第6話 冒険者としての始まり





 豪華な邸宅を出た蓮也とフロストは、ギルドに向かいながら会話をする。


「レンヤはルレイ様達とは、どのような関係なのだ? 孫とも言われていたが……」


「俺は一年前、婆ちゃん達に拾われた。それで冒険者になりたいと言ったら、ライオス師匠やミカド師匠、婆ちゃんに扱かれたんだよ」


 三英雄とは多くの時間を過ごした。

 ライオスやミカドに関しては、途中で呼び方を改めるほどに指導してもらった。

 ルレイも指導の濃さは変わらないのだが、師匠よりも婆ちゃんのほうがいいと言われたので変えていない。


「婆ちゃんとは一緒に暮らしてて、随分と良くしてもらった。だから俺も婆ちゃんには頭が上がらない」


「ああ、なるほど。だから三英雄の弟子で、レンヤを孫と呼んでいたのだな」


「そういうことだ。それで扱きに扱かれて、やっと冒険者登録の許可が出たから王都に出てきた」


「わざわざ王都に出てきた理由は? 地方でも冒険者は出来るだろう?」


「確かにな。まあ、冒険者といえば最初は王都だってライオス師匠が言ってたけど、婆ちゃんの考えはおそらく違う」


 さっきまでは王都でやるのが当然だと思っていた。

 依頼も多いしベテランから新人に至るまで、多種多様の冒険者がいる。

 冒険者を始めるには最適だろう。

 けれどルレイの行動を鑑みるに、蓮也が王都で冒険者をする利点は別にある。


「三英雄の弟子というのは、実力云々を置いてもネームバリューとして凄いだろう?」


「当然だ。私とて仲間でなければ羨望の眼差しを向けるはずだ」


「そのことを隠してもいいけれど、ライオス師匠がうっかり暴露しそうだしな。婆ちゃんも俺が三英雄の弟子ってことが知れ渡る前提で考えたはずだ。その時に地方で何の特徴もないパーティに所属していたら、どうなると思う?」


