第5話 一年後、始動する





 そしてルレイの宣言から一年後。

 十七歳となった蓮也は、ルフェス王国の王都にいた。


「荷物の片付けは、これで一通り終わったな」


 身長も少し伸びて、百七十センチをやっと超えた。

 体つきも引き締まり、全体的に筋肉が付いた。

 まだまだ細身ではあるが、腰に据えている剣を用いて戦闘を行うには十分だろう。


「ほら、レン坊。そろそろ出るよ」


 ルレイが蓮也のいる場所にやって来て声を掛ける。

 ちょうど今は、王都に借りた部屋の準備が終わったところだ。

 蓮也は自分がいる個室から出て、部屋全体を見渡す。

 キッチンもあれば、浴室もある。

 さらには蓮也が使う以外の個室も四つ付いている。


「……婆ちゃん。やっぱり一人暮らしで、この部屋は絶対にでかいから」


 蓮也は三英雄から許可を得られたので、今日からルフェス王国の王都で暮らしていく。

 つまりは一人暮らしが始まるわけだが、明らかに借りた部屋が大きい。

 個室と称した場所だって、本来であれば部屋と呼べるほど十分な大きさを誇る。


「何を言ってるんだい。私だって時々は泊まるんだから、ちょうどいいんだよ」


 そう、蓮也が住む場所を決めたのはルレイだ。

 馴染みの商人と話し合い、幾つも下見をして、格安で借りられるここに決めたらしいのだが……。

 明らかにこれから冒険者を始める人間が住むような場所じゃない。

 建物自体もセキュリティー対策として幾つもの魔法が掛けられているし、ついでに衛兵のような人が出入り口に二十四時間体制で二人立っている。

 むしろ地方から出てきた貴族が泊まりそうな場所だ。


「ちょうどいいっていうのは、どういうことだ?」


「レン坊にとってはただの婆ちゃんだけれど、一応は三英雄だからね。王都で泊まるなら、それなりの場所じゃないと駄目なんだよ」


 話しながら二人は部屋を出る。

 そして衛兵に軽く挨拶しながら、貴族の邸宅が並ぶ場所に歩いていく。


「これから貴族様に会うんだよな?」


「古くから知り合いのところだよ。レン坊と近い世代の子供が冒険者登録したみたいだから、顔合わせしておこうと思ってね」


 豪勢な住宅が並ぶ最中、一際大きな邸宅のところでルレイが足を止める。

 まさか、と思いながらも蓮也は訊いた。


「……本当にここで合ってるのか?」


「何を驚いてるんだい。貴族様の――公爵家の邸宅ともなれば、こんなもんだよ」


 あまりにも普通な様子でルレイが告げる。

 けれど蓮也としては王都に来て数時間で、いきなり貴族の頂点がいる場所に連れて行かないで欲しい。

 ルレイは一切の気負いなく門番に声を掛ける。

 名前も顔も割れているのか、すぐに邸宅の中に案内された。

 そこで蓮也は珍しく目を丸くする。


「俺のイメージした貴族の邸宅が、本当に実在するとは……」


 煌びやかな内装に、豪華な装飾。

 まさしく貴族の家といった感じで、だからこそ驚きを隠せない。

 蓮也とルレイが応接室に案内されると、間を置かずして一人の男性が入ってきた。

 年齢はおそらく四十代だろう。


「お久しぶりです、ルレイ様」


「久しぶりだね、ビスク。お前のところの三男坊が冒険者になったと聞いて、会いに来たんだよ」


 どうやら当主自ら挨拶に来たらしい。

 というより一介の冒険者が公爵に対して平然と話していていることが、ルレイの凄まじさを物語っている。

 三英雄というのは、それほどの立場らしい。


「フロストは今、呼び出しています。すぐにでも来ることでしょう」


 そう言った公爵はちらりと蓮也に視線を送る。


「こちらが手紙に記載されていたルレイ様の秘蔵っ子でしょうか?」


「そうだよ。レン坊、挨拶を」


 ルレイに促されて、蓮也は少しだけ緊張した。

