7度目の異世界召喚 〜召喚するのもいい加減にしろ!〜

加部川ツトシ

7度目の召喚


 深夜のコンビニの駐車場に眩い魔法陣が浮かび上がる。俺が発動させた転移の魔法である。


「はぁ……やっと戻ってこれた。どいつもこいつも、好き勝手に召喚しやがって……」


 ようやく面倒事が片付いて、体感的に二年ぶりの地球の日本の地元へと到着した。


「で、出口は何処になったんだ?」


 出来るだけ地元に近くなるように座標設定はしたものの、あの異世界で見つけた異世界への転移魔法は結構雑な作りであり、他の異世界で手に入れた知識によってかなり手を入れる必要があったのだ。大丈夫だと思ってはいたが念の為、周囲を見渡して現在地の確認をしていく。


「お、近所のコンビニじゃん。ふー、誤差は殆どなしか」


 俺、楯山遥輝たてやまはるきはちょうど今、通算6度目の異世界召喚から自力で帰って来たところだ。

 勇者として召喚される事に始まり、事故で二回ほど召喚されたり、生贄にするために召喚されたり、逆に魔王として召喚された事もある。生贄は生贄で酷いものだったが、召喚獣の一種として召喚された時はブチ切れたものだった。


 今回は魔王として召喚され人類との戦争を任されたが、戦争をしたがる奴らだけ処分してきて人間と和平を結んで、後は現地の奴らに押し付けて帰ってきた。元々俺にとっては他所の世界の他人事だ。無責任だとか言われる筋合いもない。解決の大筋を作っただけでもありがたいと思え。


 本当ならそれすらせずに放置して帰りたいくらいなのだ。そもそもどの召喚でも俺の意思確認などされた事がない。まぁ事故だけは大目に見るけれど、問答無用で拉致監禁しておいて世界を助けろだとかふざけた事を言いやがる。自分の世界の事は自分のところでなんとかしろと言いたい。


 だが、実際問題そういう訳にもいかなかった。初回はまんまと浮かれて勇者様と煽てられ良いように利用された挙げ句に殺されかけたものだ。なんとか切り抜けて、帰還手段を見つけ出して帰ったが。思い出したらなんか苛ついてきたな。今度なにか報復してやろう。


 なんの因果か、その後も何度も召喚された。毎回違う手段で召喚され、世界によって法則が違うため世界ごとに帰還の手段が変わってくるという嫌な仕様だった。同じ手段で帰れる時もあったが、その時に限ってただの事故で、その世界の人たちが良い人過ぎて放っておけなかったりもした。

 おやっさん、元気にしてるかなぁ……? おやっさんに作ってもらった異次元収納庫、便利に使わせてもらってるぜ。


 そうやって、それぞれの世界の異なる技術や知識に触れ、帰る手段を模索する羽目になったのだ。結果的に俺は六つの世界分のそれぞれの世界の法則に見合った技術と知識を身につけることになってしまっていた。


 色々と複雑な経緯にため息をつきたくなりながらも、一旦家に帰ろうと踵を返すと目の前に見知った顔があった。


「あれ? 遥輝、こんなとこで何やってんの?」

「ん? あぁ、葵か。コンビニに買い物か?」


 そこにいたのは隣の家に住んでいる幼馴染の立花葵たちばなあおいである。俺が何度も異世界召喚されても地球へ帰ってくる最大の理由でもある。


「って、なんか服がボロボロじゃん!? え? もしかしてまたなの!?」

「あー大正解だ。たった今帰って来たところ」

「……何度目なの?」

「……六度目だ」

「そっか、お疲れ様。そうだ、帰還祝いになにか奢ってあげるよ」

「良いのか?」

「まぁ、一度目に一緒に召喚された時には、沢山助けられたしね?」


 葵もまた異世界召喚からの帰還者である。俺の一度目の異世界召喚は一定範囲丸ごとのものであり、近くにいた葵や他にサラリーマンやら学生やらがまとめて一緒に召喚されていた。あの時は葵がいたからこそ、俺は一度目の世界で裏切られても地球に帰る事が出来たのだ。もし葵がいなければ絶望の中で死んでいたかもしれない。

 助けられたのは俺の方だと言いたいけれど、ここはぐっとその気持ちを抑え込む。ここは葵の気遣いを素直に受け取ろーー


「っ!?」

「きゃ!? 遥輝、どうしたのーー」


 突然背後に飛び退いた俺の行動に、葵が驚き声を上げるがその言葉が途中で途切れる。先程まで俺が立っていた位置に魔法陣が浮かび上がっているのに気付いたからだ。


「くそっ! 帰ってきたばっかだってのに、もう七度目が来るのかよ!?」


 再び足元に現れる魔法陣を避ける。再び魔法陣が現れ、再び避ける。そんな光景が何度も繰り返される。そんな光景を前に葵の肩が震えている。


「なんでそんなに遥輝ばっかり何度も連れて行くのよ!」


 その怒りに任せた葵の言葉遣いと共に、護身用の催涙スプレーが魔法陣に向かって投げつけられる。投げたのはもちろん葵である。六度目の今回の帰還は地球側ではほぼ時間の経過はなかったが、過去の召喚では最短で一週間、長ければ一年の行方不明期間があるのだ。その時は随分と心配をさせてしまった。


