第2話 勇者症候群

 この世界では近年、奇妙な失踪事件が多発していた。

 しかしそれは事件と言うより現象と呼ぶのが適切であろう。

 突然、衆人環視の中で人間が跡形も無く消滅してしまうのである。しかもトラックにはねられたり通り魔に刺された被害者がそのまま消滅するという例もあり、その自然現象と呼ぶ名は異常すぎる現象に、何者かの意思が働いている可能性を示唆する者もいた。

 この現象が更に世間の注目を集めることとなったのは、消滅した人間が数日から数ヶ月後に帰還しているという点であった。

 事の異常さに警察では手に負えず、政府は学者たちを集めた専門調査機関を組織し、帰還者たちの証言や身体的調査を行う事となったが、しかしまもなく案件は警察へ半ば強引に戻されることとなる。

 調査対象だった一人の帰還者によって、調査機関の学者が数十名も殺害された事件が起きたのだ。


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 ファミレスを占拠した帰還者もとゆうしゃ・佐藤太郎は、床に伏せさせた人質たちを前に途方に暮れていた。

 しかし決して自身が犯した事件を後悔しているのでは無く、両目と両耳から流れ出している血に動揺していたからであった。


「あんだよこれ……」


 佐藤は近くのテーブルにおいてあるナプキンを鷲づかみにして血をぬぐい取り、まるで誰かを探しているかのように辺りを警戒しながら見回した。


「……まさか……いや、〈幻惑〉で凌いだからダメージなんて無いハズなのに……」

「あ、あの、大丈夫ですか?」


 佐藤の不穏な様子に気づいた、人質となっているファミレスの店長が声を掛けるが、佐藤は舌打ちで応える。


「黙ってろっ! 燃やすぞコラァッ!」

「ひいっ!」


 怒鳴られた店長は思わずすくむ。他の人質たちも動揺してその場に縮こまった。

 佐藤はそんな人質たちをみて余計に苛立ちを募らせる。

 このファミレスに押し入ったのは特に理由は無く、にたまたまこの店があったからである。

 ファミレスに入るや、〈触覚の位〉の〈小炎〉を使って店内の人間たちを威嚇して人質に取り、を凌ごうとしたが逆に騒ぎになって警察を呼ばれてしまったのは佐藤にとって計算外だった。

 

「〈幻惑〉使って逃げようと思ったが……くそっ……っ、俺も〈勇者症候群〉の仲間入りかよ……っ、ここまでバレないようにやっていたのに……畜生ぉ」


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 後に事件を取材したフリーライターによって「ワルプルギスの夜事件」と命名され、政府の隠蔽工作に屈せずスクープされた虐殺事件は、異世界の存在と、失踪は実は異世界へ「勇者」として召喚されて「魔王」とその軍勢と戦い、負けた事でこちらの世界へ送り返されていたという驚天動地の事実を世界中の人々に知らしめることとなる。

 いつしか人々は、帰還者たちによる犯罪を、勇者になり損ねた人間たちが引き起こす問題と言う事で「勇者症候群」と呼ぶようになっていた。


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「晶、狙えるか?」


 赤髪の大男は背にしているパトカーの影から、警邏の防護盾の隙間からファミレス店内に対戦車ライフルで狙いをつけている晶に訊いた。


「……うーん。〈心力法〉のほうの〈触覚の位〉だっけ、〈防壁〉が店の外に使われてるみたい」

「〈心法師ぼうず〉のアレか」

「犯人、佐藤一人じゃないの?」


 晶はスコープから目を離さずに、隣に居る松本警部に訊く。


「目撃者の報告では佐藤一人だけです」

「そっかぁ……旦那ぁ、佐藤って〈賢者〉の可能性ないかしら?」

「あっちで勇者やっていた期間考えるとあり得ない話じゃないな」

「その、とかとか……何ですか?」

「警部さん、あたしらの事そんなに詳しくないでしょ」


 晶は意地悪そうにクスクス笑った。


「〈勇者〉で一纏めされてるけど、実際はいくつか職業クラスがあってね。心法師や賢者はそのうちの一つで、後者は魔導師と心法師両方の魔法が使えるの」

「何か強そうですね……」

「別に。レベル上げて転職クラスチェンジしたなら兎も角、最初にダイス振ってデカいボーナスが出たら初っ端から賢者やれるからね。むしろ弱い。――捉えた」


 晶はスコープ内に、窓越しに見える佐藤の背中を捉えた。


「〈防壁〉あるからって油断しているわね」

「撃てるか?」


 赤髪の男は晶に訊くと、晶はうーんと唸った。


「無理。つーかこんな弾じゃ〈防壁〉突破出来るわけないし」


 え? と松本警部は目を丸めた。


「じゃあなんでこんな物騒なもの持ってきたんですか?」

「当たれば儲けもの程度」


 こともなげに言う晶に、松本警部は口をぱくぱくさせて唖然とする。


「だいたい、このメイド服で出動だってこの間の事件の罰ゲームだし」

「ば、ばつげーむぅ?」

「真っ二つにしちゃったからねぇ、〈勇者〉」

「はい?」

「先日、横須賀であったろ、複数の〈勇者〉による〈勇者症候群〉が」

「え……、あ、あれ」


 松本警部が過ぎったのは、先週の頭に横須賀の軍港近くで起きた大量殺人事件だった。


「〈勇者〉同士の喧嘩から始まったそれが近隣の住人や通行人、在日米軍の兵隊さんまで巻き込まれて53人の死者が出たあれですか?」

「あれだけやらかしちゃったら斬るしかないでしょ」

「き、斬る?」

「誰かさんが問答無用で斬ってくれたおかげで二人が喧嘩を始めた理由が分からなくなって、始末書何枚も書かされた訳だが」

「だから今日は一日罰ゲームで旦那のメイドやってるんでしょうに」


 呆れて言う赤髪の男に晶は文句を言う。

 松本警部は晶のコスプレの理由がやっと分かったが、それでも二人の会話について行ける自信は無かった。

 何より、斬る、とはいったい? と傾げる松本警部の前で、晶は対戦車ライフルの引き金に指を掛けた。


「ダンナ、とりあえずやっちゃうね」

「え、撃つんですか?」

「いいや、。――刀も銃もあたしには同じ」


 晶はスコープの中心に佐藤の背を捉えた。


「弾なら〈防壁〉は撃ち抜けない」


 そう言って晶は引き金を引いた。


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 「ワルプルギスの夜」事件に関しては、一部不明瞭な情報もあり、真相の全てが明らかになったわけでは無い。

 明確に分かっているのは、大量虐殺を犯した帰還者の暴走を止めたのもまた帰還者という事実。

 


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 どんっ! 対戦車ライフルが火を噴く。放たれたNATO弾はファミレスの窓ガラスに命中するが、危惧していたとおりソレを撃ち抜けずに停止してしまう。


「――あたしはこれで斬る」


 次の瞬間、突然窓ガラスが弾が命中した箇所を中心に縦に裂けた。まるで見えない刃に断たれたかのように。

 その不可視の刃は佐藤の背中に届き、その身体を縦に分断した。



                        つづく

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