第24話 ジーク爆走

「王子、そんなに飛ばしたら他の騎士達が追い付けません」


 ジークの後ろを駆けていた騎士が、悲鳴のような声で叫びながら先を走るジークに呼び掛ける。

 ジークの愛馬は青毛の雄馬シーザー、その体躯は普通の馬よりも一回り大きく、その速さや体力は一般の馬とは段違いだ。気性は荒いが、ジークには絶対忠誠で、ジークの意を汲んでグングン速度を上げていく。

 後ろを走る馬達が白い涎を撒き散らしながら、血走った目でシーザーの尻を追いかける。


「ついてこれない者は置いていく」

「それでは護衛が全滅です! 」

「早くディタに追い付きたいんだ。もう五日も会っていない」


 ジーク以外の騎士達は馬を交換しつつ、二日間駆けっぱなしだ。休憩はほぼなく、睡眠も最小限。もうすぐ山越えというところまできていた。

「王子、日が落ちての山越えは危険です! 山には夜明けと共に入りましょう」

「少しでも進みたい」

「明日には追い付きますから」


 シーザーならば多少は夜目がきく。しかし、他の騎士達を危険な目に合わせる訳にはいかない。

 ジークは深いため息をついてシーザーの手綱を引いた。


 予定ではディタ達(本来はアンネローズ一行だが、ジークにしたらディタ一択)は初の野営をしている筈で、どんなに心細いだろうと思うと、早くそばに行ってあげたい。いや、本当はただ自分が寂しくて、心配で、心配過ぎて気だけ急いてしょうがないのだ。


 でも、明日会える。

 ディタの甘い香りを嗅げる。

 あの柔らかくて小さな身体を抱きしめられるのだから……。


 黒々とする山を見上げながら、この先にディタがいる、あと少しで会えるのかと思うと、自然に甘い笑みが溢れるのだった。


 ★★★


 日の出と共に出発した。

 日の出前に騎士達を叩き起こし、荷物をまとめ、積極的に、皇太子なのに朝食の準備をし、朝日が昇ったとともに馬を走らせた。上手くいけば、昼過ぎには追い付くかもしれないと思うと、清々しい朝に思え、残った車輪の跡を追いかけた。


「何だ?! 」


 いきなり道が土砂で覆われており、先頭を駆っていたジークだったがシーザーが足を止めた。


「土砂崩れでしょうか? 」

「アンネローズ様達が通った後に崩れたんでしょう」


 土砂の下にアンネローズ一行が巻き込まれた痕跡は。ただ、土砂崩れの跡なのか、地面が妙に踏み荒らされたように感じて、ジークは眉を潜めた。

 さらに進み、昨晩アンネローズ達が野営しただろう場所に到着した。しかし、やはりここも昨晩百人近い人数が野営したとは思えない。火を焚いた跡はあるが、ほんの数ヶ所だし、地面に砂がかけられたような場所がちらほらあった。馬車の轍の跡を探ると、大きな木の下に停まっていたらしく、木を探ると大きなウロがあり、中に騎士の使う寝袋があった。寝袋を引き寄せると、わずかだがディタの香りがする。鼻を押し付けて嗅ぐと、鼻が曲がりそうな悪臭(寝袋所有者の匂いだろう)の中に、嗅ぎ慣れた甘い香りを嗅ぎとった。


 ジークの眉がグッと寄る。


 もちろん、この寝袋の中にディタと騎士が一緒に入ったという訳ではないだろうが、愛らしいディタの匂いだけでも他の男と交じっているのは耐えられな


 第一、わざわざ騎士の寝袋を借りなければならない事態とは?


 そこで初めて、馬車の轍が一つしかなかったことに気がついた。特別な轍を持つのはアンネの馬車のみで、他は普通のものだったから、そんなに気にして追ってはいなかったが、この野営地に沢山の馬車が止まっていた跡がないのだ。


 あの不自然な土砂崩れ……。


 ジークは寝袋をつかんで、シーザーを止めてある場所に急いだ。よくよく嗅げば、自然の青臭さの中にツンと錆びた匂いが交じっている。ジーク以外には嗅ぎとれないほどではあるが、血の匂い……。


「ディタ達が襲われた! 」


 ジークはただそれだけを叫ぶと、素早い動作でシーザーにまたがり膝に力を入れた。それだけでシーザーはジークの意を介して最速でトップスピードまで加速する。騎士達も瞬時にジークに対応するが、さすがにシーザーには追い付かず、すぐさまその距離が開いていく。

 轍の跡を必死で追いつつ、ジークは気ばかり急いて前のめりになりながら馬を駆けた。


 速く! 速く! もっと早く!


 盗賊達に捕まった女など、凌辱される未来しかない。しかも群がる男達に……。


 ジークの口の中に血の味が広がる。


 たとえ誰に何をされても、ジークがディタを拒絶することはない。命があって、自分の腕の中にさえ戻ってくれれば……。無論、相手を、盗賊達を許すことはない。ディタの全てを抱きしめることと、盗賊達を見逃すことは同義ではないからだ。


 ディタに触れた者には容赦はしない。触れた場所全てを削ぎ落とし、切り刻んでやる!


 甘々なジークからは信じられないくらいの覇気と怒気が混在したオーラを巻き散らかしながら、ひたすらシーザーを駆けさせた。

 すでに後ろに騎士達が見えなくなってから数刻、左側の崖から這い上がってくる者を見つけた。


 ジークはシーザーを急停止させ、よろける男の側に飛び降りた。

 男はザイザルの騎士の鎧を身に付けていた。


「おまえ?! 」

「……ジークフリード様」

「ディタは?! アンネは?! 」


 騎士は膝をつき、うめき声をあげる。


「アンネローズ様は先に……。ディタ様は……申し訳……ございません」


 ジークは騎士に水を飲ませると、騎士は今までのことを話しだした。落石と土砂崩れによる急襲により隊を分断されたこと。わずかの騎士とアンネ達で先に逃れたが、闇夜に襲撃を受け……最後尾を走っていたディタを連れた騎士の馬が射られ落馬したこと。拐われたディタを取り返そうと盗賊に刃向かったが、蹴り飛ばされて自分は気がついたら崖の下にいたということ。


「……ディタ……は? 」

「落馬による怪我はないかと思われますが……連れ去られてしまいました」

「盗賊にか! 」


 ギリギリと歯ぎしりをしながら顔を歪めるジークに、騎士は痛ましそうに視線を落とした。


「……あれが本当に盗賊なのでしょうか? 」

「どういう? 」

「騎士達と対等に戦っていました。統率を欠くならず者の集団には見えませんでした。……それに、あの矢……あれは……そうです! ヒュドラの矢です! 」


 ヒュドラとは、土地を持たない放浪の小国。どこの国にも下ることを良しとせず、土地を捨てて傭兵を生業とする民族だ。


「ヒュドラが盗賊に成り下がった……ということか? 」

「それはわかりませんが、あの強さ……我々ザイザルの騎士と互角……それ以上かと」

「わかった。すぐに他の騎士達が追い付いてくる筈だ。おまえはここで待て」


 ジークは騎士達を待つことなく、シーザーの背にヒラリとまたがると、ハッと一声かけて走らせた。




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