第23話 自分の価値
自国の皇太子を犬扱いした私は、いまだに小屋のような中に閉じ込められていた。
当たり前だろうが、扉は開くことなく窓は外からがっちり打ち付けられており、外の様子などわからない。多分昼は過ぎた頃だと思うが、盗賊達には放置されている。
水樽が置いてあるから水分は取れるが、食べ物はない。
いつ盗賊達がやってくるのかと戦々恐々としていた侍女達も、昨晩は寝れなかったせいか、壁にもたれてうつらうつらしていた。
突然ガチャガチャと音がして、外から閉じられていた扉が開いた。薄暗かった室内に光が入り、土臭い匂いと共に数名の男が中に入ってきた。侍女達は身体を固くして抱き合い、悲鳴を上げることもできずに硬直する。
「スゲー、女がいっぱいいる」
いっぱいと言っても、私をいれて六人しかいないのだが、男達は逆光に立っている為、どんな表情でそれを言ったのかわからない。
下卑た笑みを浮かべているのだろうか? まさかの集団暴行?
最悪の事態が頭に浮かぶ。
部屋に入ってきた男は三人のようだが、もしかすると扉の外に複数人待機しているのだろうか?
男達は皆体躯が大きく、女の力でどうにかできそうには思えなかった。
「こん中で一番位が高いのは誰だ」
侍女達の視線がさ迷う。
貴族としての位が一番なのはライラだ。私は皇太子の婚約者とはいえ、位で言えば平民以下。なんていっても、いまだに娼婦として娼館預りなのだから。
「そこのおまえ! おまえが一番年上っぽいな」
侍女の一人が腕を捕まれ、ヒッ……と息を飲む。
「や……やめなさいよ。乱暴にしないで! 」
「なんだ? ガキのくせに気が強いな」
間に割り込もうとした私は、肩を押されて簡単に床に転がった。
「わ……私は男爵家の……位など高くはありません」
腕を捕まれた侍女は、吃りながら悲鳴に近い声を上げた。
「男爵……か。確かに底辺だな。じゃあ誰だ?! 」
男爵令嬢である侍女はライラに目を向ける。ライラの表情が明らかに強ばった。盗賊達の視線がライラをロックオンしたからだ。
「私は役にはたちませんわ。貴方方、爵位を気にするということは身代金が目当てなのね? そうでしょう? 私の為にロイ公爵が身代金を出すことはないわ」
「それをおまえらが知る必要はねぇな。公爵令嬢か……。とりあえずおまえ、ついてこい! 」
ライラが腕を引きずられるように部屋からでていき、また部屋は薄暗くなり、扉はガチャリと閉じられてれた。
★★★
それからどれくらいたったのか……。皆がライラの身を案じたが、それが自分でなかったという安堵感からくる歪んだ感情の上にあるのは仕方がなかったかもしれない。
ガシャッ……バタンッと扉が開き、再度盗賊が三人現れ、部屋の内部を見渡し、私にピタリと視線を留める。
ズカズカと室内に入って、私の腕をしっかりと掴み引き上げた。無理に立たされた私は、肩に痛みを感じて小さく叫んだ。
「イタッ……」
「黒髪……この女か? ただのガキじゃねぇか」
そのまま荷物のように抱えられ、何の説明もなく部屋から担ぎ出された。
★★★
連れてこられたのは、隣接する大きなテントのようなものだった。
どうやら私達が閉じ込められていたのは、打ち捨てられた木こりの山小屋を外から補強(窓や裏扉を木板で打ち付けて)したものだった。私達を監禁する為に不法に使用しているのだろう。盗賊達はテント住まいのようだから、盗賊のアジトではなく一時的なものと思われる。
つまりは、いつここから移動させられるかわからないということだ。
「クルト様、連れてきましたぜ」
頭領とかお頭とかじゃなく、様呼びに引っかかるものを覚えながら、私は暗いテントの中を見回す。思ったのより丁寧に地面に下ろされると、特に拘束されることもなかった。私を担いでいた男は、そのまま入り口の所まで下がる。
まあ、気弱な侍女が抵抗するとか、逃げようとするとか思っていないのだろうが、こんなユルユルでいいのだろうか?
