追放されても輝くために

結城ヒロ

第1話 追放されて、拾われる





 ある日、突然。

 思いも寄らない出来事が起こることもある。

 風見蓮也にとっては、それが一年二組の生徒全員で異世界召喚されたことだった。

 三時限目が終わり先生が教室を出て行った直後、床が脈絡なく光った。

 同時、目を開けていられないほどに輝く。

 突然のことに教室の中は驚愕でパニックを起こした生徒もいたが、蓮也とて何がどうなっているか分からない。

 床が光った意味を誰も理解しないまま、強く目を瞑った。

 少しして目蓋から光源が落ちてきた……と思ったら同時に座っている椅子の感触がいきなり消えた。

 慌てて目を開けると、視界に映ったのは先ほどとは全く違う光景。

 見ず知らずの白い大きな部屋の中に、自分達を囲むように立っているローブ姿の人々。


「おお、勇者様が大勢現れたぞ! 成功だ!」


 しかも何故か、大騒ぎしている。

 蓮也は混乱する頭で、周囲を見回す。

 呆然としているクラスメイトがほとんどだったが、ある一箇所だけ女性が妙に集まっている。

 その中心にいるのは蓮也の幼馴染みである柳光輝だ。

 彼は蓮也のもう一人の幼馴染みである佐藤詩織を左腕で抱きしめていて、右腕にクラスメイトの野上葵が縋り付いており、背後と前方には同じくクラスメイトの広田茜、田島美咲が抱きついている。

