第一章2
「…………、ごめん。もう一回言ってもらっていい?」
「いや。だから、彼女。恋人って意味。僕と天ヶ瀬が付き合ってるっていうこと」
「………………………………………………………………………………頭、大丈夫?」
「そのリアクションは大丈夫じゃない……」
拭い去るどころか、より強い怪しさで塗り潰してしまった模様です。
本当に心配そうなイントネーションで言われてしまった。
それがいちばんつらい……。
いや。いやまあ確かに、与那城のリアクションに反論できた義理もない。
でも事実は事実なのだから、仕方ないとしか言いようがなくて。
「え、ごめん、意味わかんない……。ていうか普通に信じられないんだけど」
「そう言われても。僕からもこれ以上、説明のしようがない」
「や。だってあんた……あの子と付き合ってるんじゃなかったの?」
ここで言う《あの子》が誰のことなのかは、さすがに僕も察した。
「灯火のことを言ってるなら違うぞ。確かにここんとこ、そういうふうに見えるよう振る舞ってたけどな、あいつ。それは単に目論見があったってだけだ。《星の涙》の使い方を僕から聞き出そうとしてたんだとさ」
こう答えれば与那城には伝わるだろう。
詳しい話は教えていないが、灯火がなんらかの願いを叶えようとしていたことは与那城も知っているのだから。
「それはわかるけど。いやでも、あの子、だって、誰が見たって……」
「誰が見たって、何?」
「……なんでもないけど」
与那城は言葉を濁したが、含みがあるのは明らかだった。
まあいい。いずれにせよ僕が付き合っている相手は灯火ではなく、天ヶ瀬だ。
こちらが冗談を言っていないことは察したのだろう。
少しあってから与那城は言った。
「いつから付き合ってんの?」
「いつから……?」
言われて、僕は少しだけ考え込む。
いつから……だ、っけ?
あれ、なぜだろう。それが思い出せない。
「あ、れ……いつから、だ……? いつから……僕、は」
「……冬月? ねえ、冬月? どうしたの。具合いがすごく、悪そうだけど……」
わからない。
わからなかった。
頭が軋むように痛い。
いつから。
いったいいつから僕と天ヶ瀬は付き合っている?
いや、そもそもそれは、考えなければならないことなのか。
いつからだって別に構わないのではないか?
考えなくてもいい。
考えなくもていい。
そんなことは考えるまでもない当然だ。
天ヶ瀬が僕の彼女であることは当然の事実であり疑う必要などないのだから――。
「冬月! ねえ、――伊織っ! しっかりしろ!!」
肩が、そのとき強く揺さぶられた。
はっとする。
自分が頭を押さえてぼうっとしていたことを、ここで初めて自覚した。
「あたしのことわかる? 落ち着いて。息、整えて。ほら、ゆっくり」
「……玲、夏? っ、俺は――」
「いいから。まずしっかり立って。伊織、あんた顔色すごく青いよ。大丈夫なの?」
心配そうな少女の表情が、すぐ目の前にある。
それで、どうにか落ち着いた。頭痛は綺麗さっぱり消えていた。
「大丈夫だ。大丈夫。悪かったな、……与那城。もう平気だ」
僕を支えようとする与那城の手から、やんわりと逃れる。
「……ならいいけど」
小さく与那城は呟いたが、その双眸は言葉ほどには柔らかくない。
ほとんど僕を睨んでいるみたいだったが、それが怒りの表情ではないことは付き合いの長さでわかる。
純粋に、僕を心配してくれているだけだ。
だから僕は、これ以上は心配ないと伝えるために、少しだけ力を抜いて。
「ええと。なんの話してたっけ?」
確か天ヶ瀬の話だったと思うが……そういえば、頭痛に襲われる前の話題はなんだっただろう。訊いてみてから気づいたが、本当に思い出せなかった。
まだ寝惚けているのだろうか。どうにも、脳が上手く働いていない気がする。
「……なんでもないよ」
与那城は言った。
彼女がそう言うのなら実際、大した話はしていなかったのだろう。
「それより、そろそろ教室に戻るから。冬月はあとから来て」
「いいけど……なんで?」
別に、いっしょに戻ればいいだろうに。
そう思う僕に対し、与那城は細い目を向けて。
「同じタイミングで戻って下手に勘繰られたりしたら、癪だからだけど」
「……なるほど。論理的だ」
癪だと告げられては返す言葉もない。唯々諾々と従っておこう。
与那城の平穏を崩すのは申し訳なかったし、何より今の僕には彼女がいる。まだ一年の天ヶ瀬を、僕の不評に巻き込むことは避けたかった。
灯火は手遅れだから諦めてほしい。
先に戻っていく与那城を見送る。
と、彼女は階段を下りる途中でふとこちらを振り返って。
「ねえ冬月。あんたさ」
「……なんだよ」
「実は呪われてんじゃないの?」
「…………」
その表現は、かなり冗談になっていないと思う。
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