テントということは、ちょっとペロッと天幕をめくればすぐ外で、逃げようと思えば別に入り口を使わなくたっつ逃げられる。
「逃げようと思うなよ。他の人質の命が惜しかったらな」
暗くて顔の表情まではわからないが、正面の椅子に座った男が太い声で言った。
「まあ、逃げてもこの天幕の回りは仲間が警備しているからな。たいして逃げられはしないが」
「逃げませんよ。もし逃げれたとしても、あなた達は私が助けを呼びに行っている間に逃げてしまうでしょう。侍女達を奴隷落ちさせる訳にいかないから。第一、こんな山の中を逃げ出したとしても、獣の餌になるだけだろうから」
「まあ、そうだな。一晩もたんだろうから、命が惜しかったら試すのは止めることだ。そこの女は、一人でも逃げようとしたがな」
男が顎をしゃくった先に、ライラが地面に伏せるように蹲っていた。
「ライラ! 」
私が駆け寄ると、ライラは涙に濡れた顔を上げた。頬が赤い跡がついていたが、それ以外に傷はなさそうだった。着衣の乱れもないから乱暴もされていないだろう。
私がライラの様子を確認するように全体に目を滑らせたのを見てか、男は軽く笑った。
「今のところ女には不自由してないからな、手は出していないさ。第一、商品の価値が下がる。そいつは逃げようと、仲間のことを見殺しにして逃げようとしたからな、ちょっとどついたら……ちょっとな……。そこの柱に顔面ぶつけちまってさ。……悪かった」
商品……ということは、人身売買が目的か?
それより、謝るってどういうこと?
「私は……あれだけど、他の女の子達は良家の子女ばかりよ。奴隷として売るよりも、国に身代金を要求して親元に返した方が断然儲かるわよ。もちろん、傷一つなく返すことを言えば、より高額が補償されるでしょう」
「ほう……」
男が椅子から立ち上がり近づいてくると、ライラはヒッ……と息を飲んだ。
近寄ってきたことにより、男の容貌がはっきりと見てとれた。
かなり高い身長に、筋肉達磨のようなごつい身体つき。衣服を着ていてさえも、その胸筋の盛り上がりは尋常じゃなかったし、見える腕の太さといえば、自分のウエストどころかバストサイズよりも太そうだ。
あの腕に本気で殴られれば、顔半分くらいはなくなるんじゃないだろうか? ということは、おもいっきり殴られたのではなく、男の言うように柱にぶつかったのだろう。
ただ、それでも恐怖を植え付けられるには十分だったようで、ライラは私に隠れるように私の衣服をギュッと握った。
紺色の髪に濃紺の瞳、頬に傷さえなければかなりの男前だろう。年齢はジークと大差なさそうだ。ただ、目付きが非常に悪い。一睨みで人を殺せそうなくらい極悪だ。
「俺達はアンネローズ姫を狙ったんだ。それくらいの金が手に入らないなら、はした金が増えたところで意味がない」
それは国家レベルの身代金ってことで……。
「一番身分が高いのが公爵令嬢だが……、この女は娼館にでも売った方が高値になりそうだ。たかが養女に、大金は支払う奴はいないだろう」
「お父様は、血の繋がりがなくとも、私を大事に……」
ライラが叫ぶように言うと、男は唾を吐いた。
「ロイ公爵が娘を買い漁って、皇太子妃に据えようと躍起になっているのは、裏の奴等には周知の事実だ。駒の一つにこれ以上金を出す筈がないだろう。そこでだ」
男は私に視線を合わせ、鋭い視線で私を射抜いた。
「あんたが、皇太子の婚約者というのは真実か? 」
確かに婚約はしたが、御披露目をするのは全てを精算してから、ウスラとの契約が切れ、娼館から籍を抜いた後でということになっていた。正妃になるのなら、貴族との養子縁組も必要ということとなり、号外が出る一歩手前でコネルコ男爵を説得し、号外の発布を伸ばしてもらっていたのだ。
だから、私とジークの婚約は少ない人数しか知らない。ライラはあの場所にいたから、この情報はライラ発信であるんだろうけど。
「正直、皇太子に黒髪の恋人がいるのは有名だが、たかだか娼婦。打ち捨てられるだけだと思うのだが? 」
つまり、私にそれだけの……国家レベルの身代金がとれるだけの価値があるのか? って探っているんだろう。
私はゴクリと唾を飲む。
ジークは私のことが好きだ。それは間違いない。でも、国家レベルの身代金が出せるか、アンネと同等というのは100%無理だ。
「婚約者で間違いないわ。王弟のワグナー男爵の養女になってから正式発表になる予定よ」
嘘は言っていない。
ワグナー男爵の膨大な資産はそれこそ国家レベルだし、とにかくいろんなところから身代金が支払われる可能性を示唆しておく必要がある。
「それに、今の私はウスラ……アステラ国王と契約してるわ。私の雇用主はあと一ヶ月はウスラよ」
「ああ、そうだったな……。そうか」
私の価値を再確認したように男はうなずいた。
「それに、ここにいるライラも、アステラ国皇太子……だよね? ウスラの弟って」
ウスラはブンブンうなずく。
「そのアステラの皇太子とこれからお見合いに行くんだよ。だから、うまくいけば皇太子妃になるかもしれない人なんだから」
「まだ、確定ではないのだろう?」
「会えば確定だって。だから、十分身代金取れるから。他の娘達だってそうよ。みんな、いいとこのお嬢様なんだから丁重に扱ってちょうだい。もし乱暴するなら……」
「するなら? 」
「自害します! 」
私は男を睨み付けて断言した。
一度死んだことがある私だからこそ、その覚悟は並みじゃない。その力を瞳に込めた。
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