 光輝に抱きついているのは全員が全員、美少女と呼べるだろう。

 相も変わらずラブコメの主人公みたいだな、と思いつつ蓮也は立ち上がった。



 少しして、周囲が落ち着いたところでクラスメイト全員が移動させられる。

 話の内容を察するに、どうやらここは王城らしい。

 そしてこれから、謁見の間で国王と謁見するようだ。

 そのことをクラスメイトも聞き耳立てていたのか、にわかにテンションが上がっていた。


「これってあれだよな、異世界召喚ってやつ!」


「そうそう! ってことは俺達チート持って無双すんだろ!」


 確かにそういったアニメやライトノベルがある、というのは蓮也も知っている。

 読んだこともあるし、見たこともある。

 けれど自分の身に降り掛かってみると、いまいち信じるのは難しい。

 そんな簡単に物事が進むのか疑うのは当然のことだ。


 ――それに会話は通じるみたいだが、文字が読めるわけではなさそうだ。


 歩いている最中、目に映った文字らしきものに視線を送るが、どうにも読めない。

 会話可能なだけマシではあるが、不便でしかない。

 あれこれと考えてはみるものの結局は流れに逆らうことも出来ず、今のところどうにも出来ない。

 仕方なく歩いていると、幼馴染みの光輝が美少女軍団を連れて蓮也のところまでやって来た。


「どうした、光輝?」


「いや、どうしたじゃないよ。蓮也が心配で来たんだ」


 光輝が安堵させるように笑みを浮かべるが、それよりも彼に纏わり付いている美少女軍団の視線が痛い。

 愛しの光輝と一緒にいる時間に、余計な男は邪魔だと言わんばかりの雰囲気を隠そうともしていない。


「光輝が言っている通りだよ。蓮也がこっちに来てくれれば私も安心できたのに……」


 その中で唯一、もう一人の幼馴染みである詩織だけは、光輝から離れて蓮也に近寄るが……それも別に蓮也のことを心配しているのではない。

 どう考えたって当て馬にされているだけなのだから。

 詩織は昔から光輝の前で蓮也に触ったり、好意があるような言い方を蓮也にしているが、逐一光輝の反応を確認している。

 現に今だって蓮也に近寄って声を掛けながら、意識は光輝に向いている。

 これで詩織が自分に好意を向けていると、蓮也が勘違いできるわけもない。

 だというのに彼女の意図に気付いているクラスメイトの一部から、キープ君呼ばわりされていたのは蓮也もかなり堪えた。


「ちょっと蓮也、聞いてる?」


「……詩織、そう言われたって俺も動揺してたからな。光輝は詩織や野上さん達を安心させる必要もあったのに、そこに俺が加わったら大惨事になるだろう」


「蓮也もやっぱり驚いてたんだ?」


「当たり前だ。正直に言えば、未だに状況を理解しきれてない」


 理解しているほうが、どうかしている。

 けれど光輝は目を瞬かせた。


「他のクラスメイトが言ってたけど、これって異世界召喚だと思う。だからオレ達、そんな危ないことにはならないと思うんだ」


「ラノベみたいな展開を望むの俺も同じなんだが、自分の身に訪れると意外に不安があるものだな」


 まあ、そんなことを言って煽ってもしょうがないのは確かだ。

 だから蓮也も皆が希望している通りの展開になることを祈った。


 そして連れて行かれた場所で、一番高い所に座っているのが国王だろう。

 周囲の人間が頭を垂れていることからも、間違いはないはず。


「召喚に応じてくれた勇者達よ。どうかこれから、国王たる私が語ることを理解してほしい」


 おそらくは四十歳前後だとは思うが、その男は立ち上がり朗々と語り始めた。

 この世界――フェリシアには『クラス』と呼ばれるものがある、と。

 賢者、剣聖、闘神、魔法使い、暗殺者、などなど。

 最も適正のあるクラスを誰もが持っている、とのこと。

 そして異世界から召喚した者達は揃いも揃って〝勇者〟のクラスを得られる。

 もちろん勇者とはいえ方向性はあって、剣の勇者であったり弓の勇者であったりと様々。

 しかしながら〝勇者〟のクラスは総じて強い。

 だからこそ、この国――ディリル王国は自分達を召喚したらしい。


「どうか勇者の皆には未来永劫、語られるような日々が得られることを私は望んでいる。そしてどうか魔王を打ち倒して欲しい」


 国王の話を聞いていくうちに、半数以上はテンションが上がっていることに蓮也は気付いた。

 おそらくはライトノベルのような展開が実際、自身の身に起きたからだろう。

 光輝もそのうちの一人だ。


「蓮也っ! やっぱりこれってファンタジーであってるみたいだ!」


「魔法もあるみたいだし、そうかもしれないな」


 魔法使い、と言っていたのだから魔法はあるはずだ。

 もちろん蓮也も興味がないと言うと嘘になるのだが、それよりも先に尋ねたいことがあった。

 だが質疑応答の時間なく、国王の合図で三十センチほどの大きな水晶が蓮也達の前に置かれる。


「これから君達がどのような〝勇者〟であるのかを調べたい。この水晶に触れてくれれば、文字が浮かんでクラスが分かるようになっている」


