それを覚えていたのだろう」


「そういえばフロストと初めて会った時、そんなことを婆ちゃんに言ってたな。フィノは後衛だから〝賢者〟は憧れだろうし、覚えて……」


 と、そこで蓮也は思案する。

 三年前に一度、見ただけ。


「……覚えていられるか?」


 少なくとも蓮也は自信がない。

 食い入るように見たとしても、タイミングまでは覚えていないはずだ。


「レンヤ。こうなると、伝えたほうがいいように思えるのだが……」


 フィノであれば、いつか気付く可能性がある。

 その時、教えられていなかったことで不信に繋がる可能性がある。


「昨日も言ったように、隠し通したいわけじゃない。リーダーの判断に任せる」


 ルレイが信用しているフロストに異を唱えることはしない。

 彼が言ってもいいと思うのなら問題ないと理解しているだけだ。

 そしてフロストも蓮也の返答に意を決したのか紅一点に向き直る。


「フィノ。これから私が言うことは絶対的に隠しているわけではないが、おいそれと皆に言いふらさないで欲しい」


「それは約束するけど……突然どうしたの?」


 いきなり真剣な表情になったフロストに目を丸くするフィノ。

 けれど次いで出てきた発言に、もっと目を丸くすることになる。


「実はな、レンヤは三英雄の弟子なのだ」


「…………三英雄の……弟子?」


 フィノは真剣なフロストの表情を見たあと、平然とした表情の蓮也を見る。

 そして数秒、言われたことを咀嚼するように蓮也を見詰めた。


「じゃあ、婆ちゃんっていうのは……もしかして?」


「ルレイ様のことだ。私が直接、ルレイ様よりレンヤの紹介を受けたのだ」


「なるほどね。だから魔法のタイミングが似てるんだ」


 納得する仕草を見せるフィノ。

 意外とすんなり受け入れたことにほっとする蓮也とフロストだが、ある意味で間違いだと次の瞬間に分かる。

 フィノは蓮也の肩を掴むと、


「ルレイ様の弟子ってことは、魔法の扱い方や鍛錬方法のノウハウを教えて貰ってるってことだよね? だったらまず訊きたいのは魔法陣をいかに正確に作成させるの!? それにあたしは属性に偏りがないんだけど、そうなると特化型の人達に比べてどうしても魔法の威力が劣るんだよ! 何か良い鍛錬方法とか、あったりしない!? あとあと――」


 いきなりマシンガントークを炸裂させる。

 というかあまりにも早口で何を言っているのか分からない。


「……フィノ、ちょっと落ち着いてほしい」


 蓮也は掴まれた肩に掛かっている手を外す。

 ずらっと疑問を並べられたところで、蓮也に答える術はない。


「俺は少し特殊だから、そういったものの返答は難しい。婆ちゃんに聞いてくれ」


「それこそ難しいよ。だって三英雄のルレイ様はお忙しい方で――」


「――二週間に一度はこっちに来るし、俺の仲間であるフィノだったら婆ちゃんと会う機会はある。その時、アドバイスを貰えばいい」


「……えっ?」


 思いも寄らない提案にフィノは目を丸くする。

 というより、ルレイが二週間に一度来るのは何故だろうか。


「俺は婆ちゃんに会えないと寂しいからな。結構な頻度で来てくれることになったから、フィノの疑問はその時に解決出来る」


「それはありがたいんだけど……その、レンヤってお婆ちゃんっ子だったの?」


「否定をまったく出来ないぐらいには、お婆ちゃんっ子だな」


 うんうん、と頷く蓮也。

 ルレイはこの世界で唯一と言っていい家族なのだから、言い訳のしようがない。



       ◇      ◇



 依頼としては無事に終わったので、王都の中心部まで三人は戻ってくる。

 そしてギルドまで歩いている途中、人だかりが出来ていることに蓮也は気付いた。


「誰か有名な人でもいるのか?」


 何に人々が集まっているのかは、人垣に邪魔されて分からない。

 なので有名人か珍しいものがあるのだろうな、と当たりを付けた。

 フロストは人だかりの雑談を耳に入れると、納得するような表情を見せる。


「アリア様が来ているらしい。おそらくは住民との触れ合い行事だろう」


 フロストが当然、誰もが知っているように告げた名前。

 蓮也もルフェス王国に一年はいるだけあって、すぐにピンときた。


「アリア様って……確か〝聖女〟のクラスを持つ第二王女殿下だったよな?」


「ああ、その通りだ」


 この世界において、最も優秀とされるクラスは何か。

 こういった話題において昔から、必ず名の挙がるクラスがある。

 その一つが〝聖女〟だ。

 世界最高クラスの防御及び結界魔法。

 さらには重傷者すら容易に治す治癒魔法。

 最低限の能力でさえ破格のものを有している。


「今のところ、世界で把握されている〝聖女〟は三人。そのうちの一人がルフェス王国のアリア様だというのは、この国の人間にとって誇らしいものだ」


 一人は祈りや献身により〝聖女〟の高みに上がった聖職者。

 もう一人は海を越えた大陸にいる平民の少女。

 そしてルフェス王国第二王女のアリア・ルフェス。

 この三人が現在、把握されている〝聖女〟のクラス持ちだ。

 しかもアリアは唯一の王族なのだから、彼女の価値は計り知れないだろう。


「ついでに言えば、とんでもない美人だよ。スタイルも良いし、羨ましいよね」


 人垣で見ることは出来ないが、フィノ曰く美人でスタイルも良いとのこと。

 蓮也はフィノの貧相な胸に一瞬だけ視線を向けてから、彼女が羨むことも納得だと頷いた。


「なるほどな」


「……あのさ、レンヤ。一瞬、視線があたしの胸に向いたような気がしたけど……」


「気のせいだ。そういう失礼なことはしない」


「ホントかなぁ」


 半目になりながらツッコミを入れるフィノに、フロストが笑う。

 そして三人は再び歩いてギルドに到着……する手前で冒険者用の鍛錬場を目にする。

 ちょうどイグナイト率いるアグニが鍛錬を行っていた。


「アグニは五人パーティなんだな」


「前衛二人に中衛二人、後衛一人のバランスが良いパーティだ」


「それに全員、火属性が得意なんだよ。似たもの同士が集まるとは言うけど、偶然でこうなるのは珍しいよね」


 火属性が得意な仲間を集めたのではなくて、集めた仲間の得意属性が火だった。

 確かに珍しいと蓮也も思う。

 ついでに彼らが強いと言われていたことも思い出す。


「なあ、フロスト。ちょうどいいんじゃないか?」


「ちょうどいい、とは何のことだ?」


「レザーウルフで出来なかったことをやるには、ちょうどいいと言ったんだ」


 新人冒険者の仲では飛び抜けて強いのがアグニだ。

 だとしたら、問題点を洗い出すことにこれほど相応しい相手もいない。


「アグニに勝負を挑もう」





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