第2話 何かが起こるかも!

 それから数ヶ月。

 ブランは一通り仕事が出来るようになっていき、何気ない平穏な日々を過ごしていた。


 ――それがある時一変する。


 いつものように玄関の掃除を終え、戻ろうとした時。

 ふと振り向くと、そこには黒髪黒目の狼耳を持った人が立っていた。


(狼族かな……? 珍しい……)


 狼族は、数がとても少ないから凄く珍しい。

 それにしても……一体何をしに来たのだろうか。


「ボス……いや、田神という者を見なかったか?」

「田神……ですか……」


 そんなことを考えていると、ブランは声をかけられた。

 田神……そんな名前の人が来ていただろうか。

 事務の仕事はあまりした事が無いため、ブランにはわからない。


「――ちょっと調べてみます!」


 そう言うとブランは、事務の人に確認を取りに行った。

 だが、何かおかしい。

 何が……とも言えないが、何となくブランの野生の勘がそう警告している。

 急いで振り返ると、狼族の人の髪は変わらなかったが、目の色が赤色になっていた。


「もしかして、戦闘個体……!?」


 戦闘個体――戦闘に特化した、あらゆる自然現象の一つを操る事が出来る人。

 数が非常に少なく、滅多に見られるものではない。


 ブランはそう聞いていたが、この人がその戦闘個体なのだろうか。

 ブランは驚くばかりだった。


 耳を澄ませ、目を閉じて音を聞く。

 ――やはりこの人は戦闘個体だ。

 呼吸音も荒いし、血流も速いし、心拍数も高い……

 人探しだから、多少はそうなるだろう。


 だが、ブランには違いがハッキリと分かる。

 なんせブランは耳がとても良い。

 良いというレベルではない、もはや人知を超えている。


 音を調べ終わった後、ブランはハッと我に返る。

 ――こんな事をしている場合ではなかった。

 ブランはすぐさま事務に確認を取りに行き、話を聞くと、狼族の人がいた場所へと戻る。


「昨日来てたみたいです……」

「本当か!!」

「はい、お相手を……した方? が来て証言してくれました」


 そうなのだ。

 ブランが事務の人に話を聞いていたら、ちょうど田神の相手をした人が通りかかって、わけを話してくれた。

 なんでも珍しいお客さんだったようで……


『なんかねー、髪の毛が凄く短くてねぇ、ほとんど無かったよぉ? あー、それにぃ、翼が生えてたのぉ』

『つ、翼……!?』

『そぉ。それにねー、耳が無かったのぉ。不思議だよねぇ』


 ……というやり取りをした後に、狼族の人に報告をしたのだが、なんと不思議な人なのだろう。

 耳が無く……翼が生えている……

 考えても答えが出るわけではないのは分かっているのだが……どうしても気になってしまう。

 そこで、狼族の人に聞こうと思っていたのだが……


「そうか。来ていたのか……すれ違ってしまったのかな……」


 そう言うと、ものすごいスピードで帰ってしまった。

 もうその人がいた形跡すら残っていない。


(この中、探さなくても良いのかな)


 お相手をするのがどうしても夜になってしまうので、その後疲れ果ててお泊まりをする人が大半なのだ。


(まあ、あの人がそれで良いなら良いけど)


 冷たく聞こえるかも知れないが、ブランにはどうしようも出来ないから仕方が無い。

 あの人が自力で田神とやらを探してくれるなら、それはそれでブランも楽だから。


 人探し――その程度だったはずの出来事が、まさかあんな事になるなんて……

 この時のブランは、知る由もなかった。

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