第4話 勇者を狩る者

冠位保有者クラウン――」


 佐藤はその名前を聞いてはっとする。


「魔王攻略出来ずに追い返された帰還者でも、話だけは聞いているようだな」

「あ……ああ」


 佐藤は喉元に突きつけらた45口径コルトガバメントを前に息をのんだ。


「し、召喚された時に聞いてる……魔王倒した奴には冠が付くってな」

「冠が付いた帰還者と、死んで追い返された帰還者にはがあるのは知ってる?」


 晶が意地悪そうに訊くと、佐藤は、えっ、と言葉を詰まらせた。


。見せてやんなダンナ」

「そういや忘れてた」


 玄至は赤い頭をポリポリかくと、向かいで二つになっている店長の遺体の前にしゃがみ込んだ。そしてその上で指先で十字を切ると、奇妙な言葉をつぶやき始めた。


「呪……文……?」

「あんたのレベルじゃ使えない〈心力法〉の〈神覚の位〉の呪文よ」

「〈神覚の位〉――最高位の呪文じゃねぇか!?」


 佐藤は詠唱を続ける玄至を見て愕然とした。

 聞いたことの無い言葉を口にする玄至の周囲に光の粒子がポツポツと現れ、店長の遺体にゆっくりと降り注ぎ出す。

 その光の粒子が店長の遺体に溶け込み、内側から光り始める。


「――〈再生祈願〉」


 玄至が最後に呟いた言葉は日本語であった。すると店長の身体から光が消え、二つになっていた傷がすっかり消え去っていたのだ。

 むっくりと起き上がった店長はきょろきょろと辺りを見回し、そして佐藤を見てひっと悲鳴を上げて驚いた。


「い、生き返りやがったっ!」

「こんな大技も使い切りじゃ無いの。だからあんたみたいなハンパ者には勝ち目は無いからね。これ以上おイタするとそのそっ首撥ねるわよ」

「あ……ああ」


 佐藤は観念して項垂れた。


「よっし、ダンナ、おつかれー」

「何ノンキに言いやがる。お前さんの不始末だ、まずはその人に謝れ」


 ストレッチ体操をする玄至は、無責任な晶に呆れながら言って見せた。


「そうだった。ゴメーン。てへぺろ」

「は……い?」


 狙撃に失敗して殺された事実など知るよしも無い店長は、メイド服姿で佐藤に銃を突きつけている晶のいい加減な謝罪に困惑するだけだった。


「それはそれとして」


 晶は佐藤の喉元に銃口を押しつけた。


「待ってくれ、もう抵抗なんかしねぇよ!」

「なんでこのファミレス襲ったの?」

「え……」

「金目当てでも無い、かといって恨みがあったふうでも無い。


 佐藤は唖然とした。


「な……なんで……それを……」

「最近、妙な噂があってな」


 玄至が大きく伸びをして言った。


「帰還者に喧嘩ふっかけてくる奴がいるらしい」

「そ、そいつだっ! 俺がさっき会った奴はっ!」

「会った?」


 銃を下ろした晶は動揺する佐藤を睨んだ。

 

「話の続きは署で訊くぞ、晶、そいつを連行しろ」

「あいよ。さあきりきり歩く」


 晶は佐藤の頭を小突いて外へ出るよう急かした。店内では玄至がまだ困惑している店長に人質だった店員や客たちと一緒に店の外に出るよう指示をしていた。

 晶が佐藤を連れて外へ出てくると、松本警部が警官隊を引き連れてやってきた。


「捕まえたんですか」

「蘇生も成功したから誰も死んでないわよ」

「そ、そせい……?」

「兎に角署に連れてって――誰」


 晶が険しい顔をして松本警部を睨む。


「何を……」

「警部さん、あんたじゃない。うしろ」


 松本警部が振り返ると、警官隊を挟んだ先に一人の学生が佇んでいた。

 癖の強い黒髪を冠する、野性的な相貌を持つ少年だった。


「誰だキミは」

「警部さんどいて」


 晶は連行してきた佐藤を松本警部に押しつけると、警官隊を押しのけて学生のほうへ歩み寄った。


「誰よあんた」

「メイドには用は無い。用があるのはその男だ」

「――そいつだっ!」


 晶の背後で佐藤が叫んだ。


「俺を襲ってきた奴はそいつだ!」


 佐藤の悲鳴と同時に晶は、両手に持っていた45口径ガバメントを黒髪の少年に向けて飛びかかる。

 次の瞬間。メイドドレスが宙を舞う。黒髪の少年は右手一本で晶の銃口を払いのけ、同時に手首を掴み、そのまま晶の身体を投げて地面に叩きつけた。合気道の四方投げに近いそれはしかし明らかに速度とパワーが桁違いであった。

 地面で伸びている晶は何が起こったのか理解出来ないまま、佐藤目指して進む黒髪の少年の背を見送った。


「冗談じゃ無いっ!」


 晶は即座に立ち上がり、少年の背に発砲する。

 だが弾丸は少年の背中に届く前に全て地面に落ちてしまった。まるで空間がねじ曲がっているかのように。


「結界――」


 晶は今の現象によく似た光景を知っていた。


「防御力系最強呪文、〈魂覚の位〉の〈大障壁〉――こいつも帰還者?」


 晶は銃撃を諦め、飛びかかって接近戦で仕留めようとする。撃鉄から指を外すと掌の中でくるりと半回転させ、トンファーを持つふうに45口径のグリップを逆手で握った。


「あたしが持つ得物は全て刃と化す――」


 晶は銃身を少年の背に叩きつける。少年は背後にも目があるかのようにそれを紙一重で躱し、晶が放った足下の地面に一筋の溝を刻んだ。


「んなろぉっ!」


 晶は次々と拳銃の刃で少年を斬りつけるが、その全てを躱されてしまう。挙げ句、また間合いを取られて手首を掴まれ、再び四方投げを食らう。

 接近戦では絶対の自信を持っていた晶は、全く歯が立たない相手の出現に困惑して地面で伸びてしまった。


「くそっ!」


 佐藤は松本警部を押しのけ、〈小炎〉の呪文を唱える。しかし唱えきる前に少年に顔を掴まれ、その場で地面に叩きつけられてしまった。


「ああ……」

「質問に答えろヘタレ」


 少年は警官隊が包囲している事すら眼中に無く、佐藤の耳元で囁くように聞いた。


「お前――女を殺したろ?」


                      つづく


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