第3錠 生きる意味
朝は7時半に起きる。朝食をとり、そして12時間分の抗不安薬を飲む。仕事の準備をし、職場の工場へ向かう。仕事中、不安感が襲ってきたら、頓服の抗不安薬を飲む。そして仕事が終わる頃に、再び12時間分の抗不安薬を飲む。その後、帰宅して、夕食を食べ。風呂に入り、少しのんびりした後に抗うつ薬を飲んで0時頃に寝る。これが私の日常だ。そして、毎日がこの繰り返しだ。
こんな毎日だから、何のために生きているのか分からない。やりたいことが無い訳では無いが、努力してまでやりたいとは思わない。夢中になれるものも、熱くなれるものも無い。強いて言えば、生命を維持するためと、薬を買うために生きている。
こんな人生、生きている意味があるのだろうかと毎日考える。何週間も考えた結果、1つの結論にたどり着いた。『生きる意味は無い』と。
そこで、私は死ぬ準備を始めた。さっそく私は情報収集を始めた。最も楽な死に方は何かを探し求めたのだ。見つけた答えは『首吊り』だった。次は場所を探さないといけないが、これは容易に見つかった。近所の人通りの少ない公園で決行する事にした。
決行当日深夜。私は首吊り用のロープと遺書を持って近所の公園へ向かった。公園に誰も居ないことを確認すると、遊具にロープを巻き、首吊りの準備をした。そしていよいよ、ロープに首を通そうとした時、後ろから声がした。
「あなた死ぬ気ですか?」
後ろには、真っ黒いスーツ姿で40代くらいの冷たい表情をした男が立っていた。
私は言った。
「見れば分かるだろう。邪魔しないでくれ。」
すると、男は言った。
「邪魔をするつもりはありませが・・・もし、首吊りよりも楽な死に方があると言ったらどうなさいます?」
私は興味を引かれた。そして尋ねた。
「その、首吊りよりも楽な死に方ってのはなんだい?」
すると、男はポケットから小さな錠剤を出して言った。
「これは
私は信じる事ができなかったし、この何者か分からない男を信用することもできなかった。それ故に聞いた。
「あんたいったい何者なんだ?」
男は答えた。
「私は死神です。貴方の自殺を止めたのは、苦しんで死ぬ事になる貴方を不憫に思ったからです。単なる親切ですよ。」
やはり私は信じる事ができなかった。そこでこう言った。
「それなら証拠を見せてくれ。あなたが死神だという証拠を。」
男は言った。
「解りました。」
すると男は、瞬く間にこの世のものとは思えない姿に変貌した。その姿を見て、私は腰を抜かした。そして言った。
「も、もういい。あなたが死神だということは十分に解った。もう、元の姿に戻ってくれ。」
そう言われると、男は元のスーツ姿の冷たい表情をした男に戻った。そして言った。
「これで私のことを信用してもらえたでしょう。それでは、これをどうぞ。
私は死神から錠剤を受け取り、一目散に走り去った。
次の瞬間、道路に飛び出してしまい車に撥ね飛ばされた。
空中に撥ね飛ばされた私は、時の流れが遅くなっているように感じた。
(死神の仕業でこんな目にあったのか?)
そう思って空中から死神の方向を見ると、冷たい表情をしてたはずの死神が目を見開いて驚いている。どうやら、彼にとっても完全に予想外だったみたいだ。そして次の瞬間、不思議な空間に飛ばされていた。そこには、幼少期から現在までの自分の姿があった。私は、これが走馬灯だと瞬時に理解した。そして、知りたくなった。社会のくだらない常識や、世間の目を気にする前の純粋無垢な自分は、一体何をやりたかったのか?何に熱中していたのかを。そして見つけた。12歳頃の自分が無我夢中で絵を描いてる姿を、そして、周りから馬鹿にされ、絵を描くのを止めてしまった瞬間を。
(そうか。私は絵を描くのが大好きだったんだ。)
気がつくと、病院のベッドにいた。これまでの事は、自殺する寸前に見た夢なんじゃないかと思った。しかし、手にはしっかりと死の
(あれは現実だったのか。)
ナースコールを押すと、すぐ看護師達がやってきて、ベッドで横になる私を世話してくれた。しかし、私は今、ベッドで寝ている場合では無いのだ。ずっと社会の常識や世間の目に押し潰されていた、生きる理由や、熱くなれるものに、気づかされてしまったからだ。私は今すぐにでも、絵を描き始めたかった。看護師さんに紙とペンを用意してもらい、思うがままに描き続けた。決して上手くはなかったが、描きたいものが噴水のように湧き出てきた。そして、それに伴って、死ぬ理由も無くなっていた。
そして私は、新たな問題を抱えてしまった。
「死神ぃ~出てきてくれ~。あんたに聞きたいことがあるんだー。」
自殺を試みようとしたあの時の公園で私は叫んだ。しかし、死神が姿を現す気配は無い。もう、この近辺には居ないのだろうか?私はその日から毎晩、公園で死神を待つことにした。しかし、数日、数週間、数ヶ月が経っても、死神は姿を現さなかった。
そんな死神を待ち続けているある日、夜中の公園に男がやって来た。その男は、遊具にロープを結ぶと、そのロープに首を通そうとしていた。
私は、男の後ろから声をかけた。
「あんた死ぬ気かい?」
男は答えた。
「それ以外の何に見えるって言うんだ?」
私は言った。
「そんな苦しい死に方をしなくても良いと言ったらどうする?」
男は少しムッとした様子で答えた
「そりゃあ、そっちの方を選ぶに決まってんだろ。」
私は右手を差し出してこう言った。
「それなら、これをあげよう。これは
そう言って、男に
「あんたいったい何者だい?」
私はニヤリと笑ってこう言った。
「ただの死神さ。」
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