第25話 痛いな……うん痛い

「……自害ね。どうやって? 」


 男……クルトは面白そうに私を上から下までじろじろ見た。


 もちろん武器も持っていないし、毒薬などもありはしない。舌噛んで死んでやる……というのは、現実的じゃない。私の顎の力で舌を噛みきれるとも思えないし。首吊ると、糞尿垂れ流しになるって聞いたことがあるから、できる限り避けたい……などと色々考え、これならいけるのかな? とつぶやく。


「……衰弱死? 」

「は? ずいぶん消極的な自殺だな」

「あら、水分もとらなければ、比較的早く死ねる筈よ。餓死するのに、一週間もかからないんじゃないかしらね。剣とかないから首も切れないし、飛び降りは……死ねる高さまで登れる気がしないし、首吊るのは死体が汚くなるから嫌だ。毒薬なんか持ってないし、溺死は泳げちゃうから無理かな。そうすると、それくらいしか残ってないのよね」


 もちろん、目の前に水がある状態で精神的に耐えられれば……だけど。貪り飲みそうな自分はいる。そんな高潔に生きていない! と断言できちゃう自分が情けないが、言うだけならタダである。


「ほう、面白い奴だな。では、毎日三食用意しよう。俺達も、できる限り身代金はつり上げたいからな。死なれたら困る。一銭にもならないからな」

「……なぜ、そんなにお金がいるの? 」


 目の前にいるクルトは、見た目ごついし薄汚れて顔に傷まであり、いかにも盗賊の頭みたいな見た目をしていたが、想像したり聞いていたような盗賊には思えなかった。ちなみに、私のイメージの盗賊は男は皆殺し、女は凌辱して売り飛ばす……ってやつ。

 騎士達や侍従達のその後は不明だけど、今のところ私達は無事だ。閉じ込められているが縛られたり繋がれたりしていない。

 クルトの眼光は厳しいが、下卑た色は浮かんでいないし、その中に不愉快な感情は感じ取れなかった。

 だから思わず聞いてしまったが、答えてくれるとは思っていなかったのだが……。


「国を復興したいからだ」

「……? 」

「ヒュドラという国を知ってるか? 」

「……土地をもたない民族よね?傭兵を生業にしてる」


 アンネに付き合って勉強したお妃教育で習ったが、ヒュドラって国というより民族の誇称と思っていた。というか、答えてくれる訳ね。


「土地をもたないのではない。遥か昔に奪われたんだ。俺は、ヒュドラの国を復興させ、全国に散らばった民に定住の地を与える為に金を集めている」

「……。ヒュドラって国を再興させたいんだよね? で、アンネなら莫大な身代金とれるから狙った?大国……しかも上手くいけば二国からふんだくれる? 」

「まあ、そうだな。結局は侍女数名と、愛妾候補の娼婦しか捕まえられなかったがな」


 ああ……。

 言いたくないけど……言いたくないけど、本当……。


「あなたは、ヒュドラって国の……? 」

「第一王子だ」

「ヒュドラって、みんな凄い強いのよね? 傭兵として一流だとか」

「もちろんだ! 俺達もは強い!最強だ! 」


 何かよくわからないけど、拳を握りしめて天を仰ぐ姿は……痛いな。うん、痛いよ。


「あのさ……、宰相みたいな人ないないの? 」

「宰相? 」

「国を復興する為の計画を立案してくれる賢い人」

「なら、俺だ」

「……賢い人だよ」


 クルトは若干ムッとしたような表情をしたが、それにキレて暴力をふるう訳でも、今の立場を誇示することもなく、「だから俺」と、再度親指で自分を指差した。


「質問があります」


 右手をピシッと上げた私に、クルトは鷹揚にうなずいて見せた。


「もし万が一、アンネを捕らえられていたとして、ザイザルとアステラからふんだんに身代金をせしめたとします。はい、この世界の三大国のうちの二国を敵に回して、いくら最強の傭兵国といえど無事にすむと思ってるんでしょうか? 」

