第3話 冠位保有者(クラウン)
「やっべ」
佐藤を狙撃した晶だったが、スコープから顔を外して舌打ちをした。
「仕留め損ねた」
「え」
それを聞いて松本警部は思わず固まった。
「店内で〈幻惑〉使ってたみたい。人質のほう斬った」
佐藤は、隣にいたファミレスの店長が肩から斜めに二つになって行くのを見て愕然とした。
「魔法の攻撃っ! さっきの奴かっ?!」
佐藤は外から狙撃されたことにまだ気づいていなかった。気づいていないというより、警察に包囲されていることは分かっているハズなのに、警察が自分を狙撃したとは全く想定していないようである。まるでそれ以上の敵性存在がいるかのように。
佐藤は慌ててその場にしゃがみ込み、隣で二つになった店長の傷口を凝視した。
「……切断? じゃあ奴じゃない……警察のほうかっ!?」
「おい、晶、人質を殺ったのか」
赤髪の男は呆れたふうに言う。しかし相棒がとんでもない事態を引き起こしたというのに平然とした態度で訊いていた。
晶は対戦車ライフルをその場に起き、隣に置いていた巨大なケースを鼻歌交じりに引き寄せた。
「〈幻惑〉で弾がブレた。でも人質が死ぬのは想定内よ」
「死ぬって、あんた何やってんですかぁっ?!」
松本警部はこの大失態に激しく動揺していた。事件を解決すべき警察関係者が人質を殺害してしまったのである。にもかかわらずこの狙撃者は悪びれた様子すらない。
「がたがたうるさいわね、想定内って言ったでしょ」
「想定内ってハナから人質殺す気だったのかお前は!」
「これくらいじゃ死なないわよ、そこのダンナがいる限り」
「死な――」
松本警部は凍り付いた怒相を赤髪の男に向ける。
「そ、そこのダンナなら、死人でも生き返らせる」
赤髪の男は肩をすくめた。
「気軽に言うな。俺は〈再生祈願〉は今日は三回しか使えないんだからな」
「はいはい、悪くてもひとつは残してあげるから」
晶はそう言ってケースを開き、その手のサイズではもてあましそうな
「やっぱ、長物よりこっちのほうがアタシ向きだわ」
「佐藤が武器を持っているかどうか確認は取れていないのに行けるのか?」
赤髪の男が訊くが、晶は口を横に開いて両手に持つ45口径の遊底を鳴らした。
「あたしを誰だと思ってる?」
「
「そう言う事。頼りにするわよ、
そう言うと晶は防護盾を颯爽と飛び越える。宙を舞うメイドドレスは唖然とする松本警部や警官たちの顔に影を落としていった。
「畜生、ずらかった方が良いか……っ?」
店内では、人質たちが店長の無惨な死に恐慌状態に陥ったが、佐藤が〈味覚の位〉の〈魅了〉を使って沈静化させていた。
佐藤は魔法を使ったことで吐血した。先ほどから続くダメージの原因は佐藤には分からなかったが、敵性存在からの攻撃では無いという事だけは分かっていた。
「まさか魔法の使いすぎ……いや、使用回数は超えちゃいないハズ……だ……?」
佐藤は頬を滲む汗をぬぐう。この不調はどう考えてもそれしか心当たりが無いのである。
「あっちの世界じゃ使用回数使い切ると寝るまで使えなくなるだけだが……こっちじゃ寝ただけじゃ回復しねぇのか? まるで年寄りだな……」
自嘲する佐藤は天井を仰いだ。
あの世界の風景が去来する。
「……あっちじゃ魔物相手に斬った張ったやって楽しかったなあ……ボーナス引いて
「それは残念」
佐藤は突然背後から聞こえた女の声に驚いて振り向く。
そこには惨殺された店長の死体が転がっているだけだった。
「おい、お前らなんか言ったかっ!」
佐藤は遺体の反対側にいる人質たちを一喝するが、全員怯えて頭を横に振ってみせる。
「何ぃ……まさかさっきの……」
「出血しているのか」
再び背後から声が聞こえたので佐藤は振り向いた。
「ちょっとまて、今のは男の声――」
そこには黒い壁があった。
佐藤は視線を上に移すと、そこには居たのが赤い髪の大男だという事に気づいた。
「誰だてめぇっ!?」
「お前さん、こっち還ってきてから調子に乗って魔法使い続けたんだろ? その出血は魔法の
「な――」
「いいから俺の話を聞け」
佐藤は魔法の詠唱を始めるが、赤髪の大男こと玄至は臆すること無く気怠そうな口調で話を続けた。
「お前さんのような〈帰還者〉はあちらで死ぬとこっちの世界に戻されるが、魔法が使える奴はスキルは召喚の報酬としてそのままの状態で戻される。だがな、気づいていなかったのか、使えるだけで回復はしねぇ」
「何ぃ……?」
「魔法――〈魔導法〉と〈心力法〉は術者の生命力を対価に魔力に変換して超能力を駆使するが、あちらの世界では一晩寝て回復出来るように出来ていても、こちらの理はそうはいかない。元々魔法なんて使える世界じゃ無いんだからな。だから、無駄に命が削られていくだけ」
「――」
佐藤の顔がみるみる青ざめていく。
「還ってきた頃は身体に残っていた魔力を消費するコトで魔法が使えたんだ。それが切れてしまっては後は命削って使うしかない。これ以上使うと死ぬぞ」
玄至は佐藤の顔を見据えて忠告する。その気怠げな態度は佐藤の身を心配しているふうには見えず、事務的に告げたようであった。
故に佐藤は動揺するも素直に投降する気にはならなかった。
「う、うるせぇ! 何脅してんだ、デカいだけでビビると思ったかっ!?」
「じゃあこれはどうかしら」
怒鳴り散らす佐藤は、すうっ、と正面の闇の中から溶け出してきた白刃に驚いて飛び退いた。
「な――」
佐藤は〈小炎〉を唱えて攻撃しようとするが再び目前から現れた白刃を喉元に突きつけられ、唱えきれずにその場に固まった。
よく見たらその白刃は刃では無く、拳銃であった。洋画で見覚えのあるコルトガバメントとか言う名前の拳銃だと思いだしたが、どうしてそれを刃物と見間違えたのか、佐藤は理解出来なかった。
「やめとけ。そのメイドはどんな武器も刃物にしてしまう」
「め、メイドぉ?」
玄至の忠告に佐藤は素っ頓狂な声を上げる。そしてようやく目の前で二丁拳銃を突きつけているのがメイドドレスを着た美女だという事に気づいた。
ほんの数秒前まで視界にはこんな派手なキャラなど知覚出来なかった。
「お、お前、どこから現れた――」
「そいつはずうっと俺の手前に立っていたよ」
「何――」
「気配を絶ち視界からもその姿を消し去る。お前さんもあちらの世界で出くわして酷い目に遭ってないかね、
「〈昏〉――」
佐藤は絶句した。
そして思い出していた。こちらの世界へ還された原因となった敵を。自分たちのパーティの首を一瞬にして撥ねた、あの人間型の敵性存在を。
それが今、目の前に居る。
「お前さん、術の使い方から〈賢者〉なんだろ? 同じ上級職だが、そいつはお前さんとは違う。あちらの世界で魔王を攻略した
つづく
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