第2話 冒険に憧れるのは当然のこと





 三人は蓮也を抱えると、二時間ほど歩いてから蓮也を家に連れ込んだ。

 そこでおかゆのようなものを蓮也は食べさせられ、ゆっくり養生させられる。

 翌日、落ち着きを取り戻したところで、あらためて三人と話す場を設けられた。

 服も汚れた制服ではなく、平民が着ているような落ち着いたものを蓮也は貸してもらい着ている。


「この度は助けていただき、ありがとうございます」


「昨日みたいに話して構わねえぞ。面倒だからな」


「そうですね。気を遣わなくて大丈夫ですよ」


 大柄な男が面倒だとばかりに手を振って、丁寧に話すことが同意する。

 かなり年齢差があるのだが、未だ状況をしっかり把握出来ていない蓮也にとっては助かることだった。


「……ありがとう」


「おうよ。まずは自己紹介といくか」


 大柄な男は胸を張り、他の二人に目を配ってから蓮也に教える。


「俺達は冒険者パーティ『アブソリュート』だ。俺はリーダーのライオス・マグル」


「ミカド・トジスです」


「ルレイ・フェイニだよ、坊や」


 大柄な男性はライオス・マグルで、細身の男性はミカド・トジス。

 そして唯一の女性はルレイ・フェイニ。

 蓮也は助けてくれた恩人の名前を頭に刻み込む。


「これでもかなり有名な冒険者なんだぞ」


 ニカッと笑ったライオスに、蓮也は頷きを返す。

 冒険者というのも、おそらく職業のはずだ。

 まだ詳しいことは分からないが、まず確認したいことがある。


「三人とも名が先で、家名が後ろ……ということでいいのか?」


「そうだけど、それがどうしたんだい?」


 ルレイが聞き返すと、蓮也も彼らに倣って答える。


「この世界に則って名乗ると、レンヤ・カザミだ」


 伝え方には色々とあるだろうが、これが一番良い名乗り方だろう。

 手っ取り早く名乗れて、尚且つ話の取っ掛かりを作れる名乗り方。


「……ふむ。事情がありそうだね」


 蓮也が思った通り、ルレイが疑問を抱く。

 そのまま自己紹介から質問の流れに移った。


「この世界……というのは、どういう意味だい?」


「言葉そのままだ。俺が今まで生きてきた世界はフェリシアじゃない」


 そして蓮也は説明を始める。

 自分が今、どういった状況なのかを。


「総勢二十五名。別の世界で俺と同じ場所にいた奴らが、ディリル王国の〝勇者〟として喚び出された。俺はその中で一人だけ〝勇者〟どころか何のクラスも持ってなかったから、そのまま捨てられたんだ」


