喋れないレストラン

鳩尾

喋れないレストラン

カラーン。メイとコーキは入店し、店内を見回す。

意外と人、入ってんじゃん。雰囲気も、悪くない。至ってフツーのファミレス。ね?

メイはそんなファーストインプレッションを踏まえ、何となく肯定的なイメージを、コーキに伝えようと振り返った。

失敗だ。コーキは、レジの横のオモチャコーナーに座りこむ男の子を、ガン見している。夢中になっている。

その男の子は、そこそこイカツイ値段で売られている、ちっちゃいランボルギーニに、夢中になっている。

…またぁ?なんなの、その、ちびっ子毎回見るクセ?子供好きなの?子供欲しくないとか言うくせに?まいっかいっ、ちゃーんとコンドーム着けるくせに?コンドーム持ち合わせてない時はセックスしないくせに?

メイは、友達のリナのジョークを思い出す。

ナマでやっちゃった場合、ちょっとたってから、「生理来ないんだよねぇ。」と言って、彼氏をちょっと、からかってみるらしい。別にナマでセックスをしたいわけじゃないけど、そーゆー楽しみ方を聞くと、そーゆーのがカップルって事なんじゃないの?って思っちゃう。私は、カップルっぽい事がしたい。

メイは軽く肩をぶつける。コーキが振り返った。「ん?」って、すっとぼけた顔してる。いつもどーり。

はいはいはいはい!ベテラン・パートリーダーのゾノさんは、ご新規のお客様のお出迎え、ご案内に駆けつける!

「いらっしゃいませー!」の笑顔を作り、ご新規2名様にお辞儀をした。

うわー、笑顔だけで充分だわ。すごいなこのおばさん。メイはゾノさんの手招きに従い、窓際の席を目指す。そのメイの後を、コーキはダラダラと追う。


ゾノさんは、しっかりと期間限定のメニューを開いて、無言のオススメをしてから、ドリンクバーの方、「お水はセルフサービスです。」という、ラーメン屋の様なラミネートされたポップを指差し、お辞儀をし、去る。

あーもぉ!忙しぃ忙しいっ!

ゾノさんはデシャップに着き、一旦、深呼吸をする。嵐の様に動き回るスタッフ達の中心に飛び込んでしまうと、それはまさしく、台風の目にいる様な気分だ。

「チン!」レンチンが終わった。砂肝ぉー!っと、心の中で叫んで振り返った瞬間、もうそこには、大学生バイトのハルちゃんが居た。

いつの間にぃ⁉︎ この心の声が聞こえた様に、ハルちゃんが、右半身だけで振り返り、親指を立てる。—そして、砂肝を一つ食べた。

…ふふっ、なーんか可愛いとこあんのよねぇ。ウチの子とは別の可愛いさが。確か歳も同じぐらいね?

「カンカン」「シャカッ」「トンッ」

音に振り返ると、料理が一気にデシャップに上がってきた。

「もー!あがったなら言ってよ!『2番テーブルさんのー!』とかさぁ!言えるでしょ?」って、怒れないのがこの店の良いところで、悪い所なのよねー。

ゾノさんは気合いを入れ直し、商品を確認する。—3番テーブルね。おっけ。よっしゃ!はこぶよー!


あ、どーも。

玉置は、頭を上げて、料理を確認する。うまそー!あ、あのコかな?

見上げると、あのコじゃなかった。パートのボスだ。じゃ、いっか。—玉置は、野菜モリモリタンメンに箸をつける。

でも、すごいよなー。この人達が話してるとこ、見た事ないのに、ボスだって分かるんだもんなぁ。不思議だよなぁ。

…ってか、あのコが来てくれたとして、どーやって話しかけよう?だって、話しかけれないもんな。ここのルールが無かったとしても、厳しいかもしんない。だって、天真爛漫が滲み出てるもん。黙ってるくせに。でも、せめて名前ぐらい知りたいよなーやっぱ。名札すらしてねーんだもんあいつら。まぁ、そりゃ名前呼ばねーんだもん、する必要ねーか。—玉置は一人でニヤケてしまう。

親友のクチキの言葉を思い出す。

「英語だとさ、どーせ俺の英語は下手くそだ。こんな可愛い子が俺と話してくれる筈ないって思うんだよね。そうするとさ、めっちゃ一生懸命話せるんだ。そーするとさ、意外と成功するんだよ。」

そうだ!どーせ喋れっこねーんだ!無理で元々だ。当たって砕けてやろう!—玉置は、またニヤケた。


こーやって黙って、向かいあって座っていると、いつもと同じだ。

メイは呆れた。肘をついて、コーキの瞳を見詰める。—でもね、これは見詰めてるわけじゃない。ただ、目のやり場が分からないから、コーキの目を見てるってだけ。

コーキはニコッとした。—きっと向こうもそうなんだ。本気でニコッとはしてなくて、何となくやる事がないから、広角を上げて、軽く戯けるの。違うかな?

そんな事を考えている自分に、これまた呆れて、メイは周りを見渡す。クスクスを抑えながら、スマホで筆談をしているカップルがいる。—前はさ、二人でいる時にスマホばっか見てたら、ダメかなーとか、気を使ったんだよね。

あからさまに、スケベな事をしているカップルがいる。—前はさ、よくパンツの上から焦らしてきたよね?なんか、前戯にめっちゃ時間かけてたよね?

ん?奥の席の、1人で来ている男が目を引いた。何やら、とても情熱的なアプローチをしている。立ち上がり、大きく口を開いて、時計を指差し、時計の針を回す様に腕をグルグル回す。自分を指差し、相手を指差した。

相手のバイトのコ、多分大学生で、私と同い年ぐらいかな?あのおねーちゃんも笑顔で頷いてるけどぉ…あれ、噛み合ってんの?

ま、いっか。なんか、二人とも楽しそうだし!

…「まいっか」じゃねーべ!—メイはコーキに向かい直る。

お前も楽しい事たまにはし・て・み・ろ・よ!

メイは机の下で、コーキの足を軽く蹴ってみた。

コーキはまた、ニコッとする。—あっ。

この瞬間、何かがメイの中で解明された。咄嗟に言葉が出て来そうになり、呑み込んだ。さらにはそんな自分に「なにやってんだ!」と、独り言を溢しかけ、もう一度口を抑える。—もー、本当に私…なにやってんだ。

コイツそーゆー事だったんだ!ここに来たのは、冒険でもなんでもないんだ!私と楽しむ事を、もう諦めてるんだ!だからこの店なんだ!ここなら楽しめないのが当たり前だから!—じゃあ、黙れっていってんの?私に?

メイは立ち上がり、外を指差す。

コーキは驚いて、主導権を無言で譲る様だ。

いや、そもそもコーキは、主導権など主張しない。

二人は歩いて外に向かう。


あらちょっと何ぃ⁉︎

ゾノさんは走る。ベテランの第六感が、悪い事を感じとった。


ゾノさんは二人の背中を見た。

ドアは直ぐ目の前だ。メイは早く言ってやりたい。

うーん。ここは敢えて行かせよう。そっちの方が…楽になる。—そしてゾノさんは、足取りにブレーキをかける。

カラーン。





「ねぇ、わかれよ!」


「え?いいけど別に。でも…なんで?」


「ちょっとあんたたちぃっ‼︎」

「え?」「はい?」



「お金払ってないでしょ‼︎」


「Tポイトも貯まるし、PayPayも使えるのよ!これ、一々説明すんのがもー、めんっどくさくて!」

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喋れないレストラン 鳩尾 @mizoochi

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