第26話 再開
ワインをちびりと舐めながら、痛む頭をグリグリ押した。
目の前には獣の丸焼き(多分……猪? )がドーンと置かれ、私の隣にはクルトが陣取っている。真ん中の焚き火を囲むように侍女達も地べたに座らされ(一応丸太の椅子はあるが)、ヒュドラの騎士達(どう見ても盗賊にしか見えない)にもてなされていた。回りは真っ暗で、四隅に焚かれた松明と、真ん中の焚き火だけで灯りをとっているが、今日は月も星も出ていないから、松明から少しでも離れると、本当の闇夜だ。
イメージ的には、キャンプ場で大宴会……だけど、身代金目的で誘拐された誘拐犯と被害者な筈よね?
「ねぇ、私達以外の侍女や侍従とか騎士達は……」
殺されてしまったんだろうか? 何人無事だっただろう? 私を抱えて逃げてくれた騎士は……。
短い間だったが、一緒に旅した人達だ。特に騎士達は護衛であったから、常に側で気遣ってくれた。
一歩引いた態度ではあったが、黒髪だとか貴族でないからとかで蔑むことはせず、アンネに対するのと同じような丁寧な態度をとってくれた人達を思い出す。
「ほとんど……」
「ほとんど? (皆殺し?! )」
目を伏せて言い淀んだクルトを見て、最悪な状況が頭に浮かんだ。ワインを入れた木のコップをギュッと握りしめる。
「捕まえてある。他の侍女達にはその世話を任せてる。男達の縄をほどく訳にいかないからな」
クルトは、ニヤッと笑ってワインを煽った。
いやね、その間は思わせ振り過ぎるでしょ。
私はホッとしたのと、イラッとしたので、クルトを思い切り睨み付けてやった。
「人は金になるからな。俺らの武器には痺れ薬が塗ってある。ちょっとかすっただけでも、一日は動けん。ふんじばって、洞窟につないであるのさ」
「怪我人は? 」
「さあな。死人はいなかったぞ。一応、追ってがかかるのを遅らせる為に、色んな痕跡は消すようにしたから、死体は……ああ、一人だけ崖から落ちたから、あいつだけは死んだかもな」
「騎士? 」
「おまえを抱えていた奴だ。まあ、うまくいけば生きてるだろう。途中で木に引っ掛かっていたし、あそこからさらに落ちても、そこからならあの崖はそんなに高くなかったからな。まあ、怪我して獣の餌になってる頃だろうが」
寝袋を貸してくれて、しかも私のことを忘れずに助けてくれようとした騎士が……。
私は心の中で彼の無事を祈りつつ、クルトの目を真正面から見た。
「……で、私達はどうなる? 」
クルトは何を考えているかわかりにくい表情で、目だけ細めて焚き火の炎を眺めている。
「おまえは……どう思う? 」
「それを決めるのは私じゃないでしょ」
「おまえの言う通りに金をせしめるんじゃなく、大国の後ろ楯を得るには、今回のことは……好ましくはない」
「まあ……そうね。でも、アンネは無事だったし、この際私達を歓待でもして、交渉の駒にでも使えば? とりあえずは誰も殺していないならね」
「……」
自分で言っていても、それはどうだろうと首を傾げたくなるのだから、クルトが黙りになってしまうのもしょうがない。
「そうだ! あなた達は交渉する為にアンネに会いたかった。彼女ならザイザルとアステラの二大国に発言権があるから。その為の猛挙で、決して弑いるつもりはなかった……と。アンネとは会えなかったから、私達の身の安全を保障して、ジークに謁見を申し込めば?」
どう? 名案じゃない? ……とばかりに、クルトに目を向けると、いきなり背後からフワリと抱き締められた。
暗闇から延びた細いけれどしっかりした腕、優しく香る匂い、少し高い体温……。
「僕以外の男と仲良く話さないでほしいな」
「ジーク?!!! 」
暗闇から現れたのは、優しげな微笑みを浮かべた見目麗しい美青年。私の婚約者。ザイザル国第三王子ジークフリード(以下省略)だった。
バカじゃないんですけどすみません。婚約者のフルネームは覚えきれてません。
「お邪魔してもいい? いいよね?僕に話しがあるんでしょ? 」
ジークは私をひょいと持ち上げると、私のいた位置に腰を下ろして自然な動作で私を膝に座らせた。ついでに、私の頭の匂いを嗅ぐのも忘れない。
いや~ッ!!
二日、お風呂に入ってないのよ?!
フレグランスなんか残っている訳ないし、ジークの嫌いな獣臭満載な筈……。マジで止めて!
「ジーク! お風呂入れてないから! 臭いから! 」
「うーん? ディタの匂い? これはこれで好きかも」
「変態! 耳の後ろとか、まじで勘弁! 」
ジタバタと暴れる私の腰をしっかり掴み、私の匂いを堪能するジークと、剣の柄に手をかけたまま呆然とするクルト。しかし、すぐさまクルトは剣から手を離すと、私達の前に出て片膝をついた。
「ザイザル第三王子ジークフリード様とお見受けする。俺……私は」
「ヒュドラの人だよね」
「すでにない国の身分など意味しないが、第一王子クルトと申す」
「はい、こんにちは」
ジークの軽い様子に、クルトは調子が狂ったのか、地面に直にあぐらをかいた。
「一人で? 」
「そう。山道の入り口に馬は置いてきたけどね、ここまで皆これるかな? 一応足跡つけてきたから、もうすぐくるかな? 」
「あんたはどうして? 」
「僕ね、鼻が凄くいいんだよ。ディタの残してくれたこれね、この匂いを辿ったのと、君達、ある程度山道入ったら痕跡消すの止めたでしょ。だから、ここまで来やすかったよ」
ジークは、私の手作りトランプを胸元からだした。
ジークに気がついてもらえた。そんな安堵の念がジワジワと心に広がっていく。ジークが一人で盗賊のようなヒュドラの騎士達に勝てるとも思えないし、なんで騎士達を待たないで出てくるかなって思わなくもないけど、この腕の中は安心できた。
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