第6話 「ワルプルギスの夜事件」
元・魔王と名乗る
スピーカーを使い尋問が続く中、玄至はそれを見届けると晶を伴って別の取調室へ入った。
そこにはパイプ椅子に腰を下ろして寛いでいる自称・元魔王がいた。
「こいつも防壁尋問室送りにすりゃいいのに」
「彼は参考人だ」
吾嵐に対し最悪な初対面を迎えたために敵意しか無い晶を玄至はなだめるが、機嫌は依然直っていない。玄至は肩をすくめて見せた。
そもそも警察署に同行すると言い出したのはこの吾嵐本人である。手間は省けたが明らかに何か裏がある。晶が機嫌を直さないのはその辺りにもあった。
とはいえ、玄至の目にはこの吾嵐から敵意は感じられなかった。
色んな帰還者と対面してきたが、明らかに雰囲気が違う。
何より、玄至ら帰還者と絶対的に違う点があった。
「さっき、署のデータベースにある帰還者や資料のリストをチェックしたが、その中にきみの名前が該当しなかった。きみが詐称していなければ、転生した経験無しに魔法を使いこなしている、我々とは全く別の存在となる」
「ほれ」
吾嵐はそう言って懐から生徒手帳を取り出して机の上に置いた。
それを見て、晶と玄至が一瞬顔をしかめる。玄至は暫しそれを睨んだ後、手にとって手帳の中を確かめる。
「……皇南学院高校の1年生、か」
「うちの学校知ってるのか」
「知り合いが通っているんでな」
「そうか。で、これで身元は証明出来た訳か?」
晶と玄至は暫し顔を見合わせ、無言で頷きあった。
「それで、だ。――きみは、何者だ?」
玄至は再び吾嵐に問う。
吾嵐はどれを訊いているのか、玄至の目から即座に察した。
「魔王だ」
「厨二くせぇ……」
晶は小さく嫌みを言う。吾嵐は聞き逃さなかったがあえて無視した。
玄至は、こほん、と咳払いしてみせた。
「仮に、きみが魔王だとして――我々にはある疑問がある」
「疑問?」
「あたしらは、アンタを知らない」
晶が玄至を遮る気満々に言ってみせる。玄至は黙って頷いた。
「あたしら帰還者が異世界転生させられたのは、あの地下迷宮に巣くう魔物と支配者を討伐するためだった」
「でも魔王はきみみたいな少年では無かった」
問われて、吾嵐は暫し考え込む。そしてゆっくりと右手でピースサインをしてみせる。
「何よ、自慢?」
「ふたつだ」
「「ふたつ?」」
「俺は塔の魔王だ。そして、奴らに殺されてこちらの世界に転生していた」
「転生――」
「おまえらとは逆だ」
困惑する晶に、吾嵐はため息を吐くように言った。
「ったく、誰がそんな話――」
「ほぼ推測通りだったか」
「へ?」
瞠る晶を余所に、玄至は何かを納得したかのように深いため息をついてみせた。
「晶、お前にはまだ言って無かったが、帰還者には二種類いるんだ」
「二種類?」
「アンタらのような地下迷宮で斬った張ったやっていた勇者と、それ以外の場所にいた勇者だ」
吾嵐が遮るように答えた。
「それ以外?」
「その女は塔のことは知らんのか」
「だから塔って――」
「晶、まだ言って無かったが、地下迷宮以外の異世界、塔へ転生していた勇者がいる」
玄至がそう言うと晶は酷く困惑した顔を向けてきた。
「何だその顔」
「ダンナ」
「どうした」
「……てっきり厨二くせぇ奴らのイキリネームだと思っていたが、塔ノ旅団の塔ってマジモンの塔だったのかよ」
「言わなかった俺も悪いが疑問にも思わなかったのかお前」
玄至は思わず仰いだ。
「いや思わないでしょフツー? 何で転生先が二つあんのよ?」
「訊かれても俺には分からん」
「無論俺にも答えられない」
吾嵐も頭を振った。
「答えることは出来ないが、しかし俺がいた世界から帰還してきた奴らがここにいる事は分かる。それがあの〈ワルプルギスの夜事件〉を引き起こした主犯だ」
吾嵐に見据えられた晶は黙り込んだ。
晶も直接目の当たりにしたわけでは無い。しかしその事件で何があったのかは、警察から提供された資料で知っていた。
吐き気を催す地獄がそこにあった。
死と灰と隣り合わせのあの腐臭漂う地下迷宮を知り尽くしてもなお、この世の地獄という表現以外口にするのも忌まわしい光景が写真と文字によって拡がっていた。