「どうなるも何も、色々と面倒事に巻き込まれるだろう。地方の領主はレンヤを抱え込みたいだろうし、他の冒険者パーティもどうにか引き抜きたいと考え――」


 と、そこでフロストも蓮也が言いたいことに気付いた。


「だからルレイ様は私にレンヤを紹介してくださったのか」


「おそらくな。婆ちゃんが最初からフロストのパーティに入れる動きをしたから、逆算して考えたらそうなる」


 ルレイはおそらく蓮也をフロストのパーティに入れなければ、ややこしくなると思ったのだろう。

 フロストは冒険者だが、公爵家の三男坊であることに変わりない。

 もちろん冒険者活動に貴族であることは何の意味も持たないが、フロストのパーティに蓮也がいることは一つの意味を持つ。


「マグス公爵家が後ろ盾となっている。これでフロストが言った面倒事の大半は回避できるはずだ」


 蓮也はそう言って、大きく息を吐いた。


「というより婆ちゃんがあんな風に動くまで、まったく気付いてなかった」


「それは仕方ない。ルレイ様は老練な〝賢者〟であるからして、私達より二歩も三歩も先を見据えているのだろう」


 むしろルレイの行動に何かしらの意図があると気付いたことを賞賛すべきだ。


「とりあえず俺の事情はこういったものだが、フロストはどうして冒険者になったんだ? 貴族でも冒険者になるのは、よくあることなのか?」


「よくある……とは言えないが貴族でも冒険者になる者は少なからずいるのだ。もちろん継ぐ家があったり婿入りすることも多いが、私は三男坊で家を継ぐことはない」


 マグス公爵家は長兄が継ぐことが決定している。

 長兄は優秀であり、フロストも尊敬しているので文句一つない。


「もちろん公爵家の人間であるからには婿入りするのは簡単ではあるし、貴族が剣を持つのであれば騎士を目指す人間は多い。だが私は冒険者に憧れたのだ」


 フロストは真っ直ぐに前を見る。

 その視線は本当に一直線で、だからこそ真実なのだと雄弁に語っていた。


「まあ、家族にも少しばかり驚かれた。私が現在持っているクラスは〝騎士〟だから、学園を卒業したら騎士団に入る可能性が高いと誰もが思っていただろう」


 剣を手にした公爵家の三男坊であり、持っているクラスは〝騎士〟だ。

 周囲が騎士団に入ると考えるのは必然かもしれない。


「私にも貴族としての繋がりがあるから本当に悩んだ。だが、それでも私は冒険者になると決めた。そして仲間を守る騎士になりたいと願ったのだ」


 と、そこでフロストは不意に困ったような笑みを浮かべた。


「……やはり変だろうか?」


「いや、俺はそういうの好きだよ。素直に格好いいと思う」


 蓮也は即答した。

 当時は悩むことも多かったのだろう。

 けれど、それでも決断したことを変だと言えるわけがない。


「だけどクラスを俺に教えてよかったのか? 仲間だろうと普通は自分に出来ることをある程度、伝えるだけでクラスは明かさないと聞いていたんだが……」


 冒険者としての常識を叩き込まれた中で、冒険者はクラスを明かさない……という暗黙の了解があった。

 クラスによる差別を撤廃するためとも、高位なクラスを持つ人間の無理な引き抜きを抑制するためとも言われている。

 だからフロストが自身のクラスを蓮也に告げたことは、冒険者として驚くべきことだった。


「いや、これは単純に理解を深めて欲しいが故に伝えたことだ。レンヤが明かす必要はない」


 当然、他の冒険者に言うような馬鹿はしていない。

 仲間となる蓮也にだからこそ告げたこと。

 それがフロストの在り方なのだろうと思えば、蓮也が言えることはない。


 二人はそのまま何気ない会話をしながら歩き、城下の大通りに出た。

 そして周囲の建物よりも一際、大きい建物の中に入っていく。


「ここがルフェス王国の王都にあるギルドだ。随分と大きな建物だろう?」


「そうだな。それに……少しばかりイメージと違った」


 ちょっと汚れていて、騒がしい。

 蓮也が抱くギルドのイメージはそんなものだ。

 けれど建物の中は綺麗で、汚れている部分はまったくない。

 併設されている酒場に目を向けても、昼間から飲んだくれが騒いでいそうなものだが、そういった輩もいない。

 けれど周囲には武器を持っている人間がたくさんいて、ここがギルドなのだという感想は少しも薄れていない。


「レンヤ、登録受付の窓口はこっちになる」


「ああ、分かった」


 フロストに連れられて、蓮也は移動する。

 冒険者登録、パーティ登録に必要な書類に記入し、受付に並び、担当者から問題ないと判断されれば冒険者のギルドカードが発行される。

 蓮也はフロストの手助けもあり、何一つ問題なくスムーズに終わったので一時間後にはギルドカードを手にしていた。

 あっさりと手にしたが、それでも蓮也は自身のカードをまじまじと見る。


「これで俺も冒険者になったのか」


 記載されているのは名前と、冒険者としての個人ランク。

 そして所属しているパーティ名と、パーティとしてのランクだ。


「冒険者としての……第一歩になるんだな」


 再度、呟いてから蓮也は思わずニヤついてしまった。

 自分自身でも理解できないぐらい、喜んでしまっている。

 この世界に召喚されて一年が経つというのに、それでもファンタジーの世界の第一歩を踏み込んだ実感に頬が緩んで仕方ない。

 フロストも蓮也の気持ちが分かるのか、喜びを分かち合うように笑みを浮かべてから右手を差し出す。


「冒険者パーティ『レグルス』へようこそ」


 告げられた言葉に、蓮也は強く頷いてフロストの右手を取った握手を交わした。





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