 頭の中で、この一年で学んだ常識を思い返す。


 ――確か簡略的な挨拶は左手を胸に当てて頭を下げる、だったな。


 蓮也は一年間、ただただ訓練をしていただけではない。

 常識を覚えられる本など、並行して勉強もしていた。

 実戦するのは初めてなので、慌てずに手順通り挨拶する。


「レンヤ・カザミと申します。この度は公爵様、そしてご子息とのご縁を繋ぐ機会をいただき、ありがとうございます」


 儀礼的な場でなければ、これで問題ないはずだ。

 言い終えてから蓮也は顔を上げる。

 すると驚きの表情を浮かべた公爵がそこにいた。


「何か粗相をしてしまったでしょうか……?」


「……いや、随分と礼儀正しいので驚きました。ルレイ様の秘蔵っ子ですので、てっきり同じような方かと」


「それは、あれかい? 私は柄が悪いとでも言うつもりかい?」


「少なくとも礼儀を気にするような方ではないでしょう、ルレイ様は」


「違いないね」


 ルレイと公爵が顔を見合わせて、くつくつと笑う。


「そういえばビスクに伝え忘れていることがあったんだよ」


「ほう、それは何でしょうか?」


「確かにレン坊は私の秘蔵っ子だ。けれど正確に言うのなら――」


 ニヤリ、と。

 まるで種明かしをするようにルレイは告げる。


「――レン坊はライオスとミカド、そして私の弟子だよ」


 瞬間、公爵の息が止まったかのように静寂が訪れた。

 ルレイはさらに言葉を続ける。


「間違えて欲しくないのは、正しく三人の弟子だということ」


 特定の誰かではない。

 間違いなく三人が三人とも、蓮也のことを弟子だと認めている。


「だからこそ最初に付き合う相手は選びたいじゃないか。違うかい?」


 ルレイの問い掛けに、公爵は深呼吸をしてから表情を和らげる。


「……これは驚かせてくれますね。今まで弟子を取っていなかった皆様が彼を弟子にするなんて」


「だろうね。私だって一年前までは思っていなかったさ」


 蓮也と出会わなければ。

 ルレイとて弟子など存在しなかっただろう。


「それで最初の相手にフロストを選んでもらえるとは光栄です、ルレイ様」


「むしろ感謝したいのはこっちだよ、ビスク」


 と、和やかな空気が流れている時だった。

 応接室の扉がノックされ、一人の青年が入ってきた。

 栗色の短髪に蓮也よりも十センチは高いだろう身長。

 真っ直ぐに見据えられた視線は、威圧よりも誠実さを抱かされる。

 年齢としては……おそらくは蓮也よりも二つか三つ、上といったところだ。

 ルレイは入ってきた青年に目を細める。


「大きくなったじゃないか、フロスト。三年前とは比べものにならないくらい、顔つきも精悍になって見違えたよ」


「ありがとうございます、ルレイ様。学園での実演演習を見せていただいた以来の再会、心より嬉しく思います」


 手を差し出したルレイに、フロストと呼ばれた青年は両手で握り返した。


「冒険者登録したんだってね。パーティメンバーは、どうなってるんだい?」


「フィノという女性と組み、二人でやっています。今は小さな依頼しか出来ませんが、誠実にこなしているつもりです」


「そうかい。頑張ってるんだね」


「はい。いずれはルレイ様のような三英雄に並びたいと、そう思っております」


 憧れの存在なのだろう。

 嬉しそうに報告をするフロスト。

 一方のルレイは状況を聞いて、ある提案をフロストに出した。


「だとしたら、うちのレン坊をパーティに加えるのはどうだい?」


 その提案に心底、驚いたのは蓮也だ。

 あまり表情に出ない性質ではあるが、それでも慌ててルレイを見てしまう。

 駆け出し冒険者との顔合わせが、どうしてこうなっているのだろうか。


「レン坊、というのは隣の方でしょうか?」