失踪事件が相次ぎ、それが帰還者たちの証言で異世界転生であることが判明した事実は、一人のある帰還者を調査中に調査機関の学者が数十名も殺害された事件によって、異世界転生が災害レベルのリスクを持つ事を世に知らしめた。
「……魔王ってのはああいうことをやらかす奴のことを言うんじゃねぇの」
晶は吐き捨てるように言う。
「アレはタダの血に飢えた獣だ」
「知った風な口を……」
「アンタらが資料でしか見た事の無い現実を、俺は前世で目の当たりにしている」
「「――」」
「人体を47に切り刻んで組み直したり、手足の指を引きちぎって穴という穴に突き刺したり、自分の腸を生かされたまま喰わせる光景を、お前らはその目で見ていないだろう。俺の魂はその地獄を視て刻んでいる」
吾嵐はため息をついた。
「そしてそれを殺害した人間の血で刻んだ魔法陣に、殺害した人体を並べて異世界からの召喚に必要な魔力の糧にした。奴はソレで俺の塔の王国に攻め入ってきた」
「え……」
困惑する晶の横で、玄至が唸った。
「つまり、こちらの〈ワルプルギスの夜〉は、あちらから何かを召喚させるためにやったと言う事か」
「召喚って……」
「晶、彼は正真正銘の魔王だろう、俺たちが転生した世界とは別の、な。何故ならお前さんも知らない非公開情報を知っていた」
「ちょっと待ってくれよ……」
晶は少しめまいがした。
「すると何か? あれはタダの大量殺戮じゃなくて、異世界からヤバイ連中呼び寄せるための所業か?――って、遺体の損壊が酷かったってのは――」
「それ以上は止めといたほうがいい。俺でも思い出すだけで吐き気がする。俺の世界では奴は女子供を使っていたから余計に」
それを聞いた晶は壁のほうに振り向き、くそっ、と小声で呟いて壁を殴った。
「なぁ、おっさん、アンタら警察は召喚したモノは何か分かってるか?」
「そこまでは……資料ではあの犯行現場には遺体しか遺されていなかったが、やはり妖魔の類いか何かなのか」
「人だ」
「はい?」
「あちらで奴が召喚したのは人間だ。ソレはこちらでも変わらん、何故ならアレは対価である人間しか召喚出来ない魔法陣だからな」
「――人間が人間を喰うわけ無いだろ!」
堪りかねた晶が振り返って怒鳴った。
「もういい! オッサン、そいつの妄想なんて聞いてどうする、もう追い出しちまえ!」
そう言って晶は取調室から出て行ってしまった。
「……まったく」
「気持ちは分かる。俺も部下から奴のことを訊かされた時は耳を疑った」
「魔王の部下か?」
「魔王と呼ばれていたが、人間たちには無用な争いは避けていた。むしろ妖魔達を御することで友好的関係を保っていた方だ」
「良い魔王様って奴か?」
玄至は苦笑いしながら言った。
「おかげで人間が攻め入ったと聞いた時は驚いたさ。奴が塔を攻め入る人間を用意するのに人間を使いそして喰らった事を知ってもなお」
「お人好しか」
「それ故に俺は妻や子を奴らに蹂躙された」
玄至は顔を曇らせた。
吾嵐の言葉が事実かどうか、証拠は無い。しかし否定出来るものもない。
「お前さん、奴を知ってるのか」
「あの狡猾な男をこの手に掛けるまでは忘れるモノか――
苛立ちの末に廊下へ出てきた晶は、気分転換に自販機がある警察署の正面玄関ヘ足を運んでいた。
だが途中でその歩みを止める。
ある扉を横切った瞬間、悪寒がした。
かつて地下迷宮で何度も味わった、あの忌まわしい妖魔が隠そうともしない殺意。
扉を見るとそこは、あの佐藤が取り調べを受けている特殊尋問室であった。
沸き上がる違和感。
「……何で扉が少し開いているんだ?」
晶は丸腰に気付いていたが,その躊躇も許されない事態だと即座に察して扉を開けた。
「……ああ、お前か」
そこには佐藤が立っていた。
正確に言えば、室内にはケラケラ笑う佐藤しかいなかった。
取調をしていた松本警部や供述調書を取っているはずの記録担当の警官はどこへ消えたのか。
それ以前に、ここは防壁処理を施した室内では無かったのか。
壁も床も机も照明も全て、腐っていた。
「あの人の言う通りだったよ――最初からこうすれば良かったんだ――喰っちまえば良かったんだ」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます