第22話 信じてる

 ドサリ……、乱暴に投げ下ろされるのかと思いきや、たいした衝撃もなく地面の上に置かれた。


「ディタ様! 」


 聞き覚えのある声がし、後ろでドアの閉まる音と鍵がかけられる音が響いた。

 そっと目を開くと、薄暗い室内でがらんと何もない中、女達が五人身を寄せていた。ライラの姿もあった。

 他に人がいないのを視認すると、私はしっかりと目を開いて起き上がった。この中にはアンネの侍女達だけで、侍従わ騎士等の男衆がいない。

 別々に囚われたのか、もしくは……。


「みんな、酷いことはされてない? 」


 見る限り衣類に乱れはなく、顔色は悪いものの傷ついた者はいないようだった。盗賊に拉致されたのだから、命があるだけましとは言い難い。獣のような男達の慰み者になるなど、貴族や豪商の娘が多い侍女達にすれば、いっそ殺してくれと願うに違いない。


「今のところは……」


 ライラが前に出て言った。実際の身分はおいておいて、この中では一番身分が高く、若い侍女達を束ねていたのはライラなのだろう。


「他の人達は? 」


 ライラは首を横に振る。それは知らないという意味だと思いたい。騎士達はともかく、侍従達に盗賊に太刀打ちできる力はないのだから、全面降伏するしかないだろう。その彼等を無意に……とは考えたくなかった。


「侍従達は逃げたと思います。侍女も数名は逃げました。盗賊達は私達を捕まえるのと、騎士達の相手をするので、逃げる者を追いかけはしませんでしたから」

「それにしても、騎士達がやられてしまうなんて……」


 一騎当千のザイザルの騎士だ。たかだか盗賊に遅れをとるなんてと、侍女達は表情固く顔色も悪い。自分達のこの後を考えると、絶望しかないのだろう。


「だ……大丈夫よ! きっと助けがくるから!! 」

「ディタ……様、そんな無責任な希望を与えないでください。あなた達、たとえ盗賊に手込めにされようと、誇りを失ってはいけないわ」

「手込め……ッ! 」


 侍女の一人が、ライラの言葉に気を失ってしまう。ライラは、そんな侍女の頭を膝に乗せ、ゆっくりと髪の毛を整えるように頭を撫でる。


「ああ……可哀想に。ディタ様には慣れ親しんだ行為かもしれませんが、ここにいる娘達は無垢な乙女ばかり。盗賊達に寄ってたかって蹂躙されたら、きっと正気ではいらないでしょうね。娼館ならば、数人の男性と複数回閨を共にするのでしょう? 」


 チラリと私を見てため息を落とすライラは、言外に私が矢面にたてばいいのにと含みをもたせているかのようだ。


「わ……私には婚約者がおります。盗賊に手込めにされたとなれば……」

「そんな! 私だって!! そんなことになれば婚約も破棄だし、醜聞にまみれて首を括るしか……」


 侍女達はヒステリックに叫び、抱き合って泣き出してしまう。


「大丈夫よ。ここには未来の皇太子妃がおられます。きっとあなた方を守ってくださるわ」


 ライラの言うことは意味不明だ。

 もし本当に未来の皇太子妃だと思っているのなら、身を呈して守るのが侍女じゃないだろうか? もちろん、彼女達はアンネの侍女だし、私も彼女達を差し出して守られるつもりはないけど。


 何故か侍女達は期待に満ちた、安堵したような視線を私に向けている。ライラの言うことを受け入れたようだ。


「私も盗賊達に手込めにされるつもりはないけど、でも数日のうちに絶対に助けがくるから、それまで頑張ろう! 」

「街道からそれた山道を連れてこられたんです。こんな場所に助けなど……」

「絶対くる! だって、ジーク王子が後続なんだもん。私、ちゃんと目印落としてきたし、ジークなら気づいてくれる」

「目印? 」


 ここに連れてこられるまでの間、トランプを落としてきたことを告げた。私を背負った盗賊が、私を荷物のように肩に担ぎ、一番後ろを歩いたのはラッキーだった。いや、拐われているのだから、どこをどう見てもアンラッキーではあるのだが……。


「しかし、そんな小さなもの……気がつくでしょうか? 」

「木の皮を剥いで作った物ですよね? 自然の中に紛れてしまうのでは? 」


 侍女達は悲観的だ。


「大丈夫……。他の人なら気がつかないだろうけど、ジークなら絶対気がつく」


 私は絶対的にジークを信頼している。ジーク本人というより、彼の鼻の良さをだ。彼の鼻の良さは警察犬以上だ。王宮のどこにいても、私の匂いだけを追いかけてやってくる。ジークに私の予定は言ってないにも関わらずだ。いつの間にか私の後ろにやってきては、抱きついて頭に顔を埋め、おもいっきり匂いを嗅いでくる。まさに残念変態王子だ。


「……」


 ライラは何故か顔を歪め、他の侍女は緩い笑みを浮かべて私を見ていた。


「……ディタ様は、皇太子様の愛を信じていらっしゃるのですね」

「そりゃまあ……信じてる」


 愛は勿論だけど、今の状況は愛だなんだあまっちょろい感情は置いておいて、ジークの鼻の良さは絶対だ。……雨さえ降らなければ。


 私は、てるてる坊主を頭の中で量産しまくった。

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