勇者様が多すぎる。
arm1475
第1話 <帰還者>
機動隊が駅前へ続く国道を封鎖して一時間後、検問の前に一台のビートルが停車した。
「到着しました」
車内でビートルのハンドルを握る、銀髪のメイド姿の美女がそう言うと、助手席にふんぞり返っていた赤髪の男は無言でうなずき、ドアを開けて躍り出た。
「ここから先は一般の方は――」
ビートルに気づいてやってきた若い警官が制止しようと声を掛けようとしたが、突然車内から現れた巨躯の男に圧倒されて声を失う。
黒衣のロングコートに身を包むこの赤髪の男は、いったいどうやってこの小さな小型車に収まっていたのであろうか、軽く2メートルを超す、筋肉の壁のような強い印象をもって若い警官を驚かせた。
「ご苦労、特務だ」
「あ……ああ、はい」
赤髪の男はコートの中から取りだした身分証を若い警官に提示した。若い警官はそこに燦然と輝く旭日章を認めてようやく声を絞り出せた。しかし、続いて反対側のドアから出てきたメイド服姿の銀髪の美女を見て混乱する。
「ええ……対戦車ライフル……?」
対戦車ライフルを抱える銀髪の美人メイドという趣味丸出しのスタイルもさることながら、その長物をこの車内にどうやって収めていたのか、若い警官は気になって仕方無かった。話には聞いていたが、これほど圧の強い存在だとは思っていなかったようである。
「それで〈帰還者〉は今どこに」
「あ、はい」赤髪の男に低い声で訊かれて若い警官は我に返る。「この先のファミレスで人質を取っております」
「人質の数は」
「ファミレスの店員を含めて15人、と聞いています」
「ここの責任者はどこにいる」
「あ、はい、松本警部ならファミレスのほうに」
「了解した。晶、いくぞ」
「御意」
晶と呼ばれたメイドは対戦車ライフルの他にも巨大な黒いケースを軽々と担いで恭しく頷いた。その華奢な腕からどうやってそんな怪力を生み出せるのであろうか。
機動隊で周囲の道路を封鎖するほどの籠城事件に出場した、本庁の特務捜査課の異様なコンビを前に色々質問したい気持ちだったが、若い警官はそれを抑えた。
若い警官も今回の事件は普通では無い事を理解していたからだ。だから敬礼して二人を見送った。
黙ってても数分後にはこのコンビの実力をこの目で見ることになるのは分かっていた。
二人が検問から暫く歩くと、国道沿いにあるファミレスの前を大勢の機動隊員が防護盾で壁を作って包囲していた。その人だかりの中から、検問から連絡を受けたらしい中年の刑事が気づいて駆け寄ってきた。
「遠いところご苦労様です、本件を担当しております松本です」
松本警部が二人に敬礼すると、晶だけが敬礼して応えた。松本警部は無反応で高圧的に見える赤髪の男に少し嫌悪感を抱いたが、人となりは既に聞いていたのであえて無視した。
「犯人は?」
「ファミレスのフロアの中心で人質を壁に籠城しています。単独犯ですが……」
「分かってる。それが〈帰還者〉だ」
赤髪の男の身長は防護盾の包囲網を余裕で超えてファミレスの店内を覗くことが出来た。
「身元は分かるか」
「はい」松本警部は胸ポケットからスマホを取り出し、データを記録しているアプリを起動させた。
「名前は佐藤太郎。二年前に召喚されて半年後に帰還している、いわゆる勇者さまです」
「たった半年か。名前まで負けてるわね」
晶はそう言ってクスッと意地悪そうに笑う。松本警部はメイド姿の美女に困惑していたが、その発言からキツい性格の主だと察した。
「一週間で追い返された無能もいる御時世だ、そう言うな」
「はーい」
二人のやりとりを観て松本警部は軽く吹き出した。威圧的な赤髪の男がメイドを諭すのが意外だったようである。
「はは、流石は――」
「半年で敗退したならある程度は呪文が使えるハズだな」
「はい?」
「犯人だよ。何回使った?」
「ああ……」
赤髪の男に訊かれて松本はまたスマホに表示された佐藤太郎のプロフィールを見た。
「2回――魔導師の……<味覚の位>ですか、店内を制圧する際に眩ます奴と、警官が最初に到着した時に威嚇の中炎を使ったようです」
「佐藤は得物を持っていたか?」
「あ、はい、多分こちらで調達した日本刀を所持しているが確認されてます」
「なら職種は魔導剣士の可能性もあるわね」
晶は担いでいた対戦車ライフルを地面に降ろしながら言う。
「私もライフルより刀のほうがいいかしら」
「確保するなら狙撃のほうが早い」
「御意」
晶はそう答えると、ポケットから取り出した大きな筒をライフルに装填する。明らかに実弾とは異なる奇妙な形をした弾であった。
「スタン弾ですか」
松本警部が興味を示した。サイズ的に犯人に命中したら間違いなく致命傷は避けられないサイズの弾だったからである
「そんなところだ」
赤髪の男はそう答えると大きく深呼吸してから両手を合わせた。
「さっさと勇者を片付けに行くぞ」
続く
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