「え? 」

「国を再興した途端、滅ぼされるとか、思わないのかな? 」


 バカなの? というような私の質問に、ザ・脳筋男クルト(この時にはすでにあまり危機感を感じなくなっていた)はただただ戸惑いの表情を浮かべていた。


「第一さ、もし滅ぼされないとしてもよ、女性を盾にしてお金をせびるような国、対等に扱われる訳ないじゃない。本当に国を復興したいなら、悪どくお金稼ぐよりもまずは人じゃない? 」

「人? 」

「脳筋じゃどうにもならないよ?外交するにしろ、国を維持するにしろ、頭のキレる文官が必要だよね。国を復興させる為にお金は必要だろうけど、犯罪して安易にお金を得るのは間違ってる。大国は敵に回すんじゃなく、味方にするべきだよね。お金は後からでもいい。大国の後ろ楯がとれれば、究極支援して貰えるんじゃない? 」

「どうやって? 」

「それを考える為に人が必要なんでしょ。大国にどれだけ有益な存在か、それをプレゼンできる有能な人材はいないわけ? 」

「プ……レゼン? 」

「どれだけ自分の国が有益ですよって、わかりやすく説明すること……かな? たとえば、ヒュドラが誇れる物って何かある? 他の国にないような」


 ザ・脳筋男クルトは、しばらく考えてから力こぶを作ってみせた。


「何事にも恐れない心と力だ」

「そういうんじゃなくて! 今は小競り合いはあっても、大きな戦争はないでしょ。そこそこ均衡がとれて、傭兵とかはそんなに必要とされてないじゃない。用心棒レベルだよね。盗賊退治とか。だから、腕力を売りにするんじゃなくて、何か特殊な産業とかないの?」


 クルトはウーンと唸った。


「……ヒュドラ鉱石」


 それまで黙って震えていたライラが小さな声で言った。


「何、それ? 」

「そんなことも知らないの? ヒュドラに伝わる鉱石で、門外不出の精製方法で作られる武器や武具は、どんな物より固いのよ」

「ふーん……、製鉄みたいなもんかな」

「製鉄って何よ」

「私も詳しくは知らないけど、鉱石から鉄の元みたいなのを取り出して、すっごい高温で温めて叩いて冷やして……ってのを繰り返して固い鉄を作るんじゃなかったかな。やれって言われてもできないし、鉱石を見極めたりもできないけど」

「おまえ……何で知ってる?! 」


 クルトが驚いたように私の腕をつかんだ。


「痛い、痛い、痛いよ! バカ力過ぎ」

「あ……悪い」


 私が叫ぶと、クルトはすぐに手を離して謝ってくる。

 なんか素直というか、拐われた身で、こんなに普通に話していていいのだろうか?


「その女も言ってたろ? 門外不出って。俺らは腕っぷしもそりゃ誰にも負けないけど、武器によるところも……多少はあるな。で、その鉱石の精製方法を何でおまえが知っているんだ」

「え? 知らないですよ。私は鉄の……って、もしかして同じようなやり方なのかな」


 クルトは肯定も否定もせず、ただ眉間の皺を深くしたところを見ると、多分同じなんだろう。


「……で、ヒュドラ鉱石をどう使う? 精製のやり方を教えるから後ろ楯になれと言うのか? 」

「教えたらダメよ。それじゃ、一時しか効果ないもの」

「では? 」

「作るのはヒュドラが、販売権を大国に売るのよ」


 クルトは、中央に置いてあった椅子に座り、私を手招きした。


「座れ。そっちのおまえも」


 そう言うと、入り口に控えていた盗賊(盗賊ではなくてヒュドラの騎士であったが)に何か指示を出していた。

 私は言われた通りにクルトの目の前に座り、ライラも私に椅子をつけるようにして座る。

 しばらくして、目の前には肉や野菜、ワインなどが並べられた。


「まあ、食え」


 豪華な……とまではいかないが、娼館の食事よりはリッチな食事に、思わず生唾を飲み込む。


 衰弱死は……また今度に伸ばそう。第一、私達は今のところ無事なんだしね。

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