第27話 婚約破棄案件

「それは……何だ?」

「トランプよ。カードゲーム」


 この世界にも、カードゲームはある。どちらかというと花札に近く、絵に意味があり、それを全て理解するのはかなりめんどくさいという代物だった。なので、トランプを作り、簡単な遊び方を教えれば、それは瞬く間に広がり、今ではザイザル王都では流行りの遊びになっていた。

 ジークは一枚も見逃すことなく拾ってきてくれたらしく、ババを含め全てのカードがなくなることなく揃っていた為、カードを見せながらクルトにトランプの説明をした。


「ほーっ、そんな遊びがザイザルでは流行っているのか」

「ディタが考えたんだ」


 ジークが私の頭に頬擦りしながら言う。

 いまだに私はジークの膝の上、ウエストに回された腕はしっかりとクロスされ抱き抱えられている。頭にスリスリしたり、頬にキスしたりと、私を堪能しているジークと、それを諦めの極致でスルーしている私を、生暖かい目で見るクルト……。この関係性っていったい?


「あー……何だ、面白い女だな。あんたの婚約者は」

「可愛いでしょ? でも、僕のだから。誰とも共有するつもりはないよ。彼女と、他の者達、ちゃんと無事に返して貰えるんだよね? 」

「まあなんつーか、最初は誘拐して身代金を……って考えた。あんたの溺愛ぶりなら、それなりの額は用意しそうだな」

「そりゃね、彼女の為ならいくらでも」

「ちょっと、ジーク! 」


 振り返った私の唇に、チュッとキスをする。


「君は何事にもかえられない。僕の唯一だから」


 甘過ぎる微笑みに、思わず今の状況も忘れてうっとりと見つめてしまう。最近思うんだけど、これはかなりあざとい演出だと思う。まさに麗しの王子様を地でいくジークだ、砂糖菓子より甘い台詞も、お腹に響くその声音も、ゾクゾクするその色気駄々漏れの笑顔も、全てが私を崩落して離さない為のもの。これをあざといと言わずして何と言おう。

 もちろん、あがらうなんてできもせず、その瞳から目なんか離せる訳もなくつい近づいてくる美しい顔に、自然と瞼が下りていってしまうのだけど……。


「その辺で。後で部屋を用意すっから今は我慢してくれ」

「部屋? 」


 あと一ミリという距離でジークの動きが止まる。


「ああ、きっちり防音使用の優れもののテントだ」

「君の話しを聞こう。で、身代金か? なんなら、僕の分も要求する? 一応皇太子だから、僕のポケットマネーでディタの分を支払うよりも、国庫からいくらでも引き出せるよ」

「ちょっと、何バカなこと! 」

「えっ? だって、ディタとの初夜をお膳立てしてくれるんでしょ?一緒の部屋で一晩過ごせるなんて、こんな素敵な提案をしてくれるのなら、何だって協力するに決まってる」

「それは狂言誘拐って言うの! それに、私はジークとまだそういうつもりは……。結婚してからって約束したでしょ! もう! バカなこと言ってないで、クルトも変な提案しないでくれる?! 」

「変なって、婚約者なら当たり前のことじゃないのか? 普通一緒に寝るだろ。万が一ガキができたとしても、結婚の約束があれば問題ないし、何より肉体関係を拒むのは、婚約破棄の正当な事由になる案件だぞ」

「僕はそんなことで婚約破棄なんかしないよ」

「すげえな、人間できてんな。尊敬に値するぞ」

「愛するディタの為なら、何だって我慢するさ」


 いやいやいや……。


 何を男同士でいきなり親交を深めてくれてるの?

 しかも、内容がしょうもなさ過ぎる。


「クルト! 身代金は止めたって話しはどこにいったのよ! 」

「ああ、そうだった。話しは戻すがな、身代金の話しはあんたの婚約者に言われて却下になったんだ。言われてみれば、確かに大国に目をつけられたら、いくら金があっても国の復興なんて無理だってわかったからな。それでだ……」


 クルトは、私と話したヒュドラ鉱石の独占販売権について語りだした。その話しをじっと聞いていたジークは、何か考えていたようだが、クルトが話し終わるまで口を挟まずに聞いていた。


「なるほど、わかった。しかし、今の世で武器の独占販売は弱いな。ヒュドラ鉱石を使って、何か別の産業は興せないか……。何か需要のある物に変換できれば、或いは……」

「包丁とか、鋏とか? 」


 私は、以前にミモザの髪の毛を切らされた時のことを思い出して言ってみた。

 ミモザの館に買われてすぐに、美容師の説明をする時に、試しにミモザの髪の毛を切ってみせろと言われて、ナイフを渡されたことがあったのだ。この世界では、みな適当にナイフで髪の毛をザクザク切っている為、かなり雑な髪型をしている。ちなみに、爪もナイフで削ぐように切るのはかなり驚いた。


「包丁は、確かにヒュドラ鉱石で作れば刃こぼれしないかなり良いものができると思うけど、鋏って何? 」

「うーんとね……、ちょっとジーク離してよ」


 私はジークの手を外して地面に下りると、手近な石で地面に鋏の絵を書いた。どこに刃がついていて、どのように動かすか、簡単な仕組みを分解した絵も書いて説明する。


「ほーっ、二つの刃をな……。なるほど面白い」

「作れる? 色んな大きさの物を作ると、用途別に使えるわよ。小さい物で刃を少し反らせれば爪切りにもなるし、普通の大きさなら髪の毛を切ったり、料理にも使えし、工作や裁縫にも使える。かなり大きくしたら、枝切り鋏とかもあるか」

「さっそく作らせてみよう。後でその絵を紙に描いてくれるか? 」

「いいよー。できたら私にもくださいね」

「もちろんだ! 素晴らしい知恵に感謝する」


 クルトに深々と頭を下げられた。


「ああ、やっぱり僕のディタは素晴らしいよね。賢くて可愛くて、最高の僕の女神だ。その鋏とやらが出来上がったら、是非に我が国が販売権を買おう。ヒュドラの後ろ楯にもなれるんじゃないかな。それと、ヒュドラの毒薬についても、専売を許してもらえればね」


 再び私を膝の上に抱え込むと、ギュッと抱き締めて頭にスリスリするジークだった。


「毒薬? 」

「ああ、毒と薬は紙一重。ヒュドラは沢山の毒薬にたいする知識も有する。その知識だけでも、実はかなり魅力的なんだよ」


 そう言えば、ヒュドラの武器には痺れ薬が塗ってあると言っていたのを思い出した。


「了解した」

「それでテントは用意してもらえるんだよね? 」

「ハハハ、もちろんだ。すぐに用意させよう。で、多人数用ではなく、もちろん二人で使用する用でいいんだよな」

「狭くてもいいさ。……いや、狭い方がいいかな。いっぱいくっつけるものね」


 ね? と頬にキスを落とされるが、そうねとも言い難く、私はスルースキルを発揮させ、甘い雰囲気にのまれないように無表情を保持するのに必死だった。




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