「葵、大丈夫だ。この程度の魔法陣なんて向こうが魔力切れになるまで避け続けてやるさ」

「……でも!」


 何度も複数の世界で死線をくぐり抜けて来たんだ。この程度の速度に遅れを取りはしない。


「ちっ! 標的を変えやがったのか!」

「え? え? なんで私の足元に!?」


 いつまで経っても俺を捕捉出来ないのに業を煮やしたのか、手段を変えて葵の足元へと魔法陣が展開される。くそ! そんなことさせてたまるか!


「葵、捕まってろ!」

「え、うん!」


 俺は葵を抱きかかえ、魔法陣の外へと足を踏み出すが、それより先に魔法陣が大規模に展開されていく。広範囲に展開された魔法陣から即座に脱出を図るが、それには少し遅かった。


「くそ! 何度も何度も召喚しやがって、いい加減にしやがれ!」


 その悪態は今はまだ召喚主には届かない。七度目の召喚は幼馴染の葵も巻き込んで、苛つきながらのものになったのであった。



 ◇ ◇ ◇



「ご歓迎申し上げます、勇者様」


 召喚が完了したようで、俺と葵は魔法陣の中に立っていた。周りは見知らぬ場所。神殿のような作りなので今回の召喚は神が関わっている可能性もある。

 待ち受けていたのは、神官服を来た偉そうなおっさん数名と代表者と思われる美人の教皇のような女性。


 何名かが目を抑えながら、涙を流しながら悶ているのは葵の投げた催涙スプレーの効果だろうか? ざまぁみろ!


「不躾ながら、勇者様は男性一人とお聞きしています。そちらの女性はどちら様でしょうか?」

「おいおい、ちょっと待てや。葵を巻き込んだのはてめぇらだろうが。召喚術の術者はどいつだ? 出てこいよ」

「女神セナ様にお会いにはなりませんでしたか? あのお方が貴方たちをお招きになったのでは……?」

「あーそういうパターンね。はいはい、わかったよ」


 要するにこの世界のピンチに手抜きで解決しようとしたどこぞの女神が、俺が避けまくったのに意地になって葵まで巻き込んだとそういう事か。


 さて、この世界の基礎的なルールはなんだ? それ次第で俺の使える手札が変わってくる。とりあえず、おやっさんに作ってもらった観測機器を使って、この世界の分析するとしよう。


「……何やってんの、遥輝?」

「……あの、勇者様……?」

「ちょっと黙ってろ。今後の方針を考えるから」


 葵はなんとなく事情を悟り、教皇っぽい女性の人は威圧され口を噤んだ。しばらく沈黙が支配し、観測機器により世界の分析が行われる。


 ほうほう、魔力濃度も質もそこそこだな。これなら魔法の類は問題なく使える。超科学技術の兵器群はエネルギー源さえあればどこでも使えるし問題ねぇな。ちょっと瘴気やらが多くて魔物や魔族も増えてるのか? となると魔王討伐系ってとこか。面倒くさ……


「あーもういいぞ。一応、話を聞かせてもらおうか?」

「あ、はい! 事の起こりは十年前に遡りーー」

「あ、由来とかどうでもいいから、倒してほしい敵とかそういうとこだけでいいよ」

「……え?」


 俺の言葉が予想外だったのか、女教皇さんは唖然としていた。だが気を取り直して話を再開する。


「では端的に説明させていただきます。勇者様にお願いしたいのは、魔王の討伐です。我らでは手も足も出ずにこのままでは滅びてしまうのです……」

「なるほどね。よくあるパターンだな……。あー少し待っててくれ」

「? はい、分かりました」


 葵も不思議に思ったのか、耳に口を寄せてくる。やめ!? 近いって!?


「遥輝、何する気よ?」

「ちょっと、調べ事をなー。場合によったらすぐ帰れるぞ」

「え? そうなの?」

「だからちょっと待っててくれ」

「うん、わかったわ」


 葵は納得してくれたのか、待ちの体勢に入った。それでは調査開始と行こう。

 よし、魔法系が使えるならあれも多分あるだろ。おやっさんが作ってくれた情報処理の補助装置を使ってっと。探査魔法を発動。

 よし見つけた、アカシックレコードだ。魔力回路を接続して、データを抽出。おやっさん特性の補助装置で必要な情報だけを抽出。これがないと膨大過ぎる情報量で頭が焼き切れるんだよな。