 だからディリル王国から逃げようとしていた、と蓮也は付け加える。


「そして俺が知っているのは、これだけだ。この世界がフェリシアと呼ばれていて、喚び出した国がディリル王国。他のことは何も知らない」


 だから、あのまま留まることは不味いと判断した。

 誰かに色々と訊きたいことはあったが、それが誰に伝わるかも分からない。

 なので他国へ行きそうな人間に付いていき、ディリル王国から脱出するために歩き続けていた。

 馬車や人の動きが同じ方向にずっと向かっていた上、道も大きかったので迷うことがなかったのも幸いだった。


「……ルレイ。別の世界の人間を引っ張り込む魔法があったはずだな」


 ライオスが蓮也の話を聞いて、ルレイに確認を取る。

 ルレイは訊かれたことに対して頷きを返した。


「別の世界の人間を無理矢理に喚び出すんだよ。ただ、人道的に駄目だということで今は禁止されているものだ」


 恩恵はあったところで、相手の意思を無視したもの。

 世界が統一して禁止指定している魔法だ。


「だというのに、国王がそれを行ったのですね」


 嘆かわしい、と言わんばかりにミカドが首を振った。

 ライオスも嘆息しながら、


「そういや魔王に喧嘩売ってたな、あの馬鹿国王は」


「戦力を得る最善の措置で、仕方なかったと言うつもりだろうね」


「情けないことです。魔王が大人の対応をしていなければ、今頃は全面戦争状態か……もしくはすでに終結して完敗していたでしょうね」


 三人とも残念すぎると思ったことを隠しもしない。

 蓮也は会話の中から、あの国王がやっぱり酷かったこと。

 ついでに魔王が敵ではない……ぐらいは察することが出来た。

 すると三人の視線は意識を切り替えるように蓮也へ向いた。


「それにしてもクラスを何も持っていない、というのは解せませんね」


 ミカドは不思議そうに首を傾げる。


「おい、ルレイ。そういうことってあるのか?」


「どうだろうね。私は出会ったことはないし、ライオスもミカドも同じだろう?」


 二人ともルレイに首肯を返す。

 蓮也も三人の会話を聞いて、納得する仕草をした。


「やっぱりそうじゃないかと思ってたけど、俺みたいにクラスを持ってない奴はこの世界にいないんだな」


「ああ、そうだよ坊や。クラスを持ってない人間なんて、私達は見たことがない」


 ルレイはそう言いながら、納得できないように眉をひそめた。


「坊やは頭が悪いわけじゃない。国王に追放されてからも、思考を止めずに最善と思う行動をしていた。それに三日三晩歩き続けられたんだから、運動神経だって悪いものじゃないだろう?」


「自分では普通より上だと思ってた。もちろん向こうの世界での話だけど」


「だとしたらミカドが言った通り、解せないね。クラスっていうのは、あくまで向き不向きの指針と能力の下限を表しているだけなんだから」


 と、ここで奇妙なことを言われた。

 蓮也が抱いていたイメージとは、少しばかり違うからだ。


「クラスっていうのは、生まれた時に決められるものじゃないのか?」


「いいや、違う。坊やに分かりやすく伝えると、クラスというのは一生そのまま……というわけじゃないんだよ。興味や努力の方向によって、名を変えてしまうんだ」


 ルレイが説明すれど、蓮也は少しばかり要領を得ない。

 するとミカドが説明を付け加えた。


「一例として出すと、私が現在持っているクラスは〝剣聖〟です」


 どうにもこうにも強そうなクラスなのだが、まだツッコミを入れる場面じゃないので蓮也は先を促す。


「現在と言ったのですから、昔は違います。私が持っていた最初のクラスは〝剣士〟でした」


 淡々と、それでも分かりやすくミカドは蓮也に伝える。


「努力を重ねて、今の〝剣聖〟に至ったわけです」


 自身の成長によってクラスは変わる。

 本人の意思によっても変わっていく。


「そしてもう一つ、もっと分かりやすい例を出しましょう」


 ミカドは隣に座っているライオスの肩を叩く。


「ライオスのクラスは〝闘神〟です。しかし彼が最初に持っていたクラスは〝商人〟なんですよ」


「……えっ?」


 大柄で、ごつい身体をしているのに……商人。

 似合わなすぎると蓮也が思ったことに、三人も分かったのだろう。

 小さく笑みを零した。


「ライオスは〝商人〟が気に入らなかったので、冒険者となり魔物討伐といった依頼をこなし、戦いに明け暮れていくうちに、ライオスのクラスは〝商人〟から〝闘士〟に変わりました」


