第3話 バトルが始まる!
ある朝。
ブランがいつものように雑巾がけをしていると――
「大変だよぉ! 田神ってやつ巷じゃ有名な悪の組織『肉食獣』ってやつのリーダーらしいよぉ!」
先輩花魁の――田神の相手をしたあの人が、甲高い声を出しながら走ってきた。
「え……どうしたんですか、先輩。息、きれてますよ?」
ブランがそう嘯くと――
「聞こえてたよねぇ!? もー!」
と、意外といじりがいがある先輩で、何処と無くブランは好意を感じている。
「で、悪の組織? ……田神? がどうしたんですか?」
「やっぱり聞こえてたぁ! ……そうみたいなのぉ。それで、尋ねてきた人はぁ、田神の右腕だったらしいよぉ」
ギャグな空気が、一変してシリアスな空気になる。
先輩は短い猫耳を掻き、紫色のふわふわな髪を整えながら説明してくれた。
どうやらその者達は、只者ではないらしいのだ。
どういう組織なのだろうか……
「ハハハ、よく分かったな! 淫乱共!! あの時は充分楽しませてもらった! お前らはもう用済みだな。俺たちの秘密を知ってしまったのだからな!」
――え、えっとー…………
弄ると面白そうなキャラをしているが、ブランは仲良くなれないタイプの人だ。
とりあえず引いておこう。そうしよう。
辺りにはシーンとした空気が流れる。
「なんか言えよ!!」
そんな空気を破ったのは、田神自身だった。
――いや、テメーが悪いんだろ!
と、全員がツッコんだ気がした。
「悪かったね。ボスはこんな奴なんだ」
「酷いね!? 俺の右腕!」
毒舌な彼女と、それを悲しむ彼氏にしか見えない。
そんな表現が適切だと思う。
「――で、何しに来たんだ?」
それを見兼ねたユラが口を開く。
訝しげな表情で、その二人を睨みつけるように見ていた。
「ハハ……怖いねぇ……」
田神が尻込みするように、ユラと距離を取った。
その田神を庇うようにして、狼族の人がユラさんと田神の間に立つ。
「――へぇ。うちのボスを怖がらせるとは、ちょっとはやるじゃんか。でもねぇ……」
狼族の人はひとしきり笑うと、目を細めて唸った。
「――うちらと張り合おうってのか?」
そう言うと、狼族の人は前にブランが見た――あの戦闘態勢を取る。
目が充血したように赤く紅く緋く染まり、あの時は変わらなかった黒髪がピンク色に染まる。
あれが本気で変わった姿では無かったと言うことか。
ブランもすぐさま戦闘態勢を取る。
白髪が赤髪に、赤目が赤褐色になる。
そして、ブランの後ろから突如風が吹いた。
ブランの使える自然現象が風だから、それは当然だ。
しかし、相手からも風が吹いている。
そこから考えられることは……ただ一つ。
――相手も、ブランと同じ風使い。
ギリ……と歯ぎしりをする。歯が折れるぐらいに。
同じ自然現象を使う者は、必然的に年上の方が強い。
それも当然であろう。
経験の差が、ものを言うのだから……
「ぐるるるる……」
低い唸り声が聞こえる。
どっちからだろう。あるいは両方かも知れない。
それが分からないほど、ブランは意識が朦朧としていた。
幼さ故に、まだ力のコントロールが出来ていないのだ。
――大丈夫。敵味方の区別はつく。
区別が付けば、暴れても味方の周辺に被害が及ばないように制御する事が出来るから。
「――
「――
それぞれがそれぞれの攻撃の名前を、機械的に口にする。
――その瞬間、空間が消し飛んだ。
その中には二つの影しか無かった。
一つは、長いピンク髪に赤目の20歳ぐらいの少女。
その顔には余裕がある。
もう一つは、赤髪に赤褐色の目をした10歳の少女。……ブランだ。
その顔に余裕は――ない。
ブランは高く二つに縛った髪を、邪魔そうに片手で目に入ろうとするのを押える。
もう一方の手で相手の攻撃を受け止め、反撃をする。
だが、いくら迎撃やら反撃やらしても、あの余裕のある表情を崩す事は出来なかった。
「なん……で……っ!」
「ハハハ! お前は私に勝つことなんか出来ないんだよ!」
「っ……!!」
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく……!!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「!?!?」
渾身の咆哮と共に、ブランは袖口から煙管を取り出す。
それがどういう意味を持つのか……相手はわかっていないようだった。
「――今から禁忌を犯します。どうか許して下さいな」
そう宣言すると、ブランは煙管を口に咥え、煙管越しに息を吐く。
空間が消し飛び、何もかもが無くなりつつある――宇宙に等しき世界。
宙に放り出され、ある程度身体の自由が利かない場所。
その世界に風が吹く。竜巻だ。
高く二つに結んだ髪が、パタパタと激しくはためく。
ぷはぁと、煙管に唾液を付けながら口を離す。
「なっ、何なの!?」
「ぐああ……は、なれ…………」
こうなったらもう手が付けられない。
ブランは自分でも何をしているのか、何をやりたいのか分からなくなってきていた。
相手は凄く困惑した表情で、ブランを見ている。
ダメだ――身体が、言うこと聞かない……
そう諦めかけていた時、ふと誰かが声をかけてくれた。
「ブラン。君はもう頑張らなくていいんだ」
――だ、れ……? もう声も出せなくなっていた。
だけど、どこか懐かしい。
ブランはこの声を聞いたことがある。
もう、一回だけ……声を…………
――聞きたい。
そう思ったが、意識がだんだんと遠ざかっていく。
目を開けることもままならず、聴覚もほとんどその役割を果たしていない。
だけど……
「もう、休んでいいよ。ブラン」
その声だけは、ハッキリと聞こえた。
安心したら……いつの間にかブランは、眠りについていた。
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