 よし、魔王の情報と敵勢力の戦力を確認っと。あーこの程度か。よし、すぐに帰れそうだ。


「葵、喜べ。すぐに帰れそうだぞ!」

「ほんとに!? やったね」


 そこへ困惑顔の女教皇さんがやってくる。思っていた展開とまるで違うのだろう。どうしたらいいのかわからないといった感じだ。


「引き受けてくださると思って宜しいのでしょうか……?」

「いんや、俺は倒さないよ」

「……え?」

「変わりの人材を呼んでやるよ。俺より従順で扱き使えて、魔王を倒せる奴らをな」

「あの、それはどういう……?」


 訳がわからないだろう。だが、親切に説明してやる気もない。身勝手に人の都合も考えずに召喚なんかする相手に気遣いをする気はない。


『我、楯山遥輝の名において、異界の門の解錠を成す。我が下僕となりて、此処に顕現せよ』

 

 俺が行ったのは、かつて俺が一度召喚獣として召喚されてしまった時の召喚魔法。そしておやっさん特製の異世界間の座標固定システムの併せ技。これで狙った相手を確実に召喚出来る。

 いやあの時にブチ切れーー温厚に、脅ーー話し合いで使い方を吐かーー教えてもらっておいて良かったよ。

 膨大な魔力が荒れ狂い、召喚魔法が発動する。そして魔法陣の中に数名の姿が現れた。


「……なんだここは!?」

「何者の仕業ですか!?」

「あ、貴様は裏切り者の勇者!」


 その他大勢の困惑する声と、俺に向けての罵声が飛んでくる。おー、ちゃんと主犯の姫様も来てるな。

 俺が召喚したのは、かつて一度目に俺を召喚した国の連中だ。奴らは俺を良いように利用するだけして殺そうとした。せっかくなので承諾なしで帰還の目処すらない環境に召喚され、扱き使われる体験をしてもらおうではないか。


「ごちゃごちゃうるさいな。お前らがかつて俺らにした事をやっただけだろうが。お前らにはここでこの世界を救う為に命懸けで戦ってもらうぞ? 拒否するならしてもいいが、その場合追放でそのまま野垂れ死んでもらうぞ?」

「ふざけんじゃないわよ! 下賤な異界の住人のくせに! 私を誰だと思っているのよ!?」

「言っとくが、ここはお前らの世界じゃねぇ。お前らの世界の権威が通じる訳がねぇだろうが!」


 まだギャーギャーうるさいが、放置しよう。どうせ聞くだけ無駄だしな。


「さて、こいつらで十分魔王は倒せるはずだ。これ、あいつらの手綱な? 言うこと聞かなけりゃ、どんな扱いしたっていいぜ? そういう事をしてきた連中だからな」

「え、あ、はい」


 そういって、下僕の反逆防止用の魔道具を女教皇さんに渡す。これがあればあいつらは逆らうことは絶対に出来ない。どさくさに紛れて使われた時の恨みはここで晴らしてやる。


「あーあと、もう迂闊に召喚は使うなよ? あれって殆ど相手の意思を無視してるからな?」

「……そうだったのですか。それは非常に申し訳ないことを……」

「まぁ、実際に実行したのは女神とやらみたいだしあんま気にすんな?」

「……はい」

「それじゃ俺らはもう帰るから後は頑張ってくれ」

「はい。色々とありがとうございました」


 そう言って、女教皇さんと別れを告げた。この人自体はそれほど悪い人ではないようだ。


「ねぇ、遥輝、ちょっとやり過ぎじゃない?」

「いーんだよ、あいつらは俺も葵も殺そうとしてたんだ。これくらいどうってことは無い」

「……まぁ、確かにそうかも」

「あ、あと帰る前に一箇所寄るとこあるからな」

「あー、なんとなく想像ついた……」


 そうして、俺は葵と手を繋ぎながら転移魔法を発動する。大体全ての手札が使える世界で良かったよ。



 ◇ ◇ ◇



「はぁ!? 折角召喚したのに自力で帰れるの!?」

「そりゃ悪かったな。だが、女神だからって好き勝手やり過ぎなんだよ」

「げっ!? なんでここにいるのさ!?」


 下界の様子を見ていた女神セナの背後に転移した俺は文句を言っておく。元はといえば今回の転移はこいつが原因だ。


「そりゃまぁ、七度目の異世界転移ともなればこうもなるさ。神だって何柱か殺したしな?」

「げっ!? お前、神殺しなの!?」

「ってことで、覚悟しろ? まぁ今回は半殺しくらいで勘弁してやるさ」

「あーあ、遥輝、キレちゃってんじゃん」

「あ、あ、助けて……! ギャー!!」


 女神セナの見苦しい悲鳴がしばらく続き、意識を失ったのを確認して攻撃の手を止めた。流石に殺す気まではない。


「さて、帰るか」

「そだね。それにしても遥輝ってずいぶん性格変わったよね?」

「そりゃ、何度も異世界転移させられて死線潜ってきたら変わりもするさ」

「まぁ、それもそっか」

「あぁ、そういうもんさ」


 そして転移魔法を発動し、今度こそ地球の日本の地元へと帰っていった。こうして七度目の異世界召喚は終わったのである。


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7度目の異世界召喚 〜召喚するのもいい加減にしろ!〜 加部川ツトシ @kabekawa_t

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