 ミカドは落ち着いた声音で蓮也にクラスというものが、何なのかを教える。


「つまりクラスというものは、絶対的なものではありません。あくまで現時点における向き不向きを教えてくれる指針であり、同時に技術や能力に対する最低限の保障なのです」


 クラスは自分次第で呼び名を変えていく。

 同じ方向の先にあるクラスへ。

 時には全く別の方向にあるクラスにも変わっていく。


「坊や、ちょっといいかい?」


 ルレイも気になることがあるのか、席を立って蓮也に近付く。

 そして右手を取って何かを確認するように目を瞑った。


「……やっぱりだ。別の世界から召喚されただけあって魔力も多いし、磨けば私を超えるかもしれないね」


 召喚特典――要するにチートみたいなものは蓮也の身にもあるらしい。

 魔法があるのだから魔力もあって当然なのだが、これで自分だけ魔力も何もないのなら厳しかった。

 ほっとした蓮也だが、ルレイは余計に眉を顰める。


「不思議なもんだよ。これで何のクラスも持ってないのは」


 勇者ではないとしても、他のクラスすらないのは明らかにおかしい。

 むしろ究明すべき事柄だとルレイは言う。


「というより、失格の烙印を押した国王が間抜けなだけじゃねえのか?」


「一人だけ勇者ではない。何のクラスでもない。しかし、それで失格だと判断するのは愚かだと言わざるを得ないでしょう」


「むしろ何か特殊な要素を持っている可能性を、疑うべきだと私は思うけどね。まあ、あの国王にそこまで期待するのは野暮ってもんだよ」


 ライオス、ミカド、ルレイの順にディリル王国の国王をボロクソに言う。

 蓮也としては同意しか出来ないので、顔を見合わせると思わず笑ってしまった。


「さて、笑ったところで坊やに質問だ」


 ルレイは蓮也の右手を置くと、椅子に戻りながら尋ねた。


「坊やは、これからどう生きたいんだい?」


 蓮也が生きたいと言ったから、今はここにいる。

 体力も回復し、多少は状況も分かった。

 だとしたら今後、どのように生きるのかを決めるべきだろう。


「……それを言う前に一つ、質問したいことがある」


 この世界は蓮也にとってファンタジー同然の場所だ。

 それを知ったからこそ訊きたいことがあった。


「冒険者というのは、どういう職業なんだ?」


「人によって様々だよ。各国を巡り歩いて未踏を切り拓く者もいれば、魔物退治を専門とする者もいる。いずれにせよ、ギルドにある依頼をこなす者……というのが大枠の考えだね」


「……やっぱり。そういう世界なんだな」


 魔法がある、魔物がいる、ギルドがあって冒険者がいる。

 ゲームや小説、漫画でしかないような世界に今、自分は立っている。


「この世界は、俺にとっては幻想みたいなもので……」


 まるで現実味がない世界だ。

 いや、夢の中にいる……と言っていいのかもしれない。

 だから、


「冒険者というものに憧れる気持ちは捨てきれない」


 ファンタジーな世界にいる。

 今まで出来ないことが出来る世界にいる。

 これでも一般的な青少年なので、そういったものに憧れるのは当然だ。


「もちろんゆったりのんびり生きたいけど、やっぱり俺も男だからな」


 死ぬほど頑張りたいわけじゃない。

 英雄になれると自惚れるつもりもないけれど、


「もし願っていいのなら、冒険者としての生き方を教えて欲しい」


 少しぐらい、挑戦をしたっていいだろう。

 今の自分は何をしても良い状況なんだから。

 そしてライオスとミカド、ルレイの三人は蓮也の言葉に顔を見合わせると、同時に吹き出した。


「出会った時から意志の強そうなところは気に入ってたが、やっぱり面白い坊主だったな」


「それに絶体絶命の状況から諦めず、考えて生きようとする。だからこそ我々と出会ったことは本当に評価すべきところです。冒険者に向いていると思いますよ」


「夢と希望を抱いて冒険者になるわけじゃないが、挑戦として冒険者になろうとするのは珍しくも悪くないね。それに坊やがクラスを持っていない理由、個人的にも調べておきたい」


 三者三様、それぞれの考えはあるが概ね悪くない反応だった。

 蓮也としても甘えている自覚はあるが、それ以上に三人と出会った縁を大切にしたいと思った。

 だからリーダーのライオスが大きく頷いて、


「坊主……いや、レンヤ。オレ達がお前が死なないように鍛えてやるよ」


 そう言ってくれたことに、蓮也は安堵の息を吐いた。





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