第7話 新人冒険者パーティ『レグルス』
二人は併設されている酒場のテーブルに向かうと、椅子にゆっくりと腰を下ろす。
蓮也はギルドカードに書かれてある一点を見てから、フロストに視線を向けた。
「仲間はフィノという女性だったよな?」
「その通りだ。今のところ私とフィノだけでリーダーは私がやっている。レンヤはリーダーをやりたいか?」
「いや、フロストに任せる。右も左も分からない俺がやるようなものじゃない」
「レンヤを取り巻く状況については、フィノに話しておくか?」
「仲間に対して隠し通したいことでもない。かといっていきなり暴露したいわけでもないから、様子見でいこう」
「分かった」
二人がここで腰を落ち着けたのは、もう一人のパーティメンバーを呼び出しているからだ。
フロストが邸宅を出る際、ギルドに来て貰うよう言伝を執事に頼んでいたらしい。
しばらく二人で雑談していると、急にフロストが立ち上がって手を挙げる。
どうやら目当ての自分が来たのだろう。
「フィノ、ここにいる」
フロストの呼び掛けに反応したのは、杖を持った桃色の髪の女性だった。
長い髪をポニーテールにして、容姿としての第一印象は天真爛漫そう……といったところ。
彼女はフロストを見つけると駆け足で近付く。
「ああ、そこにいたんだフロスト……って、隣の人は誰?」
その疑問は当然だろう。
今まで見たこともない人物がフロストの隣に座っているのだから。
けれどすぐに察しが付いたのか、
「もしかして新しいパーティメンバーだったりする?」
「その通りだ。事後承諾になって悪いが、彼は我らがレグルスに新加入したレンヤ・カザミだ」
フロストの紹介に蓮也は頭を下げる。
意外と雑な説明に驚いたが、それでも問題はないらしい。
「まあ、フロストが入れたんだったら大丈夫だよね」
あっけらかんとした調子で受け入れられて、蓮也も少し拍子抜けした。
「フィノ・ジュイスだよ。よろしくね、レンヤ」
「彼女はジュイス伯爵家の次女で、私と同じように貴族だ。とはいえ言葉遣いは気にしなくていい。フィノも私と同じだ」
フロストの説明に蓮也は頷きを返す。
王都に来て出会ったのが貴族二連発なのは驚きだが、言葉遣いを気にしなくていいのは助かった。
「名前だけしか知らないのも何だから、簡単な自己紹介でもしよっか」
フィノは向かいの椅子に座ると、一つ提案をする。
蓮也とフロストが同意したので、フィノがそのまま自己紹介を始めた。
「あたしはジュイス伯爵家の次女で年齢は十九歳。好きなものは甘いクッキーで、戦闘とかだと魔法を使っての後衛になるのかな」
「それでは次は私の番だ。私もフィノと同じく年齢は十九歳。好きな食べ物は豆を多く含んだサラダ、戦闘では前衛を担当することになるだろう」
冒険者らしい自己紹介の仕方に、蓮也は少しだけ感動した。
そして二人のやり方を参考に自己紹介をする。
「俺の年齢は十七歳で、好きな食べ物は婆ちゃん特製のパスタ。戦闘スタイルは前衛寄りではあるが、魔法を使えないわけでもないから中衛が正しいと思う」
ほとんど似たような説明なのだから、引っ掛かる部分もないはず。
だというのに二人の表情が何故か驚きに満ちていた。
「どの部分に疑問があったんだ?」
年齢に、好きな食べ物に、戦闘の仕方しか話していない。
驚く要素はまったくないはずだが、何に対して驚いたのだろうか。
「すまない、レンヤ。勝手に同じ年齢だと思っていた」
「ごめん、あたしも同じく」
「……ああ、なるほど。老けているのか大人びていると思われたのか、気になるところだがツッコミを入れたら負けた気がする」
おそらくは前者だろうな、と思いながら蓮也は店員を呼んで飲み物を頼んだ。
それからレグルス結成に至るまでの話をざっと聞くことになる。
「フィノとは学園で同期だったのだ。その縁で一緒に冒険者をしている」
「学園って確か貴族とか優秀な平民が行くところだよな?」
「その通りだ。私とフィノは二ヶ月前に卒業した」
「あたしは卒業式が終わった翌日、冒険者になろうと思ってここに来たらフロストとばったり会ったんだよ。あの時はホント、ビックリした」
騎士になるだろうと思っていた人物がギルドにいれば驚くはずだ。
フィノの気持ちは誰だって分かる。
「今のところ小さな依頼を誠実にこなしていると言ってたが、基本的にはどういう依頼をよく受けるんだ?」
「お使いとか、そういうのが多いかな。採取系とかは場所によって魔物と出くわす可能性もあるから、今までは控えてたのが現状だよ」
そう、この世界に魔物はいる。
細かく説明することも出来るが、大別すれば魔力を宿した生物が変異したものだ。
当然、戦闘能力もそんじょそこらの生物とは一線を画している。
「だが理由としては、二人では戦闘時のフォローが厳しかったからだ。レンヤが入ったからには、採取系や討伐系の依頼を増やしていく方針を取りたい」
構わないだろうか、と問うフロストに蓮也とフィノは頷きを返す。
二人だけだと確かに片方が怪我しただけで窮地に陥る。
蓮也が加わったのなら、一人が牽制している間に治療することも可能。
依頼を受ける幅は大きく広がる。
「よし、明日からの方針は決まった。なので今からは――」
ちょうど頼んでいた飲み物が届く。
フロストはグラスを手に取ると、前に掲げた。
「――レンヤの歓迎会だ」