 国王がそう言うと、テンションが上がっている者達から順々に並んでいく。

 どうやら水晶に触れると光って、中に文字が浮かぶようだ。

 蓮也も光輝に連れられて並ぶ。

 もちろん並び順としては光輝が先頭で、美少女軍団が途中に挟まって最後尾が蓮也だ。

 蓮也の前にいるのは詩織で、彼女は振り向いて話し掛ける。


「なんか突然、凄いことになったね」


「俺はさっきから驚きっぱなしだが、光輝なんてテンションが凄く上がってるぞ」


「そうだね。でも、こういう感じだと……やっぱり戦うためなのかな?」


「だろうな。そのために喚び出されたはずだ」


 戦いは確実にあるだろう。

 そうでなければ、召喚した理由がない。


「蓮也は私のこと、守ってくれる?」


「別に俺が守らなくても、光輝がお前のことを守ってくれる」


「そ、そうかな?」


「ああ、あいつはそういう奴だ」


 蓮也が返した言葉に、嬉しそうにはにかんだ詩織は光輝を見る。

 彼は今、水晶にちょうど触れている状態だ。

 触れた水晶に浮かんだ文字をローブ姿の男性に告げられて嬉しそうにしている。

 どうやら彼にとっては当たりのクラスだったらしい。

 次いで野上、広田、田島と水晶に触れていく。

 詩織は詩織で少し緊張した面持ちで水晶に触れると告げられたクラスに頷き、一目散に光輝のところへ向かった。

 蓮也は詩織がいなくなったことを確認すると、水晶まで歩いていく。

 そして水晶に触れた。


「…………?」


 けれど、そこで不思議なことが起こった。

 水晶は光るのだが、文字が浮かんでこない。

 他の人達が触った時は、光ってからすぐにローブ姿の男性と言葉を交わしていた。

 だというのに、どういうことだろうか。

 訝しげに蓮也が水晶とローブ姿の男性を見ると、彼も驚いているようだった。


「手を離してもう一度、触っていただけますか?」


 言われた通りに手を離して、もう一度触れる。

 しかし先ほどと同じように、文字が浮かんできたりはしない。

 ローブ姿の男性は少しだけ焦ったように、後方にいる国王へ声を掛けた。

 国王は話を聞き終えると、ほんの数秒だけ思案した後に手を振る。

 あまりよくない仕草だとは思ったが、案の定だった。

 蓮也は水晶の前からどくように指示される。


 ――これは、ちょっと不味い気がするな。


 すでに水晶を触った人達は自分が何の〝勇者〟だったのか、語り合っている。

 けれど自分だけは何も文字が浮かばなかった。

 単純に考えればクラスがない、ということだろう。

 それが一般的なのか、それとも異常なのかは分からない。

 だが国王の反応を見るに、喜ばしいことではないはずだ。

 どうしたものかと考えていると、詩織と光輝が駆け寄ってくる。


「私は〝弓の勇者〟だったんだ。まさか弓が上手いなんて驚いちゃった」


「オレは〝剣の勇者〟だったよ。蓮也はどうだった?」


「……いや、文字が浮かんでこなかった」


 言葉を返した瞬間、二人とも目を瞬かせた。

 光輝は少しだけ心配そうに、


「それ、大丈夫なのか?」


「どうだろうな。大丈夫とは言い難いと思う」


 蓮也はそう言って、国王が立っている場所を見る。

 目が合うと国王の視線も周囲の視線も、自分に対して好意的ではない。


 ――もしかすると、もしかするかもしれない。


 最悪の状況も考えて、覚悟はしておくべきだろう。

 そうしないと、色々と耐えられそうにない。

 だから蓮也は最後の一人が水晶に触れ終わるまでに、幾つもの想定をしておく。

 何が起こってもいいように。


「このように〝勇者〟が揃っていることは、私にとっても本当に心強いことだ」


 国王が最後の一人まで確認し終えると、皆に声を掛ける。

 皆、それぞれの反応を示していることに満足げな表情を国王は浮かべた。


「ただ、そこの者」


 国王の視線が急に鋭くなり、蓮也を見据える。


「悪いが〝勇者〟ではないどころか、何のクラスも持たぬ者を城へ置いておけぬ」


 まるで温かみのない、冷え切った声が響き渡った。

 それは蓮也にとって最悪の展開に近いものだ。


「……本当に、そう来たか」


 蓮也は小さく呟いて、拳を強く握りしめた。

 勝手に呼び出したのに、勝手に捨てる。

 正直に言えば、正気とは思えない沙汰だ。

 最悪はこのまま殺されることだったが、それでも想定した状況の下から二番目ぐらいには酷い。

 あまりにもおかしい、と思わないだろうか。

 蓮也がちらりと周囲を見れば、反応は多種多様だ。

 憐れみの視線が多いが、中には馬鹿にした視線もある。

 何人かはおかしい、と気付いている生徒もいた。

 しかし誰一人として言い出さない状況。


「…………」


 蓮也は最後に幼馴染み二人に視線を送る。

 光輝も詩織も憐れんでいるものの、何かを言うつもりはないらしい。

 この状況を覆すとしたら、それは蓮也以外の言葉だ。

 蓮也が何を言ったところで意味はない。

