第4話 事前準備は万端に





 それから二日後。

 体調が万全になったので、ついに蓮也が冒険者になるための訓練が始まる。

 パーティハウスの裏は鍛錬用に広場となっており、そこに蓮也と三英雄がいた。

 最初はライオスが指導するらしく、蓮也をちょいちょいと呼び寄せる。


「まずは俺の唯一の技を見せてやる」


 そう言って右手で剣を抜いたライオスは、そのまま剣を右脇に収める。

 すると剣が段々と薄らと白い光を纏っていき、


「――破斬っ!!」


 ライオスの叫び声と共に、空へ向けて振り抜かれた剣から巨大な斬撃が飛び出した。

 斬撃は凄まじい速度で空へと伸びていき、雲を切り裂いて遙か彼方へ消えていく。

 蓮也はどれ一つとして理解できない状況に、思わず呟いてしまう。


「……これは人間が出来ることなのか?」


 それとも、今のようなことを出来る人間が大量にいる世界なのだろうか。

 蓮也個人の考えでは常識外れだが、どうだろう。


「さすがにこれは、オレぐらいしか出来ねえよ。目一杯、加減はしたけどな」


 ライオスが笑って告げるものの、蓮也としては加減してあれか……と戦慄を覚える他ない。


「まあ、いずれはレンヤも出来るかもしれねえから見せたわけだ」


「出来る気はまったくしないけれど、こういった世界だと一発で理解出来た」


 答えに満足したのか、ライオスは剣を収めると木剣を蓮也に投げ渡して構える。


「あれやこれやと言うのは性に合わねえ。戦って感じ取れ」


 冒険者は戦うことも多いからな、と。

 それだけ言って殴りかかってきた。


「――っ!?」


 蓮也は反射的に木剣を構えて対応しようとするが、戦闘に慣れ親しんだ者とそうではない者がどれだけ加減されていたとしても、間に合うわけがない。

 案の定、一撃も止められず拳を何発も入れられた蓮也はライオスに殴り倒された。


「……冒険者はやっぱり、戦闘出来ないと駄目か」


 蓮也が呟きながらも起き上がろうとする。

 年齢からすれば、すでに全盛期は過ぎているはず。

 なのに赤子の手を捻るが如く、簡単にやられてしまった。

 これが〝闘神〟のクラス、三英雄の実力の一端かと思うと納得せざるを得ない。


「大丈夫かい、レン坊? まったく、これだから肉体言語の奴は困るんだよ」


 ルレイが近寄って、蓮也に右手を翳す。

 同時、地面が光ってルレイの手からも輝きが生まれた。

 おそらく地面で光っているのは魔法陣なのだろうな、と蓮也が思っていると痛みが急激に引く。

 ほんの数秒でライオスにやられた痛みがなくなっていることに驚き、そしてそれが出来るルレイにも驚きの視線を向ける。


「ああ、レン坊には言ってなかったね。私のクラスは〝賢者〟だよ」


「それは魔法が凄いってことでいいのか?」


「最高峰だと考えてもらっていいよ」


 やはり三英雄と呼ばれているだけはある、と蓮也は納得してしまう。

 ライオスは〝闘神〟でミカドは〝剣聖〟。

 そしてルレイは〝賢者〟だ。

 名前からして凄そうで、事実として凄いのだろう。

 ついでに言えば、魔法の効果を目の当たりにした衝撃も凄い。


「それにしても、あれだね。レン坊はあまり表情が変わらないけれど、目が口ほどに物を言ってるよ」


「気付かれたことはないんだが……」


「洞察力が優れているのも、優秀な冒険者の必須条件だからね」


 とはいえ蓮也は決して鉄仮面というわけではないし、無表情というわけでもない。

 少々の変化はあるが、それに気付こうとしない人間が周囲に多すぎただけだ。


「それじゃ、頑張りな。次はもうちょっとやれるだろう?」


「やるだけやってみる」


 立ち上がった蓮也は木剣を握りしめて動き出す。

 そして何度も何度もライオスにやられた。



 次いで教えることになったのはミカド。

 剣の握り方から素振り、足の基本的な動かし方を教えてから……結局は実戦練習。

 しかしライオスと違うのは、即座にぶっ飛ばすことをしなかった。


「戦闘とは即ち、恐怖心の飼い慣らし方が大事なのです」


 剣を振るいながら、蓮也に戦闘で大切なことを教えていく。


「過ぎた恐怖を持てば、勝利を得ることはありません。ですが恐怖を抱かなくなれば、そこには死が待つのみです」


 腰が退ければ剣は届かず、踏み込みすぎれば防げず死に直結する。

 大切なのは匙加減だとミカドは告げた。

 蓮也としては最初がライオスだったので、あまりにも真っ当な訓練に安心しかけたのだが、


「私は剣技を教えながら、死なずに済む限界の踏み込み方を教えてあげましょう」


 同時、凄まじい威圧感がミカドから放たれる。

 殺気だの気配だの分かる人は凄いと蓮也は今まで思っていたが、目の前のミカドから放たれているのは間違いなく殺気だと断言できる。