二人も飲み物を手にして、鳴らすように軽く合わせる。
料理も注文しながら話していると、不意に声を掛けてくる人物がいた。
「よう、フロストにフィノ。楽しそうやってんじゃん」
気軽く声を掛けてきたのは、紅い髪を首元で束ねた明るい表情の男。
おそらくはフロスト達より二、三歳上だろう。
顔なじみなのか、フロストが穏やかに対応した。
「新しく入った仲間の歓迎会をしている。イグナイトは一人なのか?」
「明日からどういった依頼を受けるか、ちょっと考えたくて来たんだけどな。それよりもお前達が楽しそうにしてて気になったんだよ」
イグナイトと呼ばれた男は、どうしてか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「パーティ申請の時から最低人数の二人でずっと活動してたろ。だから今後が不安だったけど安心したぜ」
二人だけで活動し続けるには無理があるのだろう。
蓮也の加入はフロストとしても都合が良かったはずだ。
そしてイグナイトは真っ直ぐに蓮也を見る。
「オレは冒険者パーティ『アグニ』のリーダー、イグナイト・フェロウだ。今年度から冒険者やってて、こいつらとは同期ってこともあって色々と話すことが多いんだ」
「この度、レグルスに加入したレンヤ・カザミだ。よろしく頼む」
丁寧に頭を下げると、イグナイトはいきなり吹き出して大笑いする。
「これまた真面目そうで、お前達に見合った仲間だな」
イグナイトが大きな声で笑う理由をフロストも理解しているのだろう。
仕方なさそうに、けれど同じく笑みを零していた。
するとイグナイトの笑い声に誘われたのか、一人の女性が歩み寄ってくる。
水色の長髪を棚引かせた女性は、笑い声の発生源を見てから嘆息した。
「……イグナイト。やかましいと思ったら、やっぱり貴方だったのね」
「そりゃ悪かったな。面白いことがあったんだから、仕方ないだろ」
女性は切れ長の瞳でイグナイトを一瞥したあと、フィノに柔らかい表情を向ける。
「久しぶりね、フィノ」
「一週間ぶりかな。久しぶり、ラクティ」
ラクティ、と呼んだ女性に満面の笑みを向けるフィノ。
するとフィノは自慢するかのように蓮也を指し示した。
「こっちにいるのが、うちに新加入したレンヤだよ」
突然紹介されて驚く蓮也だが、慌てる様子なくラクティにも丁寧に頭を下げる。
「そう。やっと新しいメンバーを入れたのね」
彼女もやはり、二人だけのレグルスを問題にしていたのだろう。
それが解消されて素直に喜んでいるようだ。
「レンヤ、こっちは冒険者パーティ『レイダス』のリーダー、ラクティ・フィルローズ。あたし達と同じくらいの時に冒険者になって、その時から仲が良いんだよ」
同じくらいの時期に冒険者となったから、ある種の一体感があるのかもしれない。
仲が良いと言われて納得するくらい、二人は互いを信頼しているように見える。
と、そこで蓮也は周囲の注目が自分達にあることを気付いた。
「レンヤ、どうしたのだ?」
「いや、注目を浴びていると思っただけだ」
騒がしいかもしれないが、ここまで注目されるほど騒々しくしていない。
どうしてか考えていると、イグナイトが教えてくれた。
「そんなもん、オレ達が新人の中で注目されてるからに決まってんだろ」
イグナイトは自分にラクティ、それにフロストを指し示す。
フィノも付け加えるように説明してくれた。
「アグニはどんな時でも明るく颯爽と依頼をこなして、何より強いから評判が良いんだよ。レイダスは女性だけのパーティなんだけど、男顔負けの強さを誇ってるからすぐ有名になっちゃった」
ギルドランクは個人、パーティ共にS、A、B、C、D、Eまでの六段階となっている。
新人故に全員がまだEランクではあるが、能力的にはすでにBランクかCランク相当じゃないかと言われているらしい。
これは凄いと蓮也が素直に感心していると、ラクティが付け加えた。
「貴方が加入したレグルスはどんな依頼でも真面目に、誠実にこなす生真面目パーティと呼ばれているわ。新人の中でご年配の支持率がトップなのは確かで、指名依頼も一番多いのではないかしら」
有名ではあるのだろうが、評価のされ方がちょっと違った。
けれどそれもフロストが率いるパーティらしいと、蓮也は内心で微笑んでしまう。
「個人もパーティもDランクに上がるのは同時期だと思うけど、それ以上のランクになると戦闘する頻度が多くなるわ。だから二人のレグルスは不利だと言われていたのだけれど……」
同時、ラクティとイグナイトが蓮也を見据える。
「これで面白くなったわ」
「そうだな。レンヤの加入で、フロストも方針を変えたはずだぜ」
切磋琢磨する相手が勝手に落ちるのはつまらない。
そう思っているのだろう。
だからこそ蓮也も彼らの意図を汲み取って、わざとらしくフロストに問い掛けた。
「負けるつもりは毛頭ないんだよな?」
「当然だ。レグルスは同期の中で最も上を行く」
宣言したことで、リーダー同士が火花を散らす。
けれど険悪ではなく、互いを高めていきたいからこそのライバル意識。
これこそがファンタジーだと楽しそうに眺めながら、蓮也はやって来た料理に舌鼓を打った。
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