 騒いだところで何を言ったところで、使えないと判断した人間の言葉が国王に届くことはない。

 だからこそ一縷の望みを託すなら光輝と詩織、もしくは事態の異常性に気付いている数人だったのだが、あの二人は動くことすらしなかった。


 ――仕方ない、か。


 光輝と詩織とは長い時間を過ごした。

 けれど正直に言えば、蓮也は二人に付属する扱いをされてきた。

 光輝の幼馴染みといえば詩織で、詩織の幼馴染みといえば光輝。

 あと一人、幼馴染みがいたな……という扱い。

 だから蓮也にとって、二人は幼馴染みであっても親友とは言い難かった。


 構ってくるから、それに対応しているだけ。


 近付いてくる光輝と詩織の周囲を見て、光輝に集まってくる美少女達を見て、大きな問題が起こらないように気を配っていただけ。

 そんな風に思っていたのだから、親友と呼べるわけがない。


 ――だけど。


 それでも幼馴染み二人のことを、友達だとは思っていたから。

 落胆する気持ちが少しだけあったのは紛れもない事実だ。

 仕方ない、と内心でもう一度だけ呟いてから蓮也は前を向く。


「分かりました。このまま王城を出ます」


 言い切った蓮也は踵を返して扉に真っ直ぐ向かう。

 そして周囲の様子を窺うこともせず、誰に視線を向けるでもなく出て行った。



       ◇      ◇



 それが、この世界で起こったことだ。

 現在の蓮也は隣国を目指して歩いている。

 王国というからには、他にも国はあるだろうと考えたこと。

 そしてディリル王国に居続けるのは不味いと感じたからこその決断だ。

 とはいえ、すでに三日三晩を歩き続けて……今日で四日目。

 この世界の金を持っていないから食事にありつけるわけもなく、どうにか流れる川の水を飲んで飢えを凌いだ。

 一瞬、離れようと考えたことが間違えかもしれないと思ってしまう。


「……いや、やっぱりこの国にいるほうが不味い」


 勝手に呼び出しておいて、能力がなければ捨てる連中だ。

 視界に入ってしまえば殺される可能性もある。

 それに蓮也がこの先、生きていけるとは露も考えていないだろう。

 右も左も知り合いも何も分からない状態で突然、別の世界に放り出されて生き抜けるほうがどうかしている。

 つまり隣国に逃げ延びたほうが、蓮也は生きられる可能性が高いと踏んだ。


「……あいつらもファンタジーだからって、喜んでいい状況じゃないはずだが……」


 蓮也がされた仕打ちを考えれば、喜ぶだけでは済まない。

 何人かはすでに気付いているだろうが……今となってはどうでもいいことだ。


「……とにかく自分のことを考えないとな」


 雰囲気的には国境の近くには来ているはずだ。

 ならば、あと少し頑張れば隣国に行けるだろう。


「頑張らないと……」


 蓮也は限界ギリギリの体力を回復させようと、木に寄り掛かった。

 足は棒かと思うほどに重い。

 何も食べていないからか、体力の消耗も普段より酷い気がする。

 何度か手を握って開く。

 特に力を入れていないのに震えが出ているが、まだ意識的に動かせる。

 餓死もしないだろう……と思った時だった。


「よお、坊主。大丈夫か?」


 蓮也は掛けられた声に顔を上げる。

 すでに日は傾いており、逆光に目を細めると三人の人影が見えた。

 声を掛けてくれたのは先頭にいる、大柄な男。

 薄らと見える人相は、三人とも老齢だということが分かる。


「珍しい服装ですが、どこからか逃げてきたのですか?」


「どうにも事情がありそうなもんだが、怪我はないのかい?」


 次いで丁寧な言葉で話す細身の男と、心配そうに女性も蓮也に話し掛けてきた。

 だから気力を振り絞って返答する。


「怪我はないが、逃げたというより追放された。だから大丈夫とは……言い難い」


 文字は分からないし、世界観も分からない。

 何が食べられるのかも分からないし、水だって本当に大丈夫なのか心配ではある。


「そんじゃ、どうしてこんなところにいるんだ?」


 大柄な男が再度、問い掛けてくる。

 蓮也は少し考えてから、あまりにも単純な答えを伝えた。


「生きていたいと思ったから」


 隣国は少なくともディリル王国よりマシな可能性がある。

 蓮也はそれに賭けたからこそ、ここにいる。


「何もせずに死にたいとは……思わない」


 足掻くだけ足掻こう。

 これが自分の運命だと素直に認めるつもりはなかったから。

 すると大柄な男は吹き出すように笑って、背後の二人に視線を送った。

 頷きが返されると、三人揃って蓮也に手を伸ばす。


「それじゃ、助けてやるよ」


 朗らかに笑みを浮かべて、蓮也の身体を掴むと持ち上げる。

 夕日に照らされた三人の顔は皺が刻まれていて、けれどどうしてか老練さを感じさせた。



 これが、救いだった。

 風見蓮也――十六歳。

 異世界フェリシアにおいて、ようやく助かった瞬間だ。





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