シシミミ国のブランちゃん

M・A・J・O

第1話 いざ、遊郭へ!

 ブランの両親は、だいたい泣いていた。

 それぐらいしか、記憶に残っていないのだ。

 笑顔を見せてくれたことなんて……もう覚えていない。


「ごめんね、ブラン。ほんとにごめんなさい」


 母親はいつもそれしか言わなかった。

 他に言うことはないのだろうか。


「大丈夫だよ。私は、大丈夫だから」


 このやり取りを何度繰り返した事か……いい加減飽きてくる。

 父親は悲しそうな顔をしながら、ブランの頭を黙って撫で続けるだけ。

 何も言うことはないのだろうか。


「家が貧乏だから、お金が無い……から私を売るしかなかった……そうでしょ?」


 長く伸びた白色の兎耳を揺らしながら、少々拙い言葉で、冷静に伝える。

 今、ブランは齢10。

 言葉を上手く発することは出来ないが、知識は大人に劣らない。

 読み書きは出来るし、難しい言葉も知っている。


「そう……それもそうなんだけどね……」

「どうしたの……?」

「ううん、何でもないの。忘れてちょうだい」

「ん……分かった……」


 ブランは渋々了承した。

 母親との会話はいつもこんな感じでつまらないらしいから、ブランから話を切る事が多いのだとか。


 それから暫くして、優しそうな狐耳の女性がこちらに向かって歩いてきた。

 背が高く、凛とした印象を受ける。

 ボーイッシュ系とはまた違ったかっこよさがある。


「迎えに来たぞ、ブラン……だっけ?」


 低くて、聞いていて心地の良い声。

 その声の主がブランに手を出すと、艶やかな白銀の髪が揺れる。

 そして、金色の双眸が優しくブランを包み込む。


「はい、ブランです! よろしくお願いします!」


 ブランがそう答えると、その人はニコッと微笑む。

 綺麗で可愛くて羨ましい……

 ブランも釣られて微笑むが、この人よりも確実に劣っているだろう事は一目瞭然だ。

 だからブランは、いつものような笑顔は作れなかった。


「そうか。私はユラ。高見沢ユラだ。こちらこそよろしく頼む」


(め、めちゃくちゃカッコイイ……カッコよくて可愛くて、おまけに綺麗で声も素敵とか完璧すぎる……)


 ブランがそんな事を思っていると、もうこの家とさよならをしなくてはいけない時間になってしまったようだ。

 未練などないが、この家で多大な時間を過ごしてきたから……感傷に浸りたくなってくる。


 少し寂しい気もするが、逆に楽しみな気持ちもある。

 この人……ユラと一緒なら、何があっても大丈夫そうだから。


 そうこうしているうちに、馬車が走り出し、家がどんどん遠くなっていく。

 そしてしばらく揺られていると、不意に馬車が止まった。


「さて……着いたぞ。ここが遊郭――『松本屋』だ」

「ここが……遊郭……」


 遊郭――女性が男性を悦ばせる場所。

 だけど、男性がいないこの世界では、女性が女性を悦ばせる場所である。

『松本屋』というのは、この遊郭の名前であろう。


「早速で申し訳ないんだが、仕事を与えようと思う。まあ、お前はまだ小さいから夜の仕事はなしだ。代わりに昼の仕事をしてもらう」

「昼の仕事……ですか……」


 夜の仕事……まあ、言うまでもないアレである。

 だが、昼の仕事とは一体……?


「そうだ。まあ、仕事と言っても雑用ばかりだがな。出来るか?」


 雑用……掃除やら洗濯やらだろう。


「はい! できます!」


 ブランが返事をすると、ユラは嬉しそうに微笑んだ。

 こういう人が自分の相手をしてくれたとしたら、大半の人は嬉しく思うだろう。


「では、頼んだぞ」


 そう微笑むと、ユラは奥にある部屋に消えていった。

 そう言えば、ユラはどういう仕事をしているのだろうか。

 夜の仕事をしているようには見えない。

 穢れのない瞳で、ブランを見てくれているのだから。


 ☆ ☆ ☆


 翌朝。雀が鳴く声で目が覚める。

 顔を洗い、トイレに入り、着替える。テキパキとしていて、とても10歳には見えない。

 そして、ユラの作ってくれた朝食を食べ、ブランは早速仕事に取り掛かる。


 やってみて、ブランは気づく。

 自分は物覚えがいいみたいで、言われた通りにスラスラと仕事を進める事が出来るということに。

 だからすぐに自分の担当分が終わってしまった。


「次は何をすれば、良いですか……?」

「もう出来たの!? 早いねぇ」


 用務員のお姉さんに教えてもらった通りにやったら、褒められた。


(悪くないかも……)


 凄く嬉しくて、ブランはニヤける事を抑えられずに笑ってしまう。


「うふふ、可愛いねぇ」


 お姉さんはそう言い、ブランの頭を撫でる。

 ブランは撫でられるのが好きみたいだ。

 少々感じてしまうが、撫でてもらう事が癖になりそうだ。

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