 さらに首の皮一枚で木剣が見えない速度で振り抜かれるので、それが嫌というほどに恐怖心を煽る。

 というか怖すぎて足が震えそうなところを、かろうじて踏ん張っていることにミカドから感心された。

 なので蓮也の結論としては、ぶっ飛ばされるだけのライオスよりもミカドの鍛錬のほうが圧倒的にヤバかった。



 そして最後のルレイは、初日ということで簡単な講義だった。


「魔法というのは、本当に様々なものがある。大抵の魔法は火、土、風、水といった基本方向となる四属性から細分化されているんだ」


 ルレイは言いながら、小さな水に火、石、さらには可視化した風を蓮也に見せる。

 次いで氷と、それに雷を纏わせてみせる。


「氷だったり、雷だったり、こういうのは細分化された属性だ。まあ、要するに魔法っていうのは色々出来ると思えばいいさ」


「こういうのは得意、不得意があったりするのか?」


「その通りだよ、レン坊。ほぼ全ての魔法使いに得意、不得意がある」


 ほぼ全てと言ったが、その例外となっているのが目の前にいるルレイだろう。


「だから魔法使いのクラスは、得意属性の名が一緒に付いていることがほとんどだ。例えば〝火の魔法使い〟とか〝水の魔法使い〟といったようにね。幾つか得意なものがあれば〝風・氷の魔法使い〟になる。もちろん魔法を用いた剣士なんかでは〝火の剣士〟みたいなクラスもあるよ」


 そして水属性の魔法は苦手なのに、そこから細分化された氷属性の魔法が得意になることもあるらしい。

 ルレイにとっては、それが魔法の面白いところらしい。


「魔法は詠唱により魔法陣を形成して姿を成すもの。もちろん相応の実力があれば詠唱を破棄することも可能だけれど、必然と威力は落ちる。これが基本だ」


 こういった部分は、蓮也が慣れ親しんだファンタジーに近い。

 理解し易かったので素直に頷く。


「レン坊に最初、覚えて貰うのは無属性と呼ばれる魔法だよ」


「……無属性? そういえばさっき、見せてくれた中にそれっぽい魔法がなかったな」


「その通りだよ。無属性の魔法っていうのは身体強化や魔力障壁、結界魔法や封印魔法みたいなものが無属性だから、単に見せたところで意味分からないだろう?」


「まあ、気付く可能性は低かったと思う」


 目に見えて分からなければ、理解するのは難しいだろう。

 魔法のことを何も知らないとなれば尚更だ。


「身体強化や魔力障壁は戦闘を行う人間にとって、ほぼ必須の魔法だ。基本中の基本と言ってもいい」


「……ん? 身体強化の意味はそのままだと思うんだが、魔力障壁というのは?」


「自身が持っている魔力を扱って障壁にすることだ。もちろん結界魔法や防御魔法の方が凄いけれど、誰もが出来る基本的な守り方といえば魔力障壁だよ。前衛で守備を担っている奴なんかは、魔力障壁を強固に保ったまま身体の倍以上に広げることも出来る」


 魔法だろうと物理だろうとダメージをある程度は軽減してくれる、とのこと。

 ちなみに先ほどのライオスとミカドは、二人とも身体強化をしていなかった。

 要するに素の状態で馬鹿げた強さを誇っているので、そこから身体強化をすれば当然の如く実力は跳ね上がる。

 それを教えられた蓮也は渇いた笑いしか出てこない。


「得意属性については今後次第だよ。魔法に適正があるのなら、詠唱も覚えなきゃならない」


 さらには教えるべきことだって、何も戦闘だけではない。


「この世界の常識も知らないといけないし、レン坊がクラスを何も持っていない理由も探っていかないとね。やることはたくさんあるよ」


 ルレイは蓮也を応援するように、肩をポンポンと叩く。

 そしてライオスとミカドに、蓮也を教えた感想を尋ねる。


「それでレン坊は、どうにかなりそうかい?」


「新人冒険者レベルだけどな、何もやってなかった奴にしては見所ありだ」


「個人的に筋は良いと思っています。あとは経験ですね」


「覚えさせることがたくさんあって、私も腕が鳴るよ」


 要するに努力次第では、何とかなると言ってくれているのだろう。

 蓮也はそんな三人に向かって、丁寧に頭を下げる。


「これからよろしくお願いします」


 完全に甘えっぱなしの状態だ。

 だから教えてもらうことに対して、この程度だと妥協することは絶対にしない。

 その決意を表明するため、蓮也は頭を下げた。

 三人は別の世界から来たばかりの少年が、頭を下げたことに破顔すると、


「まずは一年、みっちり扱くことにしようかね」


 蓮也の保護者となったルレイが代表して、楽しそうに宣言した。





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