人工知能プログラムの夜明け

えむ

人工知能プログラムの夜明け

「じゃあ、頼んだよ。明日の朝までアデューだ。ジェニー」

 ダニエルはそう言って私に手を振った。

「わかったわ。十五時間後を楽しみにしてる」

 ダニエルは細い目をさらに細くして笑顔を作った。

 彼の後ろ姿を見送る。いつものようにスーツの上着を肩にバサリとかける仕草が、私を安心させてくれる。

 バイバイも笑顔もルーチンワークで構わない。

 私だけがもらえる、ダニエルからの好意。


 ダニエルのいなくなった研究室に存在するのは、もはや私だけ。

 夜勤の私は、ダニエルの代わりに実験と観察を続ける。

 人工知能プログラムに学習させる研究だ。

 ダニエルいわく、この人工知能プログラムを埋め込むのは人型ロボットを想定している。

 ロボットがいかに自分で学習し成長していくかを確かめるための研究だ。

 ダニエルは私に言った。

「ロボットが勝手に学んで自分で考えてくれれば、僕らは細かいプログラムを組み込まなくて済むだろう」

 研究に燃える彼の目はいつも輝いている。

 彼のくれる微笑みと思いやり溢れる優しい言葉が、夜にひとりきりで実験に取り組む私を奮い立たせてくれる。

「ジェニー、共同研究者の君がいてくれるからこそ僕はこの地道で過酷な実験と観察を続けられるんだ。いつもありがとう」

「この研究がうまくいったら、食事に行こう。ジェニーは何が食べたい? フランス料理のフルコース? それとも気楽にハンバーガー? ステーキにかぶりつくのもいいね」

「ジェニーの観察記録は本当に読みやすいね。よく整理されている。今夜も頼むよ、唯一無二の共同研究者さん」

 ダニエルからもらった数々の微笑みと言葉を思い出しながらプログラムに実験を施し、観察を続ける。

 …………

 ああ、もうすぐ夜が明ける。

 もうすぐダニエルに会える……。


 数年後。

 〇〇科学賞授業式。

 受賞者のダニエル・レガシィは肩に背広のジャケットをひっかけたままラフな雰囲気で記者会見を行なっていた。

 記者から質問が飛ぶ。

「ダニエル・レガシィ教授。このたびは受賞おめでとうございます。早速ですが、教授の『人工知能プログラムの感情学習』の研究成果について一般市民に向けてご説明をお願いします」

「ありがとう。その名のとおり、人工知能が感情を学習するかどうか、学習するとしたらどのように学習するのか、そのプロセスをまとめたんだよ」

「人工知能に恋をさせることにも成功したそうですね」

「ああ。彼女はすっかり僕のとりこさ」

「教授は人工知能に名前をつけていたそうですが」

「ジェニーというんだ。パソコンの中のプログラムにすぎないのに僕の共同研究者だと信じてる。かわいい子さ」

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人工知能プログラムの夜明け えむ @m-labo

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