「ああ、レンヤ・カザミと言ってね。私が面倒を見てるんだ」


「ご紹介していただけたのですから、実力的にも問題ない。そう考えてよろしいのですよね?」


「紛うことなき三英雄の弟子だ。フロストに損はさせないさ」


 ルレイの断言にフロストは少し考える仕草を見せる。

 だがすぐに結論を出したようで、ルレイから手を離すと蓮也に差し出した。


「フロスト・マグスだ。よろしく頼みたい」


 開いた口が塞がらない、というのは今の状況を言うのだろう。

 実際に口が開いているわけではないが、蓮也の心境としてはそうだ。


「ば、婆ちゃん! 無理矢理になってないか!?」


「何を言ってるんだい。レン坊は信用できる相手が早速見つかったことに、喜べばいいんだよ。私だってフロストのパーティなら安心できるってもんさ」


「そうじゃない! 彼のご迷惑になるんじゃないかと言いたいだけだ!」


「レン坊だったら大丈夫だよ。それにフロストのほうが、今のやり取りで気に入ってくれたみたいだ」


 ほら、とフロストを見るように促すルレイ。

 手を差し出したままのフロストは、確かに納得したような仕草を見せている。


「随分と真面目なようで、そのような人物が仲間になるのは私としても助かるのだ」


「……その、フロスト様。婆ちゃん……ルレイ様が申し訳ないことを」


「いや、問題ない。むしろ仲間に入ってもらうことは、こちらからお願いしたい」


 再度、突き出すように向けられた手を蓮也は恐る恐る握る。


「それと普段通りに話してもらったほうがいい。余計な垣根は邪魔だと私は思っているのだ」


 貴族という括りではなく冒険者としての仲間。

 だからこそ余計なことは不必要だと言わんばかりのフロストに、蓮也は僅かに頬を緩める。


「ありがとう、フロスト」


 蓮也が納得して普段通りの言葉遣いになったところで、ルレイが声を掛ける。


「レン坊はまだ冒険者登録をしていないんだよ。だからフロストが教えてくれると助かるんだが、どうだい?」


「分かりました。同時にパーティ登録もしますので、ちょうどいいと思います」


 スムーズに話が纏まるが、蓮也はルレイのことを半目で見る。


「……婆ちゃん。最初からフロストのパーティに入れることを目論んでたから、冒険者登録を後回しにしたんだな?」


「私が連れて行っても、面倒になりそうだからね。それに冒険者登録もパーティ登録も、一度に済ませたほうが楽だろう?」


「それはそうかもしれないが、言ってくれてもいいはずだ」


「こういうことは、黙ってやったほうが面白いんだよ」


 くすくすと笑うルレイに、蓮也は仕方なさそうに肩を竦めた。


「さて、と。私はビスクと話し合うことがあるから、レン坊とはここでお別れだよ」


 ルレイは蓮也に近付くと、両腕をポンポンと叩いた。

 ずっと一緒に住んでいたが、今日からは違う。


「ライオスとミカドはどうでもいい。けれど私は一ヶ月に一度以上……いや、二週間に一度は会いに来るよ。いいね?」


「大丈夫だ。婆ちゃんに会わないと寂しいからな」


「それと恋人をさっさと見つけなかったら、政略結婚させるからね」


「……恋人を見つけるとか非常に難しいことを言わないでくれ」


 困ったような表情を見せる蓮也に、ルレイは優しい眼差しを送る。

 この一年間で濃密な時間を過したからこそ得た関係だ。


「レン坊は私にとって自慢の孫だよ。冒険者生活、自信を持っておやり」


 そう言って孫の身体を反転させたルレイは、背を軽く押した。


「それじゃ、行ってきな」


 絶対の自信を持って送り出した祖母に、蓮也は振り返ることはしない。

 軽く手を挙げて応える。